伝説の魔術医師
《サイド:栗原薫》
…う~ん。
…私の出番はなくなったみたいね~。
何気なく医務室全体を眺めてみる。
少し休んでから私も治療に参加しようとは思っていたんだけどね。
成美ちゃんの看病を終えて復帰する前に、
研究所の職員らしき人達が現れたことで、
私が参加する必要がなくなったみたいなのよ。
今はもう順調に負傷者の治療が進んでいるわ。
ほぼ完璧な手順で治療を進めていく研究所の人達の手際は素直に称賛に値すると思う。
私でも同じようにすると思う治療方法を的確に判断して行動する職員の手には迷いが感じられないのよ。
瞬時の診断もそうだけど。
負傷者の怪我に対する治療法を的確に判断する技術には文句の付け所がなかったわ。
…まさに治療に関する専門家っていう感じ。
なんてね。
そんなことを考えていると。
ふいに『とある言葉』が聞こえてきたのよ。
「…神崎さん。………。………」
距離が離れているし。
医務室が騒がしいせいで話の内容までは聞こえなかったんだけどね。
その名前は確かに聞きとれたの。
…ふんふん。
…なるほどね~。
…あの人が噂の『神崎慶一郎』さんなのね。
神崎さんの名前は私も知っているわ。
実際に見たのは今日が初めてだけど。
マールグリナ医術学園において伝説と呼ばれるくらい優秀な成績を幾つも残していて、
超が付くくらい有名な先輩だったからよ。
5年くらい前まではマールグリナでも名前を知らない人がいないって言われるほど有名な人だったの。
…まあ。
その頃の私はまだ幼かったから、
どれくらい凄い人なのか知らなかったけどね〜。
あの馬鹿兄貴でさえも神崎慶一郎という名前には尊敬と憧れを感じるって熱弁してた覚えがあるのよ。
それくらいにね。
共和国において最も優秀な魔術医師と呼ばれている人物なの。
…あの人がそうなのね~。
黙々と作業を進める神崎さんの処置と治療は私でも驚くほど神懸かっているように思えるわ。
複数の治療を同時に進行しながら、
次の患者の判断にまで意識を向けているのよ。
さらには職員達の意見にも耳を傾けて瞬時に指示を出してる。
…これはもうあれよね。
『決断力』と『判断力』は私でさえ敵わないと思う。
…さすがは伝説の魔術医師というべきかしら?
5年前にマールグリナを去ってからはほとんど噂を聞かなくなったけれど。
今の姿を見た限りだとね。
噂は決して誇張された話じゃなくて、
事実なんだって理解出来るのよ。
…あの人には敵わないわね~。
圧倒的な実力差を感じてしまう。
だけどそれは戦闘の技術なんていう話じゃなくて医師としての実力だけどね。
…なるほどね~。
沙織が神崎慶一郎に師事していた理由が今なら分かる気がするわ。
沙織がジェノスにいながらもマールグリナに匹敵する医療技術を身に付けていた理由が分かったような気がしたのよ。
神崎慶一郎という伝説の魔術医師。
彼の下で学べることは数多くあると思う。
…まあ、学園長も負けてないと思うけどね。
琴平学園長も有名な魔術医師なのよ。
一応、今でも現役だけど。
学園長の実力は神崎さんに決して劣らないはず。
神崎さんは誰もが認める天才かもしれないけどね。
琴平学園長の家は代々『魔術医師』という血脈を受け継いでいて、
琴平の家系は由緒正しい医師の血族なのよ。
魔術師であるかどうかに関係なく、
琴平の家系は誰もが医師として活躍しているの。
もちろん愛里も受け継いでいた歴史と知識は、
才能だけでは補えない完成された技術力があるわ。
だからこそ琴平の名前はマールグリナにおいて魔術医師の代名詞でもあるの。
一流の魔術医師の名前をあげる時に必ず出てくるのが琴平なのよ。
この数年の間に私の名前や神崎さんの名前が広まったけれど。
それでもやっぱり最初に思い浮かぶ名前は琴平でしょうね。
それほど琴平の名前には威厳と格式があるから。
代表として有名な米倉。
政治家として有名な近藤。
そして医師としては琴平の名前が有名なの。
だから『琴平』と『神崎』の二人の名前が共和国全土で最も有名な魔術医師になるでしょうね。
それに比べれば私の名前なんて、
まだまだ無名のひよっこだと思うわ。
…まあ、自分で言うのもなんだけどね。
上には上がいるっていうことよ。




