悲劇の象徴
《サイド:栗原薫》
「ここは特別風紀委員の休憩室だよ。」
…ふぅ~ん。
大きな学園だと、こういう特権まであるのね~。
そもそもマールグリナには特別風紀委員という役職が存在しないから、
こんな立派な休憩室なんて存在しないわ。
…でもまあ。
生徒会はあるし、
控室もあるから似たような感じかも?
…専用とまでは言えないけどね。
「他には誰も来ない場所だから自由にしてくれていいよ。」
…自由に、って言われてもね〜。
御堂君の言葉を聞きながら室内をぐるっと見渡してみる。
教室ほど大きくはないけれど。
専用の個室があるのは羨ましいわね。
ただ、室内は特に何があるというわけじゃないみたい。
明らかに風紀委員とは関係のないような私物があちこちにあるような気がするのよ。
…これって、もしかすると?
沙織や美袋さんが個人的に飾り付けた物が置かれているのかも?
さすがに国内でも1、2を争う巨大学園になるとマールグリナとは扱いが違うわね~。
マールグリナにも風紀委員は存在するけれど。
攻撃魔術はあまり普及してないから、
そもそも争い自体が少なかったりするわ。
喧嘩や騒ぎが起きても仲裁はわりと簡単だから、
マールグリナの風紀委員はそれほど規模が大きくないのよ。
そもそも学園自体がジェノスと比べるとかなり小さいし、
生徒数も少ないっていう理由もあるけどね。
…ジェノスは2万人以上いるはずよね?
だけどマールグリナは2000人もいないから。
ジェノスの1割以下になるわ。
…って言っても。
そもそも医師の試験自体が難しいから、
入学希望者は多くても実際に入学できる生徒はごく一部なのよ。
ジェノスみたいに入学資金さえ払えば、
誰でも入学できるっていう学園じゃないしね。
どうしても生徒数は限られてくるのよ。
…だからこそ。
戦闘が苦手な生徒が多いんだけどね〜。
それでも誰かを守りたいと思う使命感を持つ人が多いから、
アストリアへの潜入を志願する生徒も多かったのよ。
町や共和国を守るためにね。
魔術師ギルドの人達と協力し合って、
アストリア各地に潜入していたの。
…後方支援というか、味方の治療部隊というか。
立場的にはそんな感じ?
…そう考えると密偵部隊の一角とは言えるわね。
まあ、沙織からも色々と聞いているから、
特風の活動内容とかに関しての一通りの話は知っているつもりよ。
大きな学園になるとそれ相応の鎮圧部隊が必要らしいわね。
平和なマールグリナでは考えられない話だけど。
争いが少ないマールグリナでは魔術での戦闘という問題は滅多にないわ。
だからこそ特別風紀委員という組織が必要ないわけだけど。
逆に言えば御堂君達の実力は、
常日頃から実践を経験してるからこその努力の証ということでしょうね。
…天城君との一戦は例外だけど。
魔術大会において無敗の記録を持ってる御堂君の実力は、
それだけですでに学園を支配するに足りる力があると思う。
そしてそれはね。
それだけの経験を積み重ねてきたという実績でもあるのよ。
日々の努力があってこその生徒番号1番であり、
無敗の証でもあるっていうこと。
一時的に天城君に1位の座を譲ったとしても御堂君の実力は何も変わらないわ。
より強い人物が現れたというだけで、
御堂君が弱くなったわけじゃないからよ。
学園の治安を維持して平和を維持してきた御堂の実力こそが、
魔術大会で優勝し続けることが出来る最大の理由のはず。
…だとしたら。
アストリアとの戦争で更に実力を増した今の御堂君に勝てる人なんていないんじゃないかしら?
天城君が現れる以前は全学園全生徒の頂点に立って生徒最強の地位にいたのよ。
前回の大会でも圧倒的な成長と実力を示していたし。
最後に行われた試合において天城君に敗北したとは言え、
それは御堂君が弱いわけじゃなくて天城君が上回っただけ。
だから御堂君は決して弱くはないわ。
単純に御堂君以上に天城君が成長していたということよ。
…でもまあ。
大会とは無関係の私的な試合だから、
あの試合に関しては大会の記録には含まれていないけどね。
それでも今の御堂君は大会の時を大きく上回る魔力と実力を持っていると思う。
漂う雰囲気が変わっているし。
実際に戦闘能力も確認したし。
魔術大会での試合が遊びに感じられるくらい命懸けの戦場を駆け抜けてきたからでしょうね。
大会の時と比べて数倍の魔力を秘めているように感じるのよ。
だからこそ圧倒的とも言えるんだけど。
そもそもの前提として、
私達と比べると今の御堂君は『格』が違うわ。
全く別世界の存在に思えるのよ。
これはもうウィッチクイーンと同じくらいか、
あるいはそれ以上…かもね。
もうすでに並の魔術師では決して辿り着けない遥かな高みにいるような…そんな気がするの。
…だからきっと。
それだけ多くの絶望と引き換えにして手に入れた力なのかもしれないわ。
多くの仲間の死を知り。
多くの敵を殺し続けて。
罪を重ね続けた結果…と言うべきかもしれないわね。
…もちろん。
悲しみを知り。
絶望を乗り越えて。
苦心の末にたどり着いた力とも言えるけれど。
御堂君の成長そのものが、
御堂君の悲しみを象徴しているようにも思えるのよ。
そんなふうに思えるからこそ、
御堂君の背負うモノの大きさまで考えてしまうの。
人を殺し続けた『罪』
仲間を守れなかった『悲しみ』
大切な人を失った『絶望』
そして心に残る『罪悪感』
今の御堂君の瞳には悲しみしか感じられないわ。
例えどれほどの笑顔を見せたとしても、
御堂君の瞳は常に憂いを帯びているように思えるのよ。
…だけどね。
それでも生きていくということ。
大切な人達の想いを受け継いで生きていくということ。
それが御堂君の決めた人生なんだと思う。
誰よりも深い絶望を心に抱えながら、
平静に振る舞う御堂君は素直に凄いと思うわ。
…きっとね。
私には出来ないと思うから。
もしも目の前で兄貴が死んでいたら?
あるいは目の前で愛里が殺されていたら?
たぶん私は壊れると思う。
私の心なんてきっと簡単に壊れてしまうわ。
私はそんなに強くはないから。
力がどうこうとかそんな話じゃなくてね。
…心が弱いから。
悲しみに立ち向かう勇気なんて私にはないから。
…だからきっと。
御堂君のようには振る舞えないと思うのよ。
だからこそ。
悲劇を乗り越える意志が、
本当の力なのかも知れないわね。
単純な実力じゃなくて、
実力を支える根本的な部分。
その信念によって実力が支えられているんじゃないかな?
…心を強くすること。
…それが本当の強さなのかも?
魔力を増やすことでも、
魔術を覚えることでもなくて。
意志の強さこそが実力の証だと思うのよ。
だからもしも私にも成長の余地があるとしたら…?
きっとそういう部分なのかもしれないわ。
自分ではまだ良く分からないけれど。
だけど方向性とも言うべき何かは見えたような気がするの。
自分の『意志』を強く持つこと。
自分の『信念』を貫き通すこと。
きっとね。
それこそが…強くなるということなのよ。




