運の尽き
午後9時を前にして、
俺と里沙と百花の3人は校門の側で集まっていた。
すでに移動用の馬車は用意されている。
本来なら魔術大会の時に使用する馬車なのだが、
業者台にはすでに神崎慶一郎が乗り込んでいて二頭の馬の様子を眺めながら手綱の調子を確認している。
そうして一通りの確認を終えた神崎が、
微笑みながら俺達に話しかけてきた。
「荷物は積み込んだか?しばらく戻って来れないから忘れ物のないようにな。」
「あ、はい。今回はちゃんと荷物を持ってきたから大丈夫です。」
「私と百花は準備をしていたから忘れ物はありません。」
…はぁ。
…まだ言うのか?
率先して答える俺に続いて里沙も答えていたんだが、
わざとらしく強調して答えた里沙の言葉を聞いて自然とため息を吐いてしまう。
「私達は準備万端だけどね~。淳弥はちゃんと確認したほうが良いんじゃない?」
………。
とても楽しそうな表情で話す里沙にちらりと視線を向けてみたものの。
反論は諦めて聞き流すことにする。
…どうもこういう性格の女は苦手なんだよな。
幼い頃から姉貴にからかわれながら育った経験が非常に豊富なせいで、
強気な性格の女性に頭が上がらない性格にしっかりと教育されているからだ。
…姉貴を思い出すと言うか何と言うか。
…って言うか。
あれはもう矯正とか教育とかそう言う話じゃなくて調教だよな?
誰も俺の過去を知らないはずだが、
必要以上に落ち込む様子の俺を見ていた里沙が不安そうな表情で問い掛けてくる。
「どうかしたの?」
俯く俺の顔の下から覗き込むように見上げてきたんだが。
「ため息ばっかりで辛気臭いわね~」
………。
ゴミでも見るかのような視線を向けてくる里沙の発言のせいで、
俺の表情は凍り付いてしまう。
…ったく!
…こういうところまで姉貴に似てやがるっ!!
心配したそぶりをだしておきながらも冷たい一言を放つ里沙の行動が姉貴と重なって見えるせいで、
ため息を吐くことさえも面倒に感じたことで黙って顔をあげることにした。
…こういうやつは関わらないのが一番だからな。
無視して放置しようとしたんだが。
「あれあれ~?」
里沙は笑顔のままで無理やり関わろうとしてくる。
「私を無視しようなんて随分と面白いことをしてくれるわね~」
………。
にこにこと微笑む里沙の無言の迫力に負けて、
再び里沙に視線を向けざるをえなくなってしまう。
…くそっ。
ひたすら面倒だな。
「まだ何か用なのか?」
いい加減、放っておいて欲しいと思うんだが。
何を思ったのか、
突然、俺に抱き着いて意味不明に抱きしめてきた。
…はぁっ!?
「何がしたいんだ?」
無駄に良い匂いがするうえに、
抱きつかれること自体に不満はないんだが、
里沙の行動の意味が分からなくて戸惑った直後に。
「出番が来たからよろしくね~♪」
必要以上に明るい笑顔を残して、
百花の隣へと移動してしまった。
…だから何なんだ?
里沙の行動に疑問を感じるものの。
考えても意味が分からない。
…何がしたいんだ?
全く理解できないが、
里沙に答える気がないのなら考えるだけ無駄のような気がする。
…まあ、良いか。
邪魔な奴が離れてくれたんだ。
それだけで良いと判断して気持ちを切り替えようとしたところで、
ふと背後に人の気配が感じられた。
…誰か来たのか?
能力を封じているせいで魔力の感知能力が低下しているんだろうな。
何の警戒もせずに何気なく振り返ってみたのだが、
すぐに把握できなかったのが運の尽きだったかもしれない。
…うおっ!?
「おわああああぁっ!?」
俺のすぐ後方に奴がいたからだ。
ホンの数メートルほど離れた場所に、
最も近付きたくない人物が接近していることに気付いてしまった。
…せ、芹澤啓輔かっ!?
いかにも不機嫌と思わせる表情で俺に近付いて来る姿が見える。
その瞳には怒りが見え。
その手は怒りに震えている。
「い、いや!?ちょ、ちょっと待てっ!!話せば分かるっ!俺は何もしてないぞっ!!」
「何も…だと?」
言い訳してもすでに遅かったらしい。
芹澤啓輔は里沙が俺に抱き着いている場面をはっきりと目撃していた様子だ。
…くっそぉっ!!
…里沙の奴、わざと俺を囮にしやがったなっ!!
自分自身に被害が及ばないように。
芹澤啓輔が近づいてこないように。
里沙は兄の接近にいち早く気付いて、
俺が気づく前に先手を打ったってことだ。
…ったく!!
