あなたまで
「成美。お前の人生に口出しをするつもりはない。成美が自分で選んだ道なら止めるつもりはない。ただ…それでもこれだけは覚えていて欲しいんだ。」
お父さんは真剣な表情で、
私と向き合ってくれていました。
「父さんも母さんも…いつだって成美のことを想っている。それは沙織も同じだ。二人の幸せこそが私達の幸せなのだ。」
…お父さん。
「だから…だから自分の思うようにしなさい。そして…悔いのないように生きなさい。ここで成美を見送ることが成美の為になるのなら…無理に引き止めはしない。」
私を見送ると言ってから、
お父さんは涙を拭って笑顔を見せてくれたんです。
「お前の自由に生きなさい。その結果がどうであろうと…父さんは全てを受け入れるつもりだ。」
「ごめん…なさい。」
「謝る必要なんてない。あの日、沙織がそうあることを選んだように…最後まで日常を望んだ沙織のように…お前の旅立ちも見送ろう。それが…それだけが、父さんに出来ることだからな。」
私の頭を優しく撫でてくれるお父さんでしたが、
その手は小さく震えていました。
…私のせいで。
お父さんを困らせてしまったんです。
涙を必死に堪えながら無理に笑顔を作るお父さんの手はとても温かくて。
とても優しくて。
とても大きくて。
とても…悲しそうに感じてしまいました。
「…ごめんなさい。お父さん、お母さん。ごめんなさい…っ!」
私のせいでお父さんとお母さんが泣いているんです。
私のせいで悲しい想いをさせてしまっているんです。
そう思うと私も涙が止まりませんでした。
…だけど、ここにはいられません。
それだけは分かっています。
「ごめんなさい。お父さん、お母さん。でも、でも…っ。私がいると…私が傍にいたら…っ。」
きっとお父さんとお母さんまで巻き込んでしまいます。
戦争とか争いとか。
秘宝とか利用価値なんて私には分からないけれど。
だけど私がこの町に残れば、
お父さんとお母さんまで巻き込んでしまうことになるはずです。
それだけは分かっています。
私が瞳の力を捨てない限り、
私が争いから逃れられないのだとしたら。
きっとお父さんとお母さんを巻き込んでしまうんです。
だけど…それだけは嫌です。
私のせいでお父さんとお母さんが苦しむ姿なんて見たくありません。
もしも私のせいでお父さんとお母さんが死んでしまったら。
もしも殺されてしまうようなことがあったら。
私はきっと自分が許せないと思います。
お父さんとお母さんはとても大切な家族だから。
この世界のどこを捜しても、
他にはいない大切なお父さんとお母さんだから。
生きていて欲しいんです。
死んで欲しくはないんです。
だけど私がこの町にいる為には、
瞳に宿るお姉ちゃんと翔子さんの想いを捨てなければいけません。
ですが…それも私には出来ません。
お父さんとお母さんの為に、
お姉ちゃんと翔子さんの想いを捨てることも。
お姉ちゃんと翔子さんの為に、
お父さんとお母さんが殺されることも。
どちらも嫌だから。
そんなふうに思うことがわがままなのかも知れませんけれど。
私はどちらも選べません。
どちらも選びたくないんです。
どちらも大切な存在だから。
とても大切な存在だから。
選ぶことなんて出来ません。
だから私に出来ることはこんなことしかないんです。
「私ね…。きっとわがままなんだと思うの。」
大切なモノが多すぎて。
失いたくないモノが多すぎて。
「どれも欲しくて、どれも守りたくて、選べないの。」
…だから。
「だからね。私は全部守り続けたいの。」
お父さんも。
お母さんも。
お姉ちゃんの想いも。
翔子さんの想いも。
全部全部守りたいんです。
「だから…ね。私…行ってくる。」
何が出来るかは分からないけれど。
「何もしなければ何も変わらないから…ただ失うのを待つだけだから…。」
お父さんとお母さんに抱きしめられながら、
私は『別れ』を選びました。
「だから…行ってくるね。」
何も出来ないかもしれないけれど。
お姉ちゃんのようには出来ないかもしれないけれど。
「ここにはいられないから…。」
ここで、お父さんとお母さんに甘えてばかりいるわけにはいかないから。
「だから…だから行ってくるね。」
「…成美…っ。」
私の話を黙って聞いてくれたお父さんに、
私も必死に笑顔を見せることにしました。
「…ありがとう、お父さん。何も言わないでくれて…何も聞かないでくれて…ありがとう。」
「…っ…!」
私の言葉を聞いて再びこぼれ落ちる涙。
必死に涙を堪えていたお父さんの瞳から何度も涙がこぼれていきました。
