25. 奏に愛された者達 後編
父親が大統領と共にテロに巻き込まれる可能性。
そして奏の死。
椿は二つの難題に相対し、不安と恐怖を抱いていた。
「私に何が出来るのかな……」
金城からは暴走しないように瀧川女学院から出るなときつく言われている。
仮にそれを無視したとしても、父親からも同様の指示が出ているため、権力を使えない椿に出来ることは少ない。
それならば瀧川女学院に籠って金城達の補佐をした方がまだ役に立てるため外に出るつもりはない。それに大統領の死の未来に悩むレイリーの事も放ってはおけない。
守り通したい未来があるのに、出来ない事ややるべきことが多すぎてどうにもならない。
それが椿の現状であった。
「パパ……奏様……」
夜は不安で枕を濡らし、昼は学生として授業をしっかりと受け、夕方は金城の元へと訪れて会議に参加する。
そのような日常を過ごし、大統領の来日が目前に迫ったある日の事。
「ああもう、これだから馬鹿共は!」
椿が理事長室に入ると、金城が荒れていた。
「どうしたの?」
「ああ、椿かい。岡島のところで調べて欲しいことがあったんだけれど、あいつら多額の金を要求してきやがったんだよ。日本の危機って分かってんのかしらね。テロが成功したらあいつのところなんか、即破滅するってのに」
どうやら調査協力を依頼したいとある権力者が、こちらの足元を見てきたようだ。
「(人は大人になっても変わらないのね)」
その話を聞いた椿は子供の頃を思い出した。
瀧川女学院の生徒と言えども、最初から全員が心清らかな人間であったというわけではない。いわゆる『問題児』という人間も少なからずおり、椿がクラス委員長として苦心して働きかけた結果、彼女達は健やかに成長したのだ。
その問題児の中に、『クラス行事に真面目に参加して欲しければ私が欲しいものを用意しなさい』と高飛車に椿に言い放った女生徒が居た。
その子は単に家族からの愛に飢えていて歪みかけてしまっただけなのだが、要望を通すために条件を提示するところが、金城の交渉相手の態度と似ていたなどと感じてしまったのだ。
「(あの時は確か何度もお話して説得したのよね)」
相手が欲しがるものを用意するのではなくて、誠心誠意話をして仲間になって欲しいとお願いする。それにより彼女はクラスメイトと打ち解けられたのだ。
「(あれ……でもこれって……)」
この時、椿は自分に出来ることに気が付いた。
仲間を増やすこともまた、奏や父親を助けることに繋がるのではないかと。
「何度も何度もしつこいな、私には関係ないって言っただろ!」
「神々の娘さんだからこうして電話には出てますが、無理なものは無理なのです」
「ほぅ、それで私にどのようなメリットが?それを証明するものは?」
金城や父親とは違う派閥、そして敵対関係にある人にまで、椿は積極的に電話をかけて協力を仰いだのだ。
当然、軽くあしらわれてしまったり、敵愾心を露わにされたりする場合の方が多かったが、椿は諦めなかった。
「君が抱かせてくれるなら考えてやろうじゃないか」
「うちの息子を貰ってくれるなら考えても良いぞ」
中には醜く椿にアプローチしてこようとする者も居る。椿が憎んで来た大人の汚れた部分を嫌と言うほど思い知らされることになる。
だがそれでも椿は諦めない。
奏と父親を守るために、相手の要求を呑むのではなく、共に協力し合える仲間になって欲しいと真摯に頼み込む。
「(大丈夫……まだ私は大丈夫)」
心が擦り減る度に、奏のことを思い出す。
どうしても辛かったら奏にメッセージを送り、他愛も無い会話により英気を養う。
「(絶対に……守る!)」
結果的に無駄な行いになるかもしれない。
そうだったとしても構わない。
奏と父親の生存確率がほんの少しでも上昇すればそれで良い。
「ハーイ!金城ちゃーん」
その椿の執念が、最終盤で実を結んだのだ。