…だから里沙は苦手なんだっ!
心で叫んでも現実は何も変わらない。
…くっそー!!
迫り来る芹澤啓輔に恐怖を感じて少しずつ後ずさる。
…だが。
俺の逃亡を里沙は認めてくれないらしい。
「えいっ!」
…ぐぁっ!?
全力で俺の背中を蹴り飛ばす里沙の暴行によって、
前のめりに芹澤啓輔へと体勢を崩してしまった。
その瞬間に芹澤啓輔が暴れだす。
「燃え尽きろっ!!ダンシング・フレア!!!」
燃え盛る炎が体勢を崩して転倒寸前の俺に襲い掛かってきやがった。
…ちっ!?
「ふざけんなーーっ!!!!!」
全力で跳躍して炎の側面に回避する。
多少、制服が焦げたような気がするが、
直撃しなかっただけマシか。
…ったく、あぶねえな。
何とか魔術を回避出来たんだが、
何気なく振り返ってみた直後に別の問題に気づいてしまう。
…ちぃっ!!!
目標から外れた炎が、
そのまま直進して別の標的を捕らえていたからだ。
俺を蹴り飛ばした里沙に向かって、
荒れ狂う炎が迫っていた。
「い…いや~~~っ!!!!」
…ったく、めんどくせえな!
せまりくる炎に対して何も出来ずに立ち尽くしていた里沙に気付いて慌てて駆け出そうとしたのだが、
体勢を崩した状態からでは行動が間に合いそうにない。
「里沙ぁぁぁぁぁっ!!」
救出が間に合わないと気付いて叫んだ直後に。
「…させないわっ!!」
里沙と炎の間に一人の人物が飛び込んだ。
「くっ!」
里沙の前に立って炎から庇おうとしたのは百花だ。
魔術が間に合わない状況のせいで、
百花は自らの体を犠牲にして里沙を炎から守ろうとしていた。
「里沙は…私が守るわ。」
呟いた直後に二人とも炎に飲まれてしまう。
激しく燃え上がる炎。
二人を飲み込んで踊り狂う炎の中からは悲鳴すら聞こえない。
…ちぃっ!
「ふざけんなぁっ!!」
急いで駆け出して炎に接近する。
そして炎に対して魔術で攻撃を仕掛けようとしたところで神崎慶一郎が話し掛けてきた。
「心配はいらない。黙って見ていればいい」
…はあ?
神崎の笑みを不審に感じながらも黙って様子を見ていると。
芹澤啓輔の放った炎が消え去った瞬間に神崎の言葉の意味が理解できた。
炎に包まれたはずの二人だが、
その周囲は薄い光の膜が覆っていたからだ。
「シールドか?」
「ああ、そうだ。」
神崎は笑顔で肯定していた。
「彼から攻撃の気配を感じたんでな。密かに詠唱していたのだが、炎が直撃する前に結界の発動が間に合った。」
…へえ。
…なるほどな。
ここは神崎の評価を改めるべきだろう。
…ただの魔術医師と思っていたが、大した判断力だ。
明らかな戦闘の経験者に思える。
それもかなり優秀な実力を持っていることが窺い知れる行動だった。
…隠れた実力者って奴か。
…だとすれば。
神崎も重要な戦力の一人だな。
単なる魔術医師ではないってことだ。
「大丈夫か?」
今の俺と神崎を比べてどちらが上かを考慮しながら里沙と百花に話し掛けてみると、
里沙は涙目でコクコクと何度も頷いていた。
恐怖で声すらでない様子だな。
そんな里沙を庇いながら、
百花が俺に話しかけてくる。
「ねえ、長野君?あえて、もう一度、言うけれど…里沙を守れないようなら私が貴方を殺すわよ?」
…うおわっ!?
はっきりと断言する百花の瞳には、
明らかな殺気が込められているように感じられた。
…って、いやいや!
…これって俺が悪いのか!?
果てしない疑問を感じるものの。
その間にも魔の手は迫りつつあるらしい。
「よそ見をしている場合か?」
…ちっ!
急いで振り返ったが、すでに手遅れだった。
「ライジング・アロー!!!」
…しまっ!?
至近距離から放たれる雷撃の矢の数は100近い。
その全てを回避はさすがに無理だ。
「ぐあああああああっ!!!!」
絶叫を上げながら後方に吹き飛ぶ体。
全身が痺れるような感覚を感じながら意識を失うことになってしまう。
…ち、く、しょ、う。
情けないほどあっさりと吹き飛んだ俺は、
馬車の側に落下してから意識を途絶えさせてしまった。




