第12話 近づく距離、広がる輪
その日の朝、舞は一人で廊下を歩いていた。
千夏は隣のクラスにいる。転校してきてまだ日が浅くて、学校の中では基本的に一人だった。
「舞さん、おはよう」
声をかけると、舞が振り返った。少し驚いた顔をして、それからすぐに柔らかく微笑んだ。
「如月さん、おはようございます」
「亜里沙でいいよ。毎回如月さんって呼ばれると、なんか距離感じる」
「……では、亜里沙さん」
舞は少し照れたように言った。その笑顔が、転校してきた最初の頃より少しだけほぐれている気がした。
「今日のお昼、一緒に食べない? 千鶴ちゃんも一緒に」
「よろしいんですか?」
「もちろん。舞さん、毎日一人で食べてるの見てて、なんか気になってたんだよね」
舞はしばらく私を見つめて、それから小さくうなずいた。
「……ありがとうございます」
その「ありがとう」が、どこかほっとしたような声だった。
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昼休みになった。
私と千鶴ちゃんと舞が、窓際のベンチに並んで座った。千鶴ちゃんが舞にお弁当のおかずを勧めて、舞が遠慮しながらも受け取って、そんなやり取りが続いた。
少しずつ、場が和らいでいく。
「舞さんって、京都は長いの?」
「ええ、生まれてからずっと。子供の頃に一度こちらに来たことはあるのですが、こんなに長く滞在するのは初めてで、最初はとても戸惑いました」
「そうだよね。いきなり転校してきて大変だったと思う」
「でも……みなさんがよくしてくださるので、だいぶ慣れてきました」
舞が静かに微笑んだ。その横顔に、京都への懐かしさと、この場所への安堵が混じっていた。
そこへ、翔太が近づいてきた。
「よお、舞。今日の放課後空いてるか」
舞の表情が、さりげなく固まった。でも声は穏やかなままだった。
「申し訳ありませんが、今日は先約がございまして」
「先約? 誰と」
「亜里沙さんと千鶴さんと」
翔太がこちらをちらりと見た。
「……そっか」
不満そうな顔をしながらも、翔太は引き下がった。その背中を見送りながら、千鶴ちゃんが小声で言った。
「ナイスですわ、舞さん」
「え?」
「うまくかわしましたわ、という意味ですわよ」
舞は少し目を丸くして、それからくすっと笑った。その笑顔が、今まで見た中で一番自然だった。
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その頃、隣のクラスでは。
「ねえねえ、その髪どうやってケアしてるの? 金髪なのにすごくサラサラじゃん」
結衣ちゃんの明るい声が廊下に響いた。
話しかけられた相手は、金髪ストレートの千夏だった。千夏は少し戸惑ったように結衣ちゃんを見た。
「……ありがとうございます」
「あたし小鳥遊結衣。よろしく! 千夏ちゃんでいい?」
「は、はい……」
千夏は少し面食らった様子だったが、結衣ちゃんのペースに引き込まれていた。
「ねえ、特別なシャンプーとか使ってるの?」
「えっと……はい。髪のケアはかなり気をつけていて」
「教えて教えて! あたしも髪のケアめちゃくちゃ気にしてて。あ、このリップも新しいやつなんだけど、似合いそうだから使ってみない?」
結衣ちゃんがポーチを取り出してリップを差し出した。千夏は少し考えてから、恐る恐る受け取った。鏡で確認すると、確かに自分の顔によく合っていた。普段は張り詰めた表情が、その瞬間だけほんの少し緩んだ。
「……綺麗な色ですね」
「でしょ! ねえ、今度一緒に遊びに行かない? 色々教えてあげるよ」
千夏の表情が、少し曇った。
「……嬉しいのですが、私にはお嬢様のことがありますから」
「お嬢様? ああ、舞ちゃんのこと? じゃあ舞ちゃんも一緒に連れておいでよ」
「でも……」
「遠慮しないでよ。あたしの友達もみんな来るから、大人数で楽しい方がいいじゃん」
千夏はしばらく迷っていた。でも結衣ちゃんの屈託のない笑顔に、少しずつ表情がほぐれていった。
「……お嬢様に、聞いてみます」
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放課後、千夏が舞のところに報告に来た。ちょうど私と千鶴ちゃんも一緒にいた。
「お嬢様、小鳥遊様からお誘いがありまして」
舞は千夏から話を聞いて、少し驚いた顔をした。
「みんなで、ですか」
「はい。よろしければ、ご一緒にと」
千鶴ちゃんがパッと顔を明るくした。
「まあ、それなら皆さんで水族館にいらっしゃいませんこと? 舞さんも来てくださるなら、とても楽しくなりそうですわ」
舞は少し考えるような顔をした。
「水族館……行ったことがないんです。こちらには大きな水族館があると聞いて、気になっていて」
舞が少しだけ目を輝かせた。
「じゃあ水族館に決まりだね」
舞は少し照れたように微笑んだ。
「……楽しみですわ」
京都弁が、するりと出た。
舞はすぐに気づいて、慌てて口元を押さえた。頬がほんのり赤くなっている。その顔が、肩書きも立場も全部脱ぎ捨てたただの女の子みたいで、思わず笑ってしまった。
「可愛い! 京都弁、もっと聞きたい!」
「そ、そんな……」
舞がさらに赤くなった。千鶴ちゃんもクスクスと笑っている。千夏も困ったように、でもどこか嬉しそうに微笑んでいた。
夕暮れの廊下に、柔らかい笑い声が広がった。
少しずつ、輪が広がっていく。
そんな予感が、温かく胸に満ちていった。
第12話 了




