一言の想い
…ふぅ。
…今は何も言えないわね。
雪にかける言葉が何も思い浮かばないから。
雪の治療を止めさせることも。
北条辰雄の治療に参加することも出来なかったのよ。
…今の私では何もしてあげられないわね。
雪の心の奥底に深く残る傷痕を癒すことは私にも出来ないわ。
実の父である竜崎一成様を失い。
そして今もまたここで北条辰雄を失おうとしている雪にどんな言葉をかければ良いのかなんて私にも分からないから。
…さすがにね。
諦めなさいなんて言えるわけがないじゃない。
例え無理だとしても。
絶対に叶わない願いだとしても。
それを告げることは出来ないのよ。
悲しみにくれる雪に現実を突きつける言葉なんて言えるはずがないわ。
…こうなったら雪の好きにさせるのが一番かしら?
そっとしておくという選択肢しか思い浮かばなかったのよ。
だから今はただ黙って見守ることにしたの。
…せめて雪の気の済むまでは。
自由にさせてあげようと思っていると、
不意に北条辰雄の体に小さな変化が起きたように見えたわ。
それはホンの一瞬の出来事で見逃してしまいそうな些細な変化だったけれど。
それでも雪は気付いたようね。
最も北条辰雄の傍にいる雪だけはちゃんと気付いていたのよ。
「…お父…さん…?」
…ん?
何かに気付いて北条辰雄に呼び掛ける雪の言葉を聞き取って、
改めて北条辰雄に視線を向けてみる。
…何なの?
よく分からないままじっと様子を見る。
そうして数秒の時間が流れたところで、
疑問を感じる私の視線の先で北条辰雄の右腕が僅かに動いたような気がしたのよ。
…えっ?
…嘘でしょ!?
有り得ないと思ったわ。
…だけど?
北条辰雄の右腕は少しずつ動いて雪の小さな手に触れたのよ。
そして目を閉じたままで微笑みを浮かべて雪に声をかけたの。
「…ありがとう、雪。」
「お父…さんっ!」
北条辰雄が意識を取り戻したことで、
雪の瞳から大粒の涙が溢れ落ちたのが見える。
「お父さんっ!!」
自然と込み上げる笑顔。
雪は喜びを感じながら北条辰雄に飛びついていたの。
「お父さん!お父さん!お父さん!!」
「…ははっ。」
必死に呼び掛ける雪に、
北条辰雄は微笑みを見せていたわ。
開かない瞳。
動かない体。
それほどの状況にあっても、
北条辰雄は雪に感謝の想いを伝えて微笑んで見せたのよ。
そして。
「………。」
そのまま力尽きたの。
ストンと落ちる北条辰雄の右腕。
力を失って。
意識も失った北条辰雄の右腕が…雪の手から離れて落ちたのよ。




