健気か、一途か
《サイド:矢島美咲》
夜が明けて、朝が来たわ。
すでに太陽が姿を見せて、
世界を明るく照らし出す時刻よ。
…ふふっ。
時計の針が午前7時を示すのと同時に、
私も動き出すことにしたの。
最小限の動きで開く寝室の扉。
覗き込んだ室内には『一人の少女』がすやすやと眠りについている姿が見えるわ。
まるで私の存在を忘れているかのように、
気持ち良さそうに眠っているのよ。
…あらあら。
…可愛いわね。
今もまだ眠っていることを確認しながら静かに室内へ侵入していく。
…とは言っても。
つい2時間ほど前までは私もこの部屋で少女と一緒に眠っていたんだけどね。
二つ並んでいるベッドをあえて使わずに、
同じベッドで眠っていたのよ。
だけど私にはどうしてもやらなければならない仕事があるせいで、
まだ空が暗い時間から密かに寝室を抜け出していたの。
もちろんその仕事は魔術師ギルドの一室を無料で借りる為の条件だった職員の為の食事の準備なんだけど。
上司との契約を守る為に、
まだまだ暗い早朝からギルド内の厨房で職員の為の朝食の準備をしていたのよ。
当然その準備と並行して私達の分の朝食も用意していたけどね。
それらの準備を整える為に、
こっそりと寝室を抜け出していたの。
そして朝一の仕事を終えたあとで、
用意した朝食と共に281号室に戻ってきたのよ。
…こういう努力を健気って言うのかしら?
…あるいは一途って言うのかしらね?
私としてはどちらでも良いと思うけれど。
無事に仕事を終えたことで、
愛しい少女のためを想って本気で用意した朝食をテーブルに並べてから、
今もまだあの子が眠る寝室に忍び込んだのよ。
「………。」
少女の寝息以外は何も聞こえない静かな室内。
窓からは暖かな朝日が差し込んでいて、
昨日の雨が嘘のように澄み渡った空には雲一つ見られないわ。
とても心地の良い朝なのよ。
…良い天気ね。
綺麗な青空に視線を向けつつ、
物音を立てないように気を遣いながらそっと窓を開く。
その瞬間に気持ちの良い風がふわっと流れ込んで来たわ。
…春の風も良いモノね。
昨日の大雨のせいで
かなりの桜が散ってしまったみたいだけど。
落ちた花びらも風情があっていいと思うわ。
…まあ、私としては花よりも可愛い存在がすぐ傍に居るけどね。
細心の注意を払って気配を消しながら、
呼吸さえも控えて足音を立てないようにゆっくりと歩みを進めてみる。
この状況を一人で楽しく思いながら。
そしてこれからの展開を嬉しく思いながら。
幸せ一杯の微笑みを浮かべながら静かに獲物を狙うのよ。
…うふふっ♪
…可愛らしい寝顔ね。
私の視線の先にはベッドの上で気持ち良さそうに眠る乃絵瑠ちゃんがいるわ。
全くと言って良いほど目覚める様子がない乃絵瑠ちゃんに静かに近づく。
そうして乃絵瑠ちゃんが眠るベッドの傍にたどり着いて寝顔を覗き込んでもまだ私に気付いていない様子ね。
私が狙う企みに全く気付いていないのよ。
…はぁぁぁ。
可愛いわ。
…ねえ、乃絵瑠ちゃん♪
目覚める気配のない乃絵瑠ちゃんの寝顔を幸せ一杯の表情で見つめ続ける。
そうして気の済むまでじっくりと乃絵瑠ちゃんの寝顔を鑑賞したあとで、
無言のまま静かに動き出すことにしたのよ。
…さあ、目覚めの時間よ。
待ち焦がれていた『この時間』の為に、狙いを定める。
…今日は優しく起こしてあげるわね♪
眠る乃絵瑠ちゃんにゆっくりと顔を寄せていく。
…ふふふっ♪
今日はどんな反応を見せてくれるのかしら♪
期待に胸を膨らませながらゆっくりと唇を近付ける。
そして軽く髪をかき上げながら。
そっと瞳を閉じて。
眠る乃絵瑠ちゃんと唇を重ねたのよ。




