ちょっとした敗北感
《サイド:桜井由美》
…ふう。
やっと帰ってこれたわね。
まもなく午後9時になる時間になってようやくカリーナの魔術研究所にたどり着いたのよ。
…さて、と。
お母さんはまだ仕事中かしら?
いつも夜遅くまで仕事を続けている母の部屋に歩み寄る。
そうして『コンコン…。』と所長室の扉をノックしてみると。
「あらあら、こんな時間にどちら様かしら?」
音に気付いたお母さんがすぐに返事をしてくれたわ。
「私よ、お母さん。」
「あら、由美なの?遠慮なく入りなさい。」
「うん。」
いつも優しくて丁寧な態度のお母さんの声を聞きながら、
扉を開いて室内に歩みを進めていく。
「ただいま、お母さん。」
「お帰りなさい、由美。国中を走り回って色々と大変だったそうね。おおよその話は聞いているわ。疲れたでしょう?そこに座ってゆっくり休みなさい。」
「ええ、ありがとう。」
優しく接してくれるお母さんに感謝しつつ、
勧められるままソファーに腰を下ろしてお母さんと向き合うことにしたの。
「えっと。今日はお母さんに聞きたいことがあって来たんだけど…」
「あの子達のことね?」
「ええ、そうなんだけど。今はどんな感じなの?」
「そうね~。残念だけど、あの子達ならまだ地下にこもったままよ。ある程度は進んでるみたいだけれど、まだ終わっていないそうよ。」
「あ~…。そうなんだ。」
…相変わらず私のことは、なんでもお見通しって感じね。
今の私がこの場所に来てまで問い掛ける質問は一つしかないということよ。
…さすが、お母さんね~。
母娘だからこそ話さなくても通じる想いがあるわけだけど。
それを一瞬で察して答えてくれるお母さんを素直に尊敬してしまうわ。
だけどこうなると冬月彩花達を呼び出すのは諦めるしかないわね。
「まだ訓練中なら無理をする必要はないわね。あの子達が満足するまでそっとしておくわ。」
「ええ、そのほうがいいわね。だけどもうすぐ終わるはずよ。すでに冬月彩花さんは最後の迷宮に向かって行ったし、他の子達も努力を続けている様子だから、それほど時間はかからないと思うわ。」
…ふ~ん。
彩花はもうそこまで進んだのね。
お母さんの話を聞いて、
少しだけ複雑な心境になってしまったわ。
「私よりも先に進むなんて、少し悔しいわね。」
ちょっとした敗北感を感じてしまったのよ。
だけどなってしまったものは仕方がないから、
私は私で出来ることをやるしかないわ。
「あの子達の準備が整っていないのなら、のんびりしてる場合じゃないわね。」
「あらあら、もう行くの?」
「ええ、戦争はまだ終わってないから、私だけ休んでるわけにはいかないわ。」
「そう…。それじゃあ、仕方がないわね。でも、体には十分に気を付けるのよ。」
「うん。ありがとう、お母さん。」
心配してくれるお母さんに挨拶をしてから部屋を出ることにしたの。
「行ってくるわね。お母さん。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
部屋を出ていく私を、
お母さんは静かに見送ってくれていたわ。




