どっちが大事か
《サイド:芹澤里沙》
…う~ん。
…これはなかなか終わらないわね~。
ちょっぴり疲労を感じながら、
医務室全体を見渡してみる。
襲撃者達がどうなったのかなんて、
その後の詳細は分からないけれど。
戦闘が終わりに近付くにつれて運び込まれて来る負傷者の数は増える一方だったのよ。
学園の各地から運び込まれて来る生徒達。
もちろん先生達も無事というわけじゃないけれど。
医務室が手一杯なのを考慮して、
先生達は職員室で治療を行っているらしいわ。
…だから医務室には一人も運ばれてきていないのかな?
そういう配慮とは別にね。
救命班による野外活動も行われているみたいで、
ちょっとした怪我程度なら医務室には送らないように手配してくれているらしいわ。
…とまあ。
そういう話はすでに聞いているわけだけどね。
だからこそ。
医務室では困った問題が発生しているのよ。
それはつまり。
ここへ送られて来る生徒は『重傷』の患者ばかりということよ。
一人に対する治療は困難を極める場合も有るわ。
だけどそこで手を止めてしまうと他の患者にまで手が回らなくなってしまうのよ。
…はあ。
…私も回復魔術が使えれば治療できるのに。
なんて思うけれど。
指輪で封印してるから治癒系統の魔術は使えないの。
もちろん指輪を外せば使えるようになるみたいだけど。
…でもね?
…そうするとね?
必然的に私はもう二度と力を封印することが出来なくなるみたい。
…まあ。
封印と患者の命のどっちが大事かって聞かれたら答えは考えるまでもないんだけどね。
だけどせっかく覚悟を決めて封印したのに、
ここで外してしまうっていうのもどうなの?って思ってしまうのよ。
…うぅ~ん。
…こういう時に沙織がいればね〜。
重症患者の十人や二十人くらい楽勝なのよ。
そう思うんだけど…沙織はもういないわ。
ついでにいうと、天城総魔もいないのよ。
治癒系統に関して超が付くほど優秀だった二人はもうどこにもいないの。
…まあ、いつまでも亡くなった人に頼るのは良くないんだけどね。
私は私で出来ることをしようと考えて、
指輪を外そうか悩んでいると。
不意に医務室の扉が開かれたのよ。
『ガラガラッ』と、
勢い良く開かれる扉の音に気付いて視線を向けてみる。
…ん?
…あの人達って?
見覚えのある人は少ないけれど。
知っている人がいたからすぐに気付けたわ。
魔術研究所の職員の人達が次々と医務室に入って来たの。
「俺達も手伝おう。」
率先して入ってきたのは私も知ってる神崎慶一郎さんよ。
治癒魔術研究室の室長さんで、
沙織の恩師でもあるわね。
…まあ、私は研究所に興味がないから。
沙織と違って顔見知りっていう程度だけど。
その神崎さんが職員の人達を引き連れて治療に参加してくれたことで、
私達の負担が一気に減少したわ。
「治療の終えた生徒は外に出して次の負傷者を空いているベッドに運び込めっ!重度の患者は俺達が処置する。救急班は軽度の患者の処置を優先してくれ!」
次々と指示を出してくれる神崎さんの指示に従って、
疲労気味だった救急班が軽症者の手当てに動き出す。
そうして医務室は一気に慌ただしさを増したのよ。
「どんどん中に運び込めっ!それと魔力が尽きかけている治療班は搬送に回れっ!」
魔力が底を尽いて意識を失う生徒が出てくることを防ぐ為の判断ね。
神崎さんの的確な指示によって、
治療と運搬の人手が入れ代わっていく。
その結果として新たな戦力が増えて一気に士気が高まったわ。
神崎さん達が来てくれたおかげでね。
医務室の雰囲気があっという間に変わったのよ。
疲れの見えていた医師達の表情にも余裕が戻って気力を取り戻した様子に見えるし。
医務室の各地で発動する回復系魔術の優しい光が室内に広がって、
次々と生徒達の治療が進んでいく。
…さすがに専門家は違うわね~。
治癒に関して専門家と言える研究所の人達の魔術には一切の無駄がないのよ。
的確な処置と必要最小限の魔術が使用されているから。
…勉強になるわね~。
怪我の度合いと必要な処置を瞬時に判断する技術は見習う価値があると思う。
あらゆる怪我を一瞬にして治す魔術は一見便利に見えるけれど実は無駄が多いから。
本来なら必要のない魔力を消費してるわけだしね。
過剰な治療は魔力の無駄遣いでしかしかないの。
だから必要な魔術を瞬時に判断して最小の治療を行えるようになることが魔力の節約にも繋がるし、
救える患者の数が増えることに繋がっていくのよ。
まあ、単純に魔術を使えるようになるだけじゃなくて、
症状の判断も出来るようにならないとなかなか上手くいかない部分だけどね。
そういう意味で考えると栗原さんが優秀な魔術医師って呼ばれているのが、
どれだけ凄いことなのか実感出来るわ。
一応、今は医務室の一番端っこにある奥のベッドにいるわけだけど。
成美ちゃんにつきっきりで治療には参加してないわね。
…まあ、強制は出来ないし。
医者だから治療しろなんて一概には言えないのよ。
…医師は職業であって、慈善事業じゃないしね〜。
他校の生徒に依頼するのなら、
それ相応の対価は必要よね?
栗原さんがどう思うかは知らないけれど。
私なら報酬を要求する自信があるわ。
…それが普通よね?
まあ、お金の問題はともかく、
最後の最後まで戦力が残ってるって思えるのはありがたいわね。
いざとなったらお願いできるわけだし、
最後の手段として待機してもらってると考えれば安心して目の前の作業に集中できるから無理に手伝ってもらおうとは思わない。
体を休めている成美ちゃんの側に寄り添って献身的な看病を続ける栗原さんにはね。
魔力の温存をしてもらったほうが無難なのよ。
ここぞという時に戦力になるわけだしね。
…って言っても。
成美ちゃんはもうすでに元気っぽいけど。
それでも栗原さんは成美ちゃんの傍から離れるつもりはないみたい。
まあ、栗原さんには栗原さんの考えがあるでしょうし。
それに栗原さんだって精神的に追い込まれているかもしれないわ。
お兄さんが亡くなったりとか、
色々と複雑な事情もあるみたいだしね。
私達と違って不慣れな戦闘にも参加してたわけだから、
ゆっくりと休む時間くらいはあげるべきだと思うのよ。
だから栗原さんに声をかけようとは思わなかったの。
今ここで一番実力があるのは神崎さんか栗原さんだとは思うけどね。
それでも無理は言えないわ。
それにね?
そもそもここはジェノス魔導学園なのよ。
私達の力で解決出来ることは、
私達の力で解決するべきだと思ってる。
…最後まで努力をして。
…それでもダメだと感じたら。
…その時に手伝ってもらえば良いの。
そんなふうに考える私に、
親友の百花が歩み寄ってきたのよ。




