杞憂幻夜
《サイド:米倉宗一郎》
「待てっ!!攻撃するなっ!!」
「…は?」
俺が引き留めたことで、
長野君は戸惑うような表情を見せていた。
「どうしてですか?」
「まだ敵と決まったわけではないからだ。」
「敵じゃない?陰陽師軍が…ですか?」
「ああ、そうだ。」
長野君には分からないかもしれないが、
俺の視線の先には見覚えのある人物がいる。
「まずはあの男と話し合う必要がある。これからどうするのかを考えるのはそれからだ。」
「…あの男?」
それが誰のことなのかも分からない様子だが、
ひとまず争う意思を見せないように陰陽師軍へと歩みを進めてみることにした。
そこにいる男と話し合う為に。
そしてここに来た理由を確認する為に。
アルバニア王国の陰陽師軍の指揮をとる男。
杞憂幻夜と話し合う為に。
陰陽師軍に近づくことにしたのだ。
「ついに…アルバニア王国が動き出したのだな。」
「…ああ。久しいな、宗一郎。こうして直接話し合うのは何年ぶりだろうか。」
…どうだろうな?
アルバニアの王都で出会うことは何度かあったが、
こうして他国で会うのは…あの惨劇の日になるだろうか。
「丸2年といったところだが、やはりお前が動いたんだな。幻夜。」
俺の正面に立つ男の名前こそが杞憂幻夜。
アルバニア王国において最強と呼ばれる人物であり、
全ての陰陽師の頂点に立つ人物でもある。
そしてこの男こそが、
あらゆる陰陽師を束ねる『宗家』の家督を次ぐ人物でもあるのだ。
「…もう2年か。時の流れは早いものだな。」
「ああ、だがこうして他国で話し合うのはあの日以来だ。」
「…そうか。あれからもう15年になるのか。」
…ああ。
本当に時の流れは早いと思う。
俺の人生を大きく変えた惨劇。
その事件こそが天城総司の死になるからだ。
竜の牙の陰謀によって、
アストリア王国の軍に殺害されてしまったあの日の出来事は今でもはっきりと覚えている。
「…あの惨劇のあとでお前が手を貸してくれなければ俺はアストリアの軍によって殺されていただろう。俺があの戦場から逃亡出来たのはお前のおかげだ。それだけは今でも感謝している。」
「いや…あの日の出来事は俺にとっても苦い経験でしかなかった。命を懸けてでも守ると誓ったあの方を守れなかったのだからな。」
幻夜にとっても親友であり、
人生を捧げる価値があると信じていた人物。
天城総司の死は幻夜の心にも深い傷痕を残している様子だった。
「俺もお前も大切な人を失ったが、かの悲劇を生み出した陰陽師の長として、今でも懺悔の想いを抱えているつもりだ。」
本来ならば命に代えてでも守らなければならなかった存在。
本来ならばアストリア王国の漁村などではなく、
アルバニア王国の王都にいるはずだった存在。
それなのに。
優しすぎた人物ゆえに。
生まれ持った才能ゆえに。
身分を超えた人望ゆえに。
祖国を追われることになった天城総司は、
偽名を生涯の名としてアストリア王国の漁村フルームに身を潜めることになった。
そしてもう二度とアルバニア王国と関わらない為に。
もう二度と愛する人を手放さない為に。
本来の名を捨てる道を選んだのだ。
その結果としてようやく幸せな一時を手に入れたものの。
竜の牙の陰謀によってアストリアの陰陽師軍を率いる安久津信成の手により殺害される結末を迎えてしまった。
かつて幻夜の下で陰陽道を学んだ安久津信成の手によって天城総司の命が奪われてしまったのだ。
「俺がもっと早く気付いていれば…俺がもっと早く動いていればあの方が亡くなることはなかったはずだ。あの日の後悔と悲しみは15年が過ぎた今でも消えはしない。」
天城総司を守れなかったこともそうだが、
天城総司の命を奪ったのが陰陽師であることを今でも悔やんでいるようだな。
「すまない、宗一郎。全ては俺の責任だ…。」
全ての陰陽師の頂点に立つ者として、
天城総司を死に追いやったことを深く謝罪してくれた。




