嘘は吐かない
とりあえず美咲さんに歩み寄って小さく頭を下げてみる。
「あ、あの…その…。ごめんなさい…。」
「…ううん。いいのよ。」
控え目に謝罪したことで、
私の耳元に顔を近付けた美咲さんがね。
「ギルド内において私は絶対的な信頼を得ているから、私を敵に回すと大変なことになるわよ?」
再び悪魔の言葉を囁いてきたのよ。
…ちょっ!?
耳元で囁かれた言葉を聞いた瞬間に全身を悪寒が走り抜けてく。
『ゾワゾワ』と震える体。
視線を向けなくても、
鳥肌が立ってるのが分かったわ。
「…う、嘘泣きですか!?」
「いいえ。嘘じゃないわ。言ったでしょう?嘘は吐かない…ってね♪」
「で、でも…っ!」
「嘘じゃなくて本当に悲しかったのよ。でもね?そこに打算があったのは認めるわ。」
「だ、打算って…?」
…そういう問題なの?
色々と間違ってると思うんだけど?
「ふふっ。」
声を震わせながら呟く私を見て、
美咲さんは楽しそうに微笑んでいたのよ。
「絶対に逃がさないわよ。乃絵瑠ちゃん♪」
…ぬああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!
全身を駆け抜ける悪寒が止まらない。
寒気を感じて震える体が、
私の心までも凍りつかせようとしていたのよ。
…うあぁぁぁぁ。
何て言うかもう、
私の気力はすでに限界寸前だったわ。
…こ、恐すぎるっ。
いっそのこと美咲さんから離れるべきかもしれない。
…もうね。
…何ていうかね。
契約も訓練も何もかもが、
どうでもいいような気がしてきたのよ。
一秒でも早く美咲さんから逃げないと。
取り返しのつかないことになるような…そんな気がするの。
「あ、あのっ!」
もういいです…って話そうと思ったんだけど。
「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか。」
美咲さんが真剣な表情で話しかけてきたわ。
…へ?
…本題?
…どういうこと?
突然雰囲気が変わった美咲さんからは今まで感じていた妖しい雰囲気がなくなっていて、
凛とした落ち着いた雰囲気が漂っているように思えるのよ。
…な、何なの?
…どういうこと!?
まるで別人のような変わりようなのよ。
今の美咲さんに恐怖なんて感じないわ。
それどころか温かさや優しさを感じてしまう。
…もしかしてこれが仕事用の表の性格なの!?
そこはすぐに理解できたわ。
だけど同時に思ってしまうのよ。
隠されている裏の性格を知ってるのは私と奈々香だけかも?ってね。
たぶん他にもいるとは思うけれど。
ギルド内での美咲さんは素敵な女性を演じているらしいから。
だからきっと今のこの雰囲気は仕事用の『猫かぶり』だと思うの。
…なんて。
性格の切り替えを考えている間に、
美咲さんが優しい笑顔で語りかけてくる。
「さしあたって乃絵瑠ちゃんが暗黒迷宮を突破することが契約の条件なんだけど。その為には乃絵瑠ちゃんが闇属性の魔術を身に付ける必要があるわ。」
…闇属性?
…やっぱり必要なの?
「えっと…。でも、私は闇属性が苦手で…」
ほとんど…と言うかね。
さっぱりと言っても良いくらいに、
闇系統の魔術が使えないのよ。
入学試験もそうだったけど。
これまでの適性検査も含めて、
根本的に闇属性との相性が悪いっていう結果が出ているの。
だからこそ暗黒迷宮に苦戦して悩んでるわけなんだけどね。
「大丈夫よ♪」
戸惑う私を眺める美咲さんは笑顔を崩さなかったわ。
「一応、最初に言っておくわね。乃絵瑠ちゃんは闇の魔術が使えないわけじゃないわ。単に必要としてないから使わないだけよ。だからちゃんと手順を理解すれば、すぐに使いこなせるようになるはずよ。」
…使えないんじゃなくて、使わないだけ?
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。」
迷いを見せずにはっきりと断言する美咲さんだけど。
イマイチ信用出来ないのよね~?
人間的に…って、失礼なことを考えていると。
「ふふっ♪」
美咲さんは全てを見透かしているかのような笑顔で微笑んでいたわ。
「大丈夫よ。私の訓練を乗り越えれば必ず使えるようになるわ。必ず…ね♪」
自信を持って宣言する美咲さんは、
私に微笑みながら右手を私に差し出してきたのよ。
「私は決して嘘は吐かないわ。『騙したり』『ごまかしたり』はするけどねっ♪」
…いやいや。
出来ればそこも直してほしいんですけど?
危険な言葉を堂々と宣言してしまうのは本当にやめてほしいと思うのよ。
…って言うか。
そういうことを言うから信用出来ないのよね~。
それなのに美咲さんは笑顔を崩さない。
…もしかして本気で言ってるの?
どこまでが本気で、
どこからが冗談なのかがさっぱり分からないわ。
何て言うのかな?
全てが『偽り』で、
全てが『真実』っていう気がするのよ。
本来なら言う必要のないことまではっきりと言葉にする美咲さんは、
それだけ私に心を開いてくれてるということでもあるとは思うけれど。
それが良いことか悪いことなのかの判断が難しいのよね〜?
「大丈夫よ。必ず闇の魔術を使えるようになるわ。私を信じてさえくれればね。」
どこまでも揺るがない自信がどこからくるのか知らないけれど。
美咲さんの言葉には不思議と説得力を感じてしまう。
そこが美咲さんの魅力で才能なのかな?
人を引き付ける魅力。
それはもしかしたら彩花以上の魔性…と言うか。
もう少し歳を重ねたら彩花もこうなるのかも?
…う~ん。
…さすがは魔女の町ね。
『カリーナ女学園』
通称、魔女学と呼ばれるこの学園を中心として成り立つカリーナの町の女性魔術師は変わった人が多いのよ。
…でも。
だからこそ普通じゃない実力があるのかもしれないわ。
…せっかくここまで来たんだし。
…もう少しだけ頑張ってみようかな?
諦めるのはまだ早いと思い直して、
美咲さんの右手を握り返すことにしたのよ。




