少女との再会
鍵はかかっていなかった。
扉を開けることに対しての抵抗もなかった。
ただ静かにそこにいる少女は、
一度だけ僕に視線を向けてからすぐに視線を逸らしてしまう。
…はあ。
…まだダメか。
彼女をここに連れて来てから今に至るまで、
まだ一度も会話が出来ていないんだ。
喋れないわけではなくて、
『とある事情』で会話を避けているんだけどね。
彼女は自らの力を途絶えさせない為に常に精神を集中し続けている。
寝る暇さえも惜しんで24時間能力を発動させ続ける彼女は、
ただ一心に『とある存在』を守る為だけにこの場に留まっているんだ。
…うぅーん。
意識を途絶えさせない為に会話を避けているのは分かるけれど。
…この状態だとまだ説得は無理かな?
それでも少女に近づいてみるしかない。
ここで迷っている暇はないからだ。
自分自身に言い聞かせながら歩みを進めて少女に話し掛けてみる。
「調子はどうだい?」
「………。」
問い掛ける僕に視線を向けた少女は、
申し訳なさそうな表情で小さく頭を下げてくれた。
まるで『ごめんなさい』と訴えるかのような表情で、
瞳に涙を浮かべながら頭を下げてくれたんだ。
「いや、僕のことは気にしなくていいよ。」
言い争うつもりもなければ、
喧嘩をしたいとも思わないからね。
…と言うよりも。
例え今ここで僕が攻撃を仕掛けたとしても、
かすり傷一つすらつけることは出来ないと思っている。
もしもそんなことをしてしまったら、
今までの努力が全て無駄になってしまうわけだけど。
それ以前に僕では手も足も出ない存在だからね。
自分よりも格上の相手と戦うつもりなら、
それこそ殺すつもりで攻撃を仕掛けない限り返り討ちに合うのは目に見えている。
「無理に話をしなくていいよ。余計なことに意識を割く必要はないからね。」
声をかけながら少女の表情を眺めつつ。
テーブルの上に用意されているモノを見て、
小さくため息を吐いてしまう。
…ふう。
やっぱり、ほとんど寝ていない様子だね。
それに食事もとっていないようだ。
このままだと彼女は倒れてしまうかもしれない。
「食事と睡眠はちゃんととったほうがいい。きみが倒れてしまったらそれこそ全てが終わってしまうんだ。僕達の理想も、受け継がれる想いも…何もかもが終わってしまうんだよ。」
「………。」
忠告してみても、
少女は無言のまま俯くだけだった。
…うーん。
どうすれば良いんだ?
説得は通じそうにない。
…いや、違うね。
たった『一つの目的』の為だけに。
身も心も捧げている少女には誰の言葉も届かないんだ。
…だけど。
…それでも諦めるわけにはいかない。
彼女には生きてもらわなければいけないからね。
彼女の死は残された全ての希望が失われてしまうことを意味する。
「今日は『これ』をきみに渡す為に来たんだよ。」
何も話さない少女の手をとって水晶玉を手渡す。
少女の手には少し大きな水晶玉だけど。
この水晶玉を少女に預けることに意味がある。
「その水晶玉にはね。常盤成美の見る世界が映るんだ。」
「………?」
常磐成美の名前を出した瞬間に少女はピクリと反応していた。
やっぱり気になっている様子だね。
常盤成美の名前には反応してくれたんだ。
「この水晶玉は常盤成美が見る世界を映す力があるんだよ。」
…まあ。
今は常盤成美は眠っているみたいだから何も映らないけどね。
「睡眠中の彼女が目覚めれば、瞳に映る世界がこの水晶玉に映し出されるよ。」
「………。」
僕の説明を真剣に聞き入れてくれた少女は、
小さな手にある水晶玉に視線を向けている。
「その水晶玉はきみに預けておく。それがあれば常盤成美や御堂龍馬の行動が見えるだろうからね。」
「………。」
相変わらず返事は返ってこないけれど。
それでも僕は説明を続けることにした。
「現在の状況を説明すると、常盤成美は御堂龍馬と栗原薫の二人と共に海軍に参加して行動しているようだ。おそらく今日から彼女も戦場に立つだろうね。」
「………。」
現状を告げただけで、
今度は悲しそうな表情を見せている。
戦争に巻き込まれた常盤成美に想いを馳せているのだろうか?
少女の考えは分からないけれど。
悲しみを感じさせる瞳で水晶玉と向き合う少女に、
もう少しだけ説明をしておこうと思う。
「この水晶玉を通して常盤成美の世界を見ると良い。」
たどり着く結末が、
望んでいた未来と同じかどうかを確認するために。
「これから始まる戦争の中で、常盤成美と御堂龍馬がどんな結末を迎えるのか?その結末を最後まで見届けるんだ。」
それがここにいる少女の役目だと思うからね。
「そしてどうか僕達を信じてほしい。僕達は決してきみの敵にはならない。僕達は決してきみを悲しませはしない。それだけを誓う。」
「………。」
最後まで何も話さない少女に背中を向ける。
そして別れの挨拶をすることにした。
「これから僕達は竜の牙と戦う為にこの砦を出陣することになる。もしかしたらここにはもう二度と戻って来れないかもしれない。だけど…それでも僕達は戦わなければいけないんだ。いつまでも逃げ続けるわけにはいかないからね。戦わなければ夢は叶わないから…僕達は戦い続ける。」
「………。」
背後で佇む少女に振り返らずに歩き出す。
「きみはここに留まれば良いよ。」
ここにいれば戦いに巻き込まれずに済むはずだからね。
「食糧の蓄えも十分にあるから数週間はやっていけると思う。だから全てが終わるその時まで、常盤成美と御堂龍馬の戦いが終わるその時まで…きみはここに居ると良い。」
話を終えて部屋を出ることにした。
悲しみを感じさせる瞳で僕を見つめながらも、
決して何も話さない少女を残して、
地下室を離れることにしたんだ。




