耳と口だけは
《サイド:澤木京一》
…はぁ。
…ふぅ。
…はぁ。
さすがに息をするのも辛くなってきたね。
…そろそろ限界かな。
ここにきてから、
どれくらいの時間が過ぎたんだろうか?
何もわからない。
何も思い出せない。
ただただ体の痛みだけが僕の心を蝕んでいて、
死を願うだけの時間を過ごしていたから。
「…大した精神力だな。」
休む間もなく続けられる拷問の一部始終を見届けていた岡田義範は、
決して口を割らない僕を眺めながら何度も何度もため息を吐いていた。
「恐ろしいほどの信念だな。」
どれほどの拷問を受けても屈しなかった僕を恐れているのだろうか?
だけど僕としてはもう答える気力さえ残っていないだけだ。
すでに体は無残なくらいに破壊されてしまっていて、
もう二度と歩けないと思わせるだけの重傷を負っている。
全身を拘束されて椅子に縛り付けられた体は真っ赤に染まっていて、
今では指先一つ動かせない状況になってしまっているからだ。
それほどの状況に追い込まれながらも、
僕は生かされ続けていた。
僕から情報を引き出すという名目で死ぬことが許されないから。
…もちろん死ぬわけにはいかないんだけどね。
全身を襲う激痛と壊れかけの心。
それでも僕は屈しなかった。
瞳に光を宿したまま、
瞳に意志を宿したままで、
地獄の時間を生き続けている。
…まだだ。
僕はまだ屈しない!
例え体が壊れても。
例え死を迎えるとしても。
この想いだけは屈しない。
シェリルを想い。
仲間を想い。
自らの信念を貫くために。
どんな拷問にも堪え続けるつもりでいるから。
…僕は屈しない!!
その言葉だけを何千、何万回と念じて生き続ける。
…僕を苦しめる絶望は『みんなの死』だけだっ!!
僕の体よりも、みんなの無事を願う。
ただそれだけで自分でも驚くほど精神力が研ぎ澄まされて、
数十時間に及ぶ地獄の拷問の中でも瞳に気力をみなぎらせ続けていた。
…絶対に屈しないっ!!!
ただただ信念だけで生き続ける。
そんな僕に岡田義範は最後の警告を行おうとしている様子だった。
「こうなってしまったら仕方がない。これからお前の両目を焼くことにする。お前の意志を示す瞳はこの世から完全に消え去ることになるだろう。」
…次は目か。
岡田義範の両側では加熱した鉄の棒を構える兵士達がいる。
…もう、ここまでかな?
鉄の棒の先端は真っ赤に染まっていて、
触れただけで火傷を負うのは明らかだ。
「お前の目を焼き払う。そのあとに訪れるのは永遠の苦痛と闇への絶望のみだ。それでもお前はまだ自らの意志を貫き通せるか?」
…ああ、当然だっ!
今更恐れることなんて何もない!!
僕に歩みを進める兵士達を恐れることなく睨み付ける。
そして鉄の棒に視線を向ける。
…構わないっ!!
僕の全てを投げ捨ててでも仲間の生存を願うだけだっ!!
恐怖を捨て去り。
絶望と向き合い。
鉄の棒を受け入れる。
…僕は決して屈しない!!
その想いを貫く僕の瞳に鉄の棒が突き立てられた。
「ぐぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
『ジュゥ…ッ!!』と焼かれた瞳が潰される。
…うあああああああああああああああああああああっ!!!!!
口を塞がれた状態で必死に悲鳴を上げる僕の瞳を襲う鉄の棒は、
一瞬の音を立てて瞳を焼き潰していく。
「ぬぅぅおおおおああああああああああああああっっっっっっ!」
両目を襲う激痛。
焼けただれる瞼。
視力を失って闇に閉ざされた僕に岡田義範が問い掛けてくる。
「そろそろ諦めてはどうだ?」
…まだだっ!
僕はまだ、戦える!
手を潰されて、足を潰されて。
体を焼かれ、瞳を焼かれ。
今では全身が壊れてしまい。
最後に残っていた視力も完全に潰された。
だからもう…これ以上の拷問は不可能だ。
「残る手段は耳を削ぎ落とすくらいだが、それではこちらの問い掛けに答えられまい…。」
耳と口だけは残さなければいけない。
だけどそうなるともう責められる場所はないんだ。
…僕は耐えきった!
全身を壊されたことで本来なら死んでもおかしくない状態だけどね。
「………。」
それでも生き続ける僕の精神力に岡田義範は戸惑っている様子だった。
「ここまでくるとバケモノなどと言う言葉で表現できるモノではないな…。」
信念と精神力。
それは一人の人間としては驚異的な強さかもしれない。
「それほどまでに仲間を想うか…。」
自らを犠牲にしてでも仲間を想う僕の信念に、
岡田義範は不思議な感覚を感じている様子だった。
「敵ながら認めたくなる存在だな…。」
想いの強さを素直に認めてくれた岡田義範だけど。
互いの立場があるために最後の警告を宣告してくる。
「もはやこれまでだな。お前が口を割らないことは十分に理解した。ならばこれ以上お前を責め立てても意味はあるまい。ならばせめて一思いに、この場で死を迎えさせてやろう。」
苦しむ僕に安息の死を。
それが岡田義範に出来るただ一つの決断だった。
「お前は良く頑張った。たった一人で国と戦い、最後まで信念を示したお前の努力だけは俺も素直に認めよう。だからこそ、お前だけは俺がこの手で眠らせてやる。」
最後は自分の手で。
僕に永遠の安らぎを与えると判断した岡田義範が武器を構えて歩み寄ってくる。
すでに何も見えはしないけれど。
おそらくは帯刀していた剣を抜いたんじゃないかな。
「確かにお前とは長い付き合いだったと思う。僅か数日とは思えないほどに、な。だがそれもこれで終わりだ。せめて最後は俺の手によって安らかに眠れ。」
僕の苦しみを終わらせるために。
剣を振りかざした岡田義範の刃が振り下ろされる。
…悔いはないっ。
もう十分に時間は稼いだはずだ。
運が良ければシェリル達は助かるかもしれないと信じて死を受け入れようとしたその瞬間に。
『ズドドドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッッッッ!!!!!!!!!』
立っていることさえ出来ないほどの激しい衝撃が王城を襲った。




