御神唯
「あ、あの…幻夜様?私も…。」
「ええ、構いませんよ。」
控え目に話し掛ける少女に対して幻夜は笑顔で接している。
…見覚えはないが。
幻夜の関係者なのだろうか?
「ご自由にどうぞ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
丁寧な物腰で答える幻夜に微笑みを向けた少女は、
近くにいた長野君に歩み寄っていく。
「あ、あの…。手当をしますね。」
…手当?
医者には見えないが、
医術の心得でもあるのだろうか?
「…ヒーリング。」
…なっ!?
遠慮がちに話しかけた少女が魔術を展開してみせたのだ。
…魔術だとっ!?
「回復…魔術?」
少女の魔術を見た長野君も戸惑う様子を見せている。
「もしかして、魔術師なのか?」
「あ…はい。」
長野君の問いかけに、
少女は笑顔で答えていた。
「私も魔術師です。」
…そんな馬鹿な。
世界中で生まれる魔術師。
その存在はアルバニア王国においても例外ではない。
だから魔術師がいること自体に疑問はない。
…ないのだが。
陰陽師である幻夜と共に行動している理由が理解できなかった。
「私の名前は唯です。御神唯と申します。」
…なっ!?
御神唯だと!?
…何故その名を!?
自らの名を名乗った少女は長野君の体を治療し終えたあとで、
すぐに別の場所へと行ったしまった。
「アルバニア王国の…魔術師?」
戸惑う長野君の視線の先で、
少女は芹澤里沙君の治療も始めてくれている。
その技術は俺から見ても確かな腕で、
魔術医師と呼べるほどの手際の良さだった。
だが問題の少女とは別に各地で救助活動を行っている陰陽師軍の中にも数名の魔術師が含まれているようだ。
…他にもいるだと!?
大塚義明や芹澤啓輔、
矢野百花君や上矢遥君達なども魔術師達の治療を受けて瀕死の重傷から救われている。
その様子を眺める長野君と同様に、
俺も驚きの表情を浮かべながら眺めてしまっていた。
「陰陽師が束ねる国で魔術師を認めているのか!?」
「まだまだ完全に…とは言い切れないがな。」
驚く俺に幻夜は笑いながら話してくれた。
「考えを改めざるを得ない理由があったのだ。」
…理由だと?
「彼女の存在が国王の考えを変えたのだ。そして彼女の言葉がアルバニア王国を動かした。」
…あの子が?
幻夜一人では成し得なかった共和国との同盟に関して後押しをした人物。
それが御神唯らしい。
彼女の活躍によってアルバニア王国は共和国と同盟関係を結び、
和平を実現させる方向へと動き出したようだ。
「彼女の名前は御神唯だ。」
「…そのようだが、本当にその名を与えたのか?」
「ああ、事実だ。」
名前を聞いて驚く俺を見た幻夜は苦笑しながら教えてくれた。
「それほど大切な存在だったということだ。」
…だろうな。
そうでなければあれほどまで狂いはしなかっただろう。
「あるいは『唯様』の幸せを誰よりも望んでいたのかもしれないがな。」
…ああ、なるほどな。
そういうことか。
唯の名を受け継ぐ少女を見て複雑な表情を浮かべてしまう。
…なるほど。
そういう繋がりなのか。
ようやく一連の流れを察することができた。
「彼の血を引く唯は魔術師として生まれたと言うことか。」
「ああ、そうだ。そして朝倉香澄様の下で育てられたのだ。俺達が知る唯様と同様にな…。」
…朝倉香澄か。
すでに60を越える年齢のはずだが、
アルバニア王国の王都にある大聖堂において大神官として活躍する人物であり、
アルバニア王国を代表する人物の一人でもある。
…そうか。
だからこれまで一度も出会うことがなかったのか。
アルバニアには何度も赴いた経験があるが、
少女とは一度も出会ったことがなかった。
…王城を離れていたのなら当然だな。
大聖堂で育てられていたのだ。
朝倉香澄の下にいたのであれば、
大聖堂に行くことがなかった俺が出逢えなかったのも当然だ。
…朝倉香澄か。
懐かしい名だな。
天城総司とも深い関わりを持つ人物であり、
俺にとってもゆかりのある人物なのは間違いない。
「香澄様の下で唯様と同様の教育を受けて育ったのだ。それゆえに誰よりも優しい心を持っている。その心が…国王の頑なな心も動かしたのだ。」
…優しい心か。
本来ならば弾圧されて殺されるはずの魔術師だが、
争いを拒んだ少女は国王と向き合って魔術師と陰陽師の共存を願ったらしい。
「そして唯様の願いを国王は聞き入れた。」
聞き入れざるを得ない理由によって、
国王は和平の道を選択したのだろう。
「唯の名が次ぐ想いを…国王は否定できなかったのだな?」
今もまだ続く愛と想いゆえに、
国王は少女の願いに屈したということだ。
「この15年間で国王も随分と変わられた。以前のような尖った考え方はなくなり、周りの意見を聞き入れられる良い国王となったのだ。」
「…そうか。お前がそう言うのなら事実としてそうなのだろうな。」
「ああ…。だからだろうな。今になってあの方の心が理解出来るようになったらしい。」
…今になって、か。
俺としては今更としか思えないが、
変わらないよりはマシなのかもしれないな。
「もはやあの頃の国王ではないのだ。」
「…そうか。」
誰よりも天城総司を憎み。
誰よりも天城総司を嫌っていた国王だが、
今は天城総司と同じ道を歩もうとしているのだろう。
その事実を幻夜から知らされることになった。




