一歩前進
《サイド:杞憂幻夜》
…ふむ。
少し慌ただしくなってきたな。
カルナック山脈の西部において米倉宗一郎と同盟を締結したあとで中立国イーファに向かって行軍していたのだが、
陰陽師軍を率いる俺の下にセルビナの王都に派遣していた伝令部隊が帰還したからだ。
「杞憂様っ!!」
慌てた様子で帰還した伝令部隊に振り返る。
そして伝令部隊からの報告を受け取ることにした。
「セルビナはどうなった?」
「それが…共和国の手によって落ちました!」
…何だとっ!?
予想外の報告によって驚いてしまう。
すでにセルビナ王国が壊滅寸前の状況だったのは知っている。
いつ落ちてもおかしくはない状況だという報告は聞いていたのだが、
それでもこれほど早く落ちるとは思っていなかったのだ。
「あの王都を僅か数時間で落とすとは…やはり共和国の力は侮れんな。」
どれほど早くても一日や二日はかかるだろうと予測していただけに、
予想以上の共和国軍の活躍に対して恐れを抱かずにはいられなかった。
「やはり共和国とぶつかれば、ただでは済むまい。」
ミッドガルムやイーファなどの周辺諸国を敵に回しても余裕をもって勝ち抜ける自信を持つアルバニア王国だが、
底知れない実力を秘める共和国だけは敵に回す気になれなかったのだ。
だからこそ今回の同盟計画を国王も素直に認めたわけだが、
それでもこれほどの勢いは俺でさえ驚きを隠せなかった。
「ミッドガルム方面に戦力を集中させていると思っていたのが、セルビナ王国に送った部隊こそが主力だったということか。」
数は少なくとも実力は本物だったのだろう。
少数精鋭と呼べるほど小規模ではないが、
ミッドガルム方面に回していた部隊よりもセルビナ方面に回していた部隊のほうが主戦力だったのは間違いない。
「まさかこれほど早く制圧を終えてしまうとは思っていなかったが、とにかくこれで3国同盟に一歩前進したということだ。」
残る敵はミッドガルムとイーファとカーウェンになる。
イーファの制圧はたやすいが、
問題はカーウェンの海軍艦隊をどこまで追い詰められるかだ。
カーウェン連合国はその名が示す通り、
幾つもの小国が集まって一つの国として成り立っている。
イーファから南部に広がる海に点在する大小様々な島々が、
それぞれの国を形成して連合国として共存しているのだ。
それらの島々を繋いで連合国を守る海軍艦隊は海の男達による最強の艦隊としてその名を広めている。
だからこそ海軍としての軍事力はイーファを遥かに凌ぎ、
セルビナ王国やアストリア王国に匹敵する実力を秘めているとも言われていた。
「イーファで船を調達してからカーウェンを攻めることになるが、こちらも犠牲が出る事態を覚悟しなくてはならないだろうな。」
海戦となればアルバニア王国は不利になる。
どの国よりも海戦を得意とするカーウェンの海軍艦隊の実力は決して侮ることが出来ないからだ。
「どうなるかは分からないが、まずはイーファを落とすしかあるまい。」
セルビナが落ちた今。
イーファも落ちれば残る敵はミッドガルムとカーウェンだけになる。
…計画は順調に進んでいるのだ。
国家再編成を実現する為に前に進み続けるしかないと考えていると。
傍にいた唯様が問いかけてきた。
「上手く行くでしょうか?」
「どうでしょうね。確約は出来ませんが実現出来なければ戦争が続くだけです。真の和平を実現させる為には私達で努力しなければならないのです。」
…とは言え。
唯様に無理をさせることは出来ないからな。
「あまり無理はなさらないでください。唯様がご無事で戻られることを国王様も望まれているのですから。」
「…ぁ、はい。それは分かっています。」
自らの立場を考えたのだろうか。
唯様が謝罪してきた。
「…すみません。無理を言って同行させていただいたせいで余計な心労をおかけして…」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。唯様を宗一郎にも合わせてやりたかったので私としては好都合でした。それに唯様がいれば兵達の士気も上がります。唯様がいるだけでみなのやる気が出ますので、ありがたいことです。」
「…い、いえ…そんな…。」
唯様は照れ臭そうな表情で俯いてしまうが、
決しておだてているわけでない。
実際に兵士達はやる気を見せているのだ。
誰もが唯様のお役に立とうとしているのは間違いない。
「自信を持ってください。唯様はちゃんとお役に立っておられますから。」
「で、でも…私では何のお役にも立てないと思います。」
恥ずかしそうな仕種で俯き続ける唯様だが、
今は微笑みながら見守ることにした。
「まあ、イーファまではまだしばらくかかります。あまり無理をせずにゆっくりなさってください。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
笑顔でお礼を言ってから街道に振り返った唯様の視線の遥か先にはイーファへと続く渓谷が微かに見え始めている。
「あの先がイーファなんですよね?」
「ええ、そうです。」
短く答えてから偵察部隊に指示をだす。
「セルビナの監視を続行しておけ。場合によっては俺の名を使ってセルビナの陰陽師軍を従わせても構わない。共和国軍に対して最大限の協力を行うように手を回しておけ。」
「はっ!かしこまりました!」
即座に答えてセルビナへと向かう偵察部隊の移動を見送ってから、
改めて唯様に話し掛けることにした。
「私達の戦いはこれからです。辛いこともあるかもしれませんが最後までよろしくお願いします。」
「あ、はい。すみません。こちらこそよろしくお願いしますっ。」
…ふむ。
あまり謝られてもこまるのだがな。
だが注意すればするほど謝られそうな気がするために、
あえて何も言わないことにした。
…まあ、いい。
何度も何度も頭を下げる唯様だが、
ひとまず今はイーファに向かって行軍を急ぐことが優先だ。




