裏切者
「自分は偽善だとは思っていません。」
ゆっくりと歩みを進める飯塚さんが野々村さんに近付いていく。
「確かに魔術は恐ろしい力です。ですがその力は人を救うことも出来る力でした。僕は…いえ、僕達はその事実を知っているはずです。」
飯塚さんが指摘する人を救う力。
それは栗原さんの魔術。
海戦において栗原さんが発動した回復魔術によって救われた命は数え切れないわ。
もしもあのまま戦い続けていれば、
セルビナ軍は確実に全滅していたでしょうね。
だけど栗原さんの想いによってセルビナ軍は救われたはずなの。
すでに多くの命を失ったあとだったかもしれないけれど。
それでも栗原さんの行動以降に関して死者はほとんど存在していないはず。
戦闘後に溺れて死亡した海兵はいるかもしれないけどね。
それはセルビナ軍が争いを止めなかったからであって自らが招いた結果とも言えるわ。
…私達が殺したんじゃなくて、セルビナ軍の自滅とでも言うべきかしら?
あくまでも共和国軍は一人も殺さないように細心の注意を払いながらセルビナ軍の生存を願っていたのよ。
だからこそセルビナ軍は今もまだある程度まとまった戦力を残しているの。
「本来なら全滅していたはずの僕達を救ってくれたのも魔術師です。その事実は認めるべきだと思います。」
「…貴様っ!!」
軍の幹部に対して堂々と話し掛ける飯塚さんを野々村さんは睨みつけていたわ。
「この国の軍人でありながら、共和国に寝返ったのか!?」
…やっぱり、そう思うわよね。
野々村さんにとっては顔も名前も知らないような下級の兵士だとは思うけれど。
それでもセルビナの軍服を着る飯塚さんを裏切り者と判断していたのよ。
「共和国に組するなど!我が国の海兵にあるまじき行為だっ!!」
激しい怒りを表わにしながら飯塚さんを睨み付けてる。
…だけどね。
それでも飯塚さんは野々村さんを説得しようとしてくれていたのよ。
「裏切り者と呼ばれても構いません。もちろん処罰を受けることも覚悟しています。」
例えどんな結果になるとしてもね。
共和国を信じようとしてくれていたの。
「僕には共和国の掲げる理想が偽善だとは思えません。その理想は僕達と同じだからです。どちらか一方が悪なのではなくて、どちらも同じ罪を負っているのではないでしょうか?」
世界の平和を願う気持ちはどちらも同じで、
世界に及ぼす影響さえもどちらも同じだと言ってくれたのよ。
「共和国の理想が偽善であるのなら、セルビナの掲げる大義名分でさえも偽善のはずです!」
「………。」
世界の平和の為に行う虐殺。
魔術師狩りという行為さえも、
見方を変えればただの殺戮でしかないということよね?
「もっと共和国と分かり合う努力をするべきではないでしょうか?それが真の平和に繋がると僕は思っています!」
「………。」
必死に説得をしてくれていたけれど。
それでも飯塚さんの想いは野々村さんには通じない様子だったわ。
「分かり合う必要などない。魔術師の滅びた世界こそが真の平和であり、格差のない平等な世界となるのだ!」
「いえ!それこそ傲慢です!!軍事力による制圧では平等など有り得ません!より大きな軍事力に屈して国を滅ぼすだけですっ!!」
「………。」
…確かにね。
隣接するミッドガルムが代表的な存在と言えるでしょうし。
アルバニア王国の陰陽師軍も決して見過ごせる存在ではないはずなのよ。
イーファやアストリアとは比較的安定した関係を保っているみたいだけど。
大陸全土で見ても最強と呼べるくらいの艦隊によって近海の支配者と呼ばれるほど急成長したカーウェン連合国の軍事力は各国を上回っているという噂だし。
セルビナ王国を脅かすのに十分な軍事力を秘めているらしいわ。
まあ、私としては伝え聞いた話だから実際にどうかなんて知らないけどね。
周辺諸国をつなぎ止めているのが中立国のイーファのようで、
各国が同盟関係を維持できているのは共和国という共通の敵がいるおかげでもあるらしいわ。
「共和国が存在しているからこそ、これまでセルビナ王国は同盟関係によって守られてきました。ですが共和国が滅びればセルビナ王国は他国の侵略を受けて滅びる道を避けられません。」
「………。」
どうも『対共和国同盟』というものが存在してるようね。
そのおかげでセルビナ王国は周辺諸国の力を借りることが出来ているらしいのよ。
たぶん戦争への参加の意思を示したイーファやミッドガルムの協力を得ることが出来たのもそこが理由でしょうね。
だけど共和国が滅びれば、
セルビナ王国は同盟関係を失うことになるの。
「共和国の滅亡はセルビナ王国の滅亡にも繋がります!」
名もない一般兵でもその程度のことは理解してるらしいわ。
セルビナ王国の現状や他国との関係は飯塚さんも噂話程度には知ってるみたいなの。
だからこそ飯塚さんはセルビナ王国を守り抜く為に共和国に投降したと言っていたのよ。
「セルビナ王国と共和国が協力すれば、他国に対しても真の平等を得られるはずです!」
ミッドガルムの軍隊に怯える必要はなくなって、
イーファやカーウェンにすがる必要もなくなるということよ。
「本来なら僕達は前回の海戦で死んでいた身です。だから今はこの国の未来を信じて共和国に投降するべきではないでしょうか?」
すでに死んでいたはずの人生だからこそ、
別の道を歩むという選択肢を提案してくれたの。
「あの海戦において死んだと思えば新たな道を模索できるはずです!例え敗北を認めることが出来ないとしても、静観することくらいならば出来るのではないでしょうか!?」
もしもあの戦場で死んでいたら、
今ここでこうしてこの場で言い争うこともなかったわ。
もしもあの戦場で死んでいたら、
今ここでこうして向き合うこともなかったのよ。
お互いに傷付け合うことも、
感情をぶつけ合うことも出来なかったはず。
「だから一度だけで良いんです。共和国を信じてみませんか?」
「………。」
必死に願う飯塚さんの想いによって、
野々村さんは反論を中断していたわ。