「(パパ、奏様!)」
椿がその成果を誇ることなどしない。
苦労が報われたなどとも考えない。
ただただ、大切な人達が無事であることを喜んだ。
そしていよいよ全てに決着をつけようと金城と共に奏の元へと飛ぼうとした時、椿にも奏の想いが伝わって来る。
『椿さんが無事でありますように』
奏による椿への想いは、このシンプルな想いの後にも続いた。
『お父さんの事が大好きな椿さんが愛おしいです。僕のために尽くしてくれようとする椿さんが愛おしいです。椿さんが大切な人と幸せになって欲しいです。椿さんの大切な人に僕が含まれていると嬉しいです。無口で無表情に見えるけれど良く見ると表情豊かで可愛らしい椿さんが愛おしいです。本当は誰よりも人が好きで、困っている人に手を差し伸べる椿さんを尊敬しています』
奏は椿の事をしっかりと見ていて、魅力的な女性であると感じていたのだ。
椿の想いを受け取って恋愛対象として考えられる程には。
「かなでさまぁ……」
自らの努力の結果、大切な人達を守れた椿が、最も大切な人から想われていることを知ったこの日。
人生最悪な一日になるかもしれなかった日は、人生最高の日に変わったのであった。
「(矢野君、これ以上奏様を苦しめないで!)」
雑居ビルの屋上。
隠密スキルを使いながら矢野と奏のやりとりを眺めるしか無かった芹那だが、耐えきれずに矢野に近づき投げてしまいそうな気分であった。
目の前で奏が苦しんでいるのに手を差し伸べられない苦しみ。
もう我慢の限界だと動き出そうとした時、奏が祈りを始めた。
「(まさか奏様、自分のスキルに気付いてるの?)」
芹那はそのような疑問を抱いたが、そのことを深く掘り下げて考える前に奏の『愛』が直撃し、思考は中断された。
『芹那さんが無事でありますように』
体全体が奏に包まれているかのような多幸感。
「(奏様の想いが伝わって来る。しあわせぇ)」
だがそんなものは序の口に過ぎなかった。
『ううん、芹那さんは僕が守る!』
「え?」
柔らかくて温かであった奏の『愛』が、突如力強く熱を帯びたものへと変貌したのだ。
『芹那さん芹那さん芹那さん芹那さん!』
「(ひゃあっ!)」
思わず声を漏らさなかったのは奇跡かも知れない。
ひたすらに芹那を想う奏の気持ちが怒涛の勢いで流れ込んできたのだ。
『芹那さん好きです。僕の事を真剣に想ってくれる芹那さんが好きです』
「(ひゃあっ!)」
『芹那さん好きです。いつも元気で明るい芹那さんが好きです』
「(ひゃあっ!)」
『芹那さん好きです。とても可愛くて会う度に抱きしめたくなるくらい好きです』
「(ひゃあっ!)」
奏の芹那に対する『愛』が、芹那の心を何度も強く打ち付ける。
そのたびに芹那は気持ち良いどころか、心が破壊されそうな程の衝撃を受けてしまう。
「(か、奏さま……これ以上は……)」
そのような懇願など奏には届かない。
あくまでもこの現象は一方的なものなのだ。
「(芹那さん愛してます。結婚して子供を授かって幸せな家庭を築きたいです)」
「(ひゃああああっ!)」
芹那の脳裏に強制的に浮かぶのは、成長した芹那と奏と子供達による笑いの絶えない家庭の姿。子供が成長して独立し、芹那と奏が老い、子供や孫たちに囲まれて幸せな最期を迎えるまでの生涯がハイスピードで流れて行く。
「(……かなで……さまぁ)」
高校生だから早すぎるなどと突っ込んではならない。
奏としてもそのような未来を少し考えていただけなのかもしれない。
だがその幸せな未来のイメージは強烈に芹那の脳裏に刷り込まれてしまった。
これで芹那は完全に奏から離れられなくなってしまった。
「(私も奏様のことが……)」
理想の生涯まで見せられたら流石に奏の『愛』も終わりであろう。
芹那はそう思っていたが、早計であった。
その後にある意味最低の、だが年頃の男子高校生としては当然の『愛』が伝わって来たのだった。
