回復魔法
《サイド:黒柳大悟》
…ひとまず戦闘は終わったか。
栗原君に関しては緊急事態としか言えない状況だがセルビナ軍の説得には成功したのだ。
それだけは喜ぶべきだろう。
…とは言え。
まだまだ遺恨はある様子だった。
「今更言えることではないが、共和国が裏切ればセルビナは滅びるだろう。それは理解しているな?」
「…はい。分かっています。」
野々村の指摘に対して、飯塚君は即答していた。
…いや。
最初から分かっているのだろう。
彼は常に俺を殺せるように、俺の背後に立つよう心掛けていたのだからな。
自分の判断が多くの人々の運命を変えてしまう可能性には気付いていたはずだ。
もちろん俺もそのことは理解していたのだが、
あえて咎めることはせずに自由にさせていた。
そうすることで彼の信用が得られると考えていたからだ。
…やはり飯塚君のような理解者がいれば無益な戦闘を避けられるのだな。
その代償として栗原君が犠牲になったわけだが、
これは栗原君自身の問題でもある。
何かを願うためには何らかの代償がつきものだからだ。
今回の出来事は極端な事例ではあるが、
交渉と言う意味では正しい判断だったと言えなくもない。
…ひとまず治療さえ出来れば良いのだがな。
まだ間に合うだろうか?
すでに出血は致死量に達しているだろう。
だが現状では輸血する手段がない。
…肝心の栗原君が倒れてしまったのだからな。
ここには鈴置君以外の医師がいないうえに、
鈴置君は薬学を専攻している為に正式な医術を身につけていないらしい。
せいぜい応急手当が精一杯であり、
唯一の希望と言える魔術による治療が追い付かないことで栗原君を治療することが出来ないでいる。
…何か他に手段はないのか?
考えてみるが思い浮かぶ方法は何もなかった。
そもそも俺も医学は専門外だからな。
…船に戻るしかないか?
急いで戻れば軍船に待機している医師が治療を引き継いでくれるだろう。
…とは言え。
輸血が可能かどうかという部分には疑問が残る。
…そもそも栗原君の血液型は何だ?
血液を検査して。
必要な血液を集めて。
輸血を実行するまでに。
栗原君の体は耐えきれるのだろうか?
無理とは言わないが、
脳への血液の供給が止まれば人は簡単に死んでしまうものだ。
現状でもすでに数分が経過している。
今から船に戻って早急に治療を始めたとしてもまず間違いなく間に合わないだろう。
…今ここで手を打つ以外に栗原君を助ける方法はない。
だが、どうすればいい?
必死に考えてみるが何も思い浮かばない。
そんな状況に危機感を感じたのだろうか?
「あ、あの…っ!!私っ!御堂君を呼んできますっ!!」
和泉君が大慌てで飛び出していった。
…ふむ。
御堂君が来てもどうにもならないとは思うが、
頼りたいと思う気持ちは理解できなくもないな。
ひとまず倒れた栗原君に歩み寄ってみることにしよう。
…すでに血色が限界か?
どう見ても呼吸は停止している。
おそらく心臓の動きも止まっているだろう。
…時間が経つほど生存の可能性が絶望的になるか。
この状況でどれほど治療魔術を続行しても心臓を動かすには至らないはずだ。
それでも急いで治療を終えなければ栗原君の死は確定してしまう。
「鈴置君…回復魔術以外は使えないのか?」
「それが…色々と試してはいるんですけど、どれも追い付かないんですっ!」
…なるほどな。
補助的な手段による延命措置だ。
心臓への衝撃による強制的な血液の循環や、
体温を上昇させることによる病原菌への対策など。
幾つかの手段を試してくれているらしい。
だが、魔術師のナイフによる影響だろうか。
それとも出血による影響か。
心臓を動かす為の懸命な努力も効果を発揮していない様子だった。
「怪我は治っているのに…っ!」
状況が改善されないことに対して悔しさを隠しきれずに憤りさえ感じているようだな。
鈴置君の気持ちは俺にも理解できるが、
問題はそこではない。
すでに手首の怪我そのものは完治しているのだろう。
出血は止まって怪我の傷跡も存在していないからな。
だが、決定的な問題として血が足りていないのだ。
出血によって失われた意識はそうそう簡単には戻らない。
「何か方法はないか?」
現状で出来る輸血方法を考えるしかないのだが、
そんな便利な魔術など俺も鈴置君も使えなかった。
…いや、待てよ?
確かあったはずだ。
俺もその魔術を確認してはいないが、
報告としては聞いている。
…彼の魔術と同格の治療魔術が存在するはずだ!
かつて天城君が美袋君との試合後に使用した蘇生魔術。
もちろんそれは死者を蘇らせる魔術ではないのだが、
死が確定しかけていた美袋君を一瞬にして目覚めさせたという話は聞いている。
その魔術と同等の魔術を『とある人物』が魔術大会中に習得しているはずだ。
「常盤君!」
涙を流しながら栗原君の治療を行っている常盤君に問い掛けてみる。
「きみの瞳に宿る沙織君の魔術の中には蘇生魔術が存在するはずだ!」
魔術名『ライブ・ア・ライブ』
対象者が死んでさえいなければ、
あらゆる治療を行えるという蘇生魔術さえ発動できれば、
失われた出血を補完して栗原君を目覚めさせることも出来るはず。
「ライブ・ア・ライブ。それだけが栗原君を目覚めさせる唯一の魔術になる。」
「…ライブ…?」
魔術名を呟く常盤君の右目が微かに輝いた。
「…ライブ・ア・ライブ?」
言葉と共に発動する魔術。
…いや。
魔法と言うべきか。
常盤沙織君が習得した回復魔法によって栗原君の体を汚していや血が消え去って体に赤みが戻っていく。
「間に合うか…っ!?」
心配する俺の視線の先で、
栗原君の口元が微かに動いたように見えた。
「栗原さんっ!?」
鈴置君も気づいたのだろう。
慌てながら胸元に耳を寄せる鈴置君が心臓の鼓動を確認してくれている。
「…動いてるっ!!」
…ははっ。
どうやら治療は成功したようだな。
栗原君の呼吸も確認した鈴置君は安堵の息を吐いていた。
「もう大丈夫よ。」
安心した表情で告げる鈴置君の診断によって、
栗原君の治療は無事に終了したようだ。