…ごめんなさい。
…お父さん。
心の中で謝ってから、
今度はお母さんに視線を向けました。
「ねえ、お母さん。」
「………。」
一言も話さずに涙を流し続けるお母さんに呼びかけた瞬間に、
お母さんの体が小さく震えるのが見えてしまいました。
「あの…ね。お母さん…。」
何も言わずに私を抱きしめてくれるお母さんに、
どう話しかければ良いのかなんて分かりません。
お姉ちゃんなら上手く話が出来たのかも知れませんけど。
私には何を言えば良いのか分からなかったんです。
「あの…ね…。」
言葉に迷ってしまって、
どうして良いか分からずに戸惑っていると。
お母さんは辛そうな表情で顔を上げてから私の瞳を見つめました。
「…成美…っ…」
溢れ、零れる涙。
お母さんはとても悲しそうな表情で私に話し掛けてくれたんです。
「…成美。あなたまで…あなたまで行ってしまうのね…っ。」
………。
『あなたまで』と言ったお母さんに、
私は何も言えませんでした。
「…ねえ、成美…。」
「…なに?お母さん。」
震える声で問い返す私に、
お母さんは優しく微笑んでくれました。
「沙織も…成美もね。どちらも私の大切な娘なのよ。」
「…うん。」
「それは何があっても変わらないわ。私がお腹を痛めて産んだ大切な子供だもの…。あなた達が私の全てで…私の幸せそのものなの。」
「うん…分かってるよ…。」
「だから…だから沙織に続いて成美まで失うようなことがあったら…。もしもそんなことがあったら、きっとお母さんはもう生きていけないわ。」
…お母さん。
「だから…だからね、成美…。」
心の底から祈るような表情で、
お母さんは私に願ってくれたんです。
「必ず…必ず帰ってきてね。成美がどこに行ったって良いわ。だけど…ちゃんと帰ってきてね。そして『ただいま』っていう声を聞かせて…。ただそれだけで良いの。それだけでお母さんは幸せだから、だからそれだけは忘れないでね…。」
お父さんと同じように私を引き留めようとはしなかったお母さんは、
また俯いてしまって静かに涙を流していました。
「お母さん。」
…ごめんなさい。
…わがままな娘でごめんなさい。
止まらない涙。
溢れ流れる涙を必死に拭って、
私は笑顔を浮かべる努力をしました。
ちゃんと笑えているかどうかなんて分かりませんけれど。
それでも泣いたままで『さよなら』は言えません。
最後まで微笑んでいたお姉ちゃんのように、
私も笑顔でいたかったんです。
だから私は精一杯の笑顔で挨拶をすることにしました。
「お父さん…お母さん。行ってきます。」
あの日…お姉ちゃんがそうしたように。
私も精一杯の笑顔で告げることにしたんです。
「「成美…。」」
旅立ちを決めた私から手を離したお父さんとお母さんも精一杯の笑顔を見せてくれました。
涙で濡れた顔で、ぎこちない笑顔でしたけれど。
それでも笑顔で見送ろうとしてくれていたんです。
「行ってらっしゃい。」
「体に気をつけて…無理をしないようにね。」
お父さんもお母さんも優しい微笑みを見せてくれました。
まるであの日と同じように。
お姉ちゃんがいなくなった日と同じように。
笑顔で見送ってくれたんです。
だから私は二人の優しい笑顔に感謝しながら、
お父さんとお母さんに背中を向けることにしました。
「…行ってきます。」
振り返らずに歩き始める私を、
お父さんとお母さんは静かに見送ってくれています。
この時、お父さんとお母さんがどんな顔をしていたのか…背中を向けていた私には分かりません。
だけどきっと…泣いていたんだと思います。
見なくても。
確認しなくても。
それぐらいは分かります。
だから私は振り返らないと決めました。
悲しい別れにはしたくないから。
最後は笑顔で別れたいから。
だから私はまっすぐに御堂さんを目指すことにしたんです。
悲しそうな表情だけど。
とても優しい眼差しを向けてくれる御堂さんに歩み寄りました。
「もう良いのかい?」
「…はい。もう、良いんです。」
優しく迎えてくれる御堂さんに頷いて答えてから笑顔を作ります。
「もう泣きません。そう決めたんです。」
私は必ずこの町に帰ってきます。
お父さんとお母さんのいるこの町に帰ってきます。
「だから…だからもう泣きません。」
「…そうか。」
涙をぬぐって微笑んだ私に、
御堂さんも微笑んでくれました。
「行こうか。」
「はいっ♪」
歩きだす御堂さんと一緒に外に向かいます。
そうして私達が建物の外に出てからすぐに、
全力で駆け寄って来る人達の姿が見えました。




