雨の登山
《サイド:竜崎慶太》
…もうすぐ共和国の国境だね。
視界の先には共和国とミッドガルムの国境を隔てる大きな山脈が見えている。
…あの山脈を越えればカリーナ方面だ。
だけど山越をするにはあまり良い状況ではないとも思う。
見上げる空。
星一つ見えない空は雨雲に覆われていて、
夜の暗闇が世界を支配しているからだ。
30分ほど前から静かに降り始めた雨は、
今では激しさを増して僕達の移動を遅らせるかのように容赦なく降り注いでいる。
…雨を遮るのはたやすいけれど。
…雨の登山が危険だね。
山脈を越えるというのは決して簡単な話じゃない。
共和国とミッドガルムは敵対関係にあるからね。
どこにミッドガルムの兵士が潜んでいるか分からない上に、
舗装された登山道も存在しないんだ。
だから山脈を越える為には、
どうしても道なき道を進まなければいけないことになる。
手入れのされていない山道。
降りしきる雨の中で、
ほぼ獣道とも言える道をミッドガルムの兵士達に見つからないように行動しなければいけない。
…こうなると小数の方が都合が良いかな?
少なくとも百人単位で集まって行動するのは難しいと思う。
…幸いというか、何というか。
セルビナが戦争を再開したことによって、
ミッドガルムも何らかの動きを見せるはずだ。
少なくとも国境の警備は強化しているだろうね。
場合によっては共和国に攻め込む為の準備を進めていても不思議ではないと思う。
…国境を越えるのなら小数にするべきだ。
竜の牙の部隊と遭遇した場合のことを考慮して仲間を引き連れているけれど。
ミッドガルム警戒が強まっているのなら、
竜の牙も大規模な行動は取れないはず。
…この辺りで一度、部隊を解散するべきかな。
今の僕達には早急にやらなければいけないことが幾つもある。
…そろそろ行動を開始するべきだね。
すでに何度も竜の牙と激突している以上。
竜の牙がこちらに対して戦力を送り込んで来るのは仕方がない。
僕が持ち去った秘宝を取り戻す為に、
竜の牙は本腰を上げて挑んで来るはずだ。
すでに秘宝は常盤成美の手に渡ったけれど。
竜の牙はその事実を知らないからね。
例え僕が殺されたとしても千里の瞳が竜の牙の手に渡ることはないと安心できると同時に、
竜の牙に対して秘宝の力に頼ることも出来なくなってしまったとも言える状況だ。
こうなると本格的な戦闘が起こる前に、
出来る限りの準備と交渉が必要になる。
『共和国との共闘』
現在、代表代理として行動している米倉宗一郎と交渉して、
竜の牙に対抗する為の戦力を提供してもらう必要があるんだ。
そのための監視目的もあって、
常盤成美に秘宝を預けていたんだけど。
米倉宗一郎は船に乗らなかったらしい。
千里の瞳を持つ常盤成美の監視を行える特殊な水晶玉に写る光景を何度も確認しているからね。
米倉宗一郎が船に乗らずにジェノスに留まったことは確認済みだ。
…そうなると。
セルビナ方面ではなくて、
竜の牙との戦いに望むつもりだろうか?
常盤成美の瞳に映る世界を覗き見ることは出来るけれど。
音声までは聞こえないからね。
あくまでも映像しか確認出来ないものの。
その程度の推測なら簡単に出来る。
交渉すべき相手となる米倉宗一郎は共和国に留まった。
これからどう動くかまでは分からないけれど。
常盤成美と別行動となった以上はもう、
常盤成美を監視しても米倉宗一郎には出会えない。
…だとすると。
直接会いに行くことが難しくなってしまったのも事実だ。
共和国の部隊と接触して、
米倉宗一郎と連絡を取り合うしか方法がない。
あるいは共和国に潜んでいる仲間と連絡をとって米倉宗一郎の居場所を調べる方法かな?
どちらでも良いとは思う。
だけどその前に片付けなければいけない仕事が二つほどある。
…僕の目的。
一つは近藤悠輝君に話をすることだね。
彼の身に起きている変化を伝える必要がある。
そしてもう一つは僕が所持している水晶玉を『とある場所』へ届けることだ。
こちらに関しては早急に進めなければいけない。
セルビナとの戦争が本格化する前に手を打っておかないと、
最大の目的である交渉が破談しかねないからね。
竜の牙と戦う為に僕が望む最高の戦力。
それは『あらゆる魔術を極めた』最強の魔術師になる。
その人物の力を借りる為に、
僕は秘宝を手放したんだ。
…僕やクイーンを越える存在だからね。
あの人物さえいれば秘宝がなくても竜の牙と互角以上に戦える。
だからこそ。
最強の魔術師の協力を得る為に、
交渉の準備を進めなければいけなかった。
『全ての事実を知る』彼女と交渉する為に。
彼女に水晶玉を届けなければいけないんだ。
…僕達にとってはね。
常盤成美の覚醒も。
御堂龍馬の成長も。
栗原薫の生存も。
全ては彼女と交渉する為のきっかけに過ぎない。
彼女の『信頼を得て』最強の力を得ること。
それが僕達の最終的な目的だから。
米倉宗一郎や御堂龍馬は常盤成美が僕達の求める魔術師だと考えているかもしれないけれど。
実際はそうじゃない。
僕達が求めているのはもっと別の力だ。
存在が秘匿された彼女の協力を得る為に。
そのために僕達は行動している。
だから僕達が求める魔術師は常盤成美ではない。
その程度の力を求めているわけじゃないからね。
常盤成美の才能は認めるけれど。
それだけじゃ足りないんだ。
その程度の力で竜の牙は倒せない。
他人の力を受け継いだ程度で最強になれるほどこの世界は甘くはないから。
少なくとも常盤成美が自らの意志で成長して、
自らの才能を開花させない限り、
戦力としては期待できないと考えている。
だから今の僕達にとって常盤成美という存在は決して必要な存在とは言えないんだ。
生存さえしていればそれで良いと思う程度の存在でしかない。
…一応、将来性には期待できるけどね。
現段階ではそれほど重要な存在じゃない。
むしろそれよりも栗原薫の生存のほうが遥かに重要だと思っている。
ここをしくじれば交渉は失敗する。
御堂龍馬と常盤成美と共に船に乗り込んだ栗原薫。
僕達にとって彼女の生存が何よりも優先されるんだ。
海に出た以上は僕達に出来ることはないけれど。
今後の方針を考える必要はあるだろうね。
遠く離れた地で行動する5人の希望。
近藤悠輝君は僕の側にいるとは言え、
彼等の行動次第で共和国の未来は大きく変化してしまうことになる。
…どこまで守り抜けるかな?
疑問は尽きない。
誰がどこで行動してどんな戦いを行うのかなんて、
そこまで分かるはずがないからだ。
それなのにね。
彼等を守るという方針は無謀としか言いようがない。
だけどそれでも。
僕達はやらなければいけないんだ。
全ては彼女との交渉の為に。
その為に僕はあらゆる手段を講じるつもりでいる。
…今はただ、一つずつ片付けていくしかないね。
まずは近藤悠輝君に事実を伝えること。
そして彼女と接触すること。
そこから始める必要があるんだ。
…とにかく今は国境を越えるのが優先かな。
その前に仲間達に振り返って、
次の指示を出すことにした。




