最悪の気分
《サイド:文塚乃絵瑠》
…はあ。
何て言うかもうね。
何も考えられない最悪の気分だったわ。
美咲さんにファースト・キスを奪われただけじゃなくて、
これからも続いてしまうという悪魔の宣告を受けたからよ。
…うあぁぁぁ。
…もうすでに心が折れそ〜〜〜。
ついつい美咲さんを信じるって言いきっちゃったけれど。
本当にこれで良かったのかな?
いまだに悩んでしまうけれど。
その間にも美咲さんは私の手を引きながらどこかに向かって歩き続けているわ。
…どこに向かうの?
魔術師ギルド自体が初めてくる場所だから、
どこに向かってるのかなんて私にはさっぱり分からない。
ひとまず悪夢にも等しい思い出が残る控室を出たあとで、
美咲さんに連れられるままギルドの地下に向かうことになったんだけど。
たどり着いた場所は…魔術の訓練施設みたいね。
私達の他にも沢山の人がいて、
それぞれに魔術の練習をしていたわ。
…ここで特訓するのかな?
それ以外の理由なんてないと思うんだけど。
美咲さんが何を考えてるのかなんて、
私にはさっぱり分からないのよ。
「さて、と…。それじゃあ、約束通り始めましょうか?」
…約束?
…始める?
…何を?
私と向き合う美咲さんの表情は満面の笑みだけど。
私はまださっきの出来事から立ち直れていないままなのよ。
絶望としか言いようがない契約の内容が頭から離れなくて、
まともな思考能力が働いていなかったの。
…うぅぅ。
暗黒迷宮を突破する為の訓練と引き換えに美咲さんと交わした契約。
それは単に美咲さんとキスをすることなんだけど。
私としてはほんの一瞬だけ唇を重ね合わせるだけのことだと思っていたのよ。
なのに美咲さんの罠に完璧にはまってしまって、
それだけじゃ済まなくなってしまったの。
絶対にキス以外は要求しない代わりに、
キスに関しては私も条件を付けられないっていう契約にすり替わっていたからよ。
そんな悪魔のような契約が頭から離れないせいで、
美咲さんの言葉もまともに理解出来なかったの。
…はぁ。
言葉をなくして呆然としていると、
美咲さんが顔を近付けてくる。
「ぼけっとしてると、またキスしちゃうわよ♪」
…んなっ!?
「けっ、結構ですっ!!」
嬉しそうに語りかける美咲さんから反射的に逃げ出してしまう。
「うぅぅ…。そんなぁぁ…っ。」
全力で逃げ出す私の行動がまずかったのか、
美咲さんが悲しそうな表情で俯いてしまったのよ。
「しくしく…。」
瞳に涙を浮かべて落ち込んだ表情を見せる美咲さんの瞳から、
ポロリと一滴の涙が零れ落ちたのが見えたわ。
…えっ?
…嘘でしょ?
…本当に泣いてるのっ?
「あ、あの…っ!?」
どうしていいか分からずに戸惑う私に、
周囲にいる人達から冷たい視線が突き刺さる。
…これって、もしかして?
何も知らない人達から見たら、
完全に私が泣かせたように見えるのかも?
…うぁぁぁぁ。
…視線が痛いぃぃぃぃぃぃぃ!!
…これってあれよね?
もしかしなくても、
最悪の状況だったりするのかも?
私の正面には涙を流して悲しむ美咲さん。
そして周辺には私達を傍観する人々。
彼らの視線はとても冷ややかで、
とっっっっっっっっても痛かったのよ。
「あ、あの…っ!」
どうして良いか分からないまま美咲さんに声をかけるとね。
美咲さんは涙目の上目遣いで私に視線を向けてきたわ。
「…私のことが嫌いなの?」
「い、いえ…っ。」
瞳に涙を浮かべながら問い掛ける美咲さんの瞳を見ているだけで、
何故かものすごい罪悪感を感じてしまう。
…これって私が悪いの?
絶対に違うと思うけど。
何故か私が悪いような雰囲気になってしまっているわよね?
どうしてか分からないけれど。
いたたまれない気持ちになってしまうのよ。
…私が謝れば良いの?
個人的には何も悪くないと思うけれど。
ここで謝らないことには、
この状況から解放されないような気がしたのよ。