『芹那さんを抱きたいです』
「(ひゃあっ!)」
『あんなことやこんなことをしたいです』
「(ひゃああああっ!)」
『許されればあれも……』
「(!!!!)」
絶対に隠しておきたかった男子高校生の欲望。
それらまで包み隠さず伝わってしまったのだった。
しかも具体的なイメージ込みで。
芹那は奏の想いにあてられて奏に抱かれる姿を想像したまま、現実世界に戻って来てしまったのだった。
「かなでさまぁ」
今すぐにでも全裸になって奏に襲い掛かりたい欲望を必死に抑え、空いている奏の背中に向かって強く頬擦りしながら気持ちを抑えようと必死な芹那であった。
「(奏様、諦めないで)」
美月もまた、奏の傍で成り行きを見守っていた。
怪盗に協力を依頼し、この場にも怪盗が紛れ込んでいることに気付いている美月は、人質となっている岡の事は忘れて矢野と奏の動向に注力していた。
だが、奏をフォローしたくとも矢野の邪魔をしようものならいつ無差別テロが起きてもおかしくはない状況であり、見守ることしか出来ない。
「(私達がついています)」
肩に手を添え、温もりを与えることで一人では無いことを奏に伝える。それが少しでも奏の心の支えになるのだと信じて。
「(奏様凄い、気付いてたんだ)」
美月もまた、奏が自分のスキルに気が付いたことを驚いた。
そしてその隙に、奏の『愛』がスルスルと美月の心の中にも入り込んでくる。
『美月さんが無事でありますように』
まるで奏の『愛』がたっぷりつまったお風呂に心と体が浸かっているかのような感覚。
「(ありがとう奏様)」
奏の『愛』を芹那よりも冷静に受け止められていた美月だが、それもここまでのこと。
『ううん、美月さんは僕が守る!』
「え?」
ぬるま湯であったお風呂の温度が急上昇して、全身が汗だくになるような錯覚を覚える。
『美月さん美月さん美月さん美月さん!』
「これ……凄い!」
全身が焼けると錯覚するほどの強い『愛』であるのに、不思議とそれがとても心地良い。
決して美月がドМというわけではない。
『美月さん好きです。僕と一緒にぬいぐるみについて楽しくお話してくれる美月さんが好きです』
「私も……好き!」
『美月さん好きです。やりたいことのために全力で考えて行動する美月さんが好きです』
「うれ……しい!」
『美月さん好きです。とても美人で油断するととても可愛い美月さんが好きです』
「か、か、かわ……!」
一つ一つの奏の想いに美月は丁寧に感想を返そうとするが、予想外の『可愛い』に打ちのめされた。
「(な、なんで私がか、可愛……え?本当に?)」
動揺している美月は待ってもらえずに追い打ちをかけられる。
「(美月さん愛してます。結婚して子供を授かって幸せな家庭を築きたいです)」
「!?!?」
美月の脳裏に浮かぶのは、大量のぬいぐるみに囲まれた子供達がすくすくと成長する姿。
そこは『可愛い』『愛おしい』以外の感情は全て排除された桃源郷。
しかも隣には愛しの奏が居るのだ。これ以上の幸せなど美月には考えられなかった。
「私も奏様と未来を歩みたい!」
これにて美月も完全攻略であり、奏と離れることが出来なくなってしまった。
パジャマテレパーティーでの椿の言葉が現実味を帯びて来た。
そして美月にもまた、綺麗ではない『愛』も伝わってしまった。
『美月さんを抱きたいです』
「(はい!?)」
『あんなことやこんなことをしたいです』
「(え……私のでいいの?)」
『許されればあれも……』
「(そんなマニアックなことまで!)」
美月は案外冷静に受け止めていたが、一つだけ嬉しいことがあった。
コンプレックスであった小さな胸にも奏が興味を示し、あれやこれやをしたいイメージが伝わってきたからだ。
「私の体でも奏様が喜んでくれる!」
あまりの嬉しさで奏に抱かれる姿を妄想してしまい、美月もまた発情状態に入ってしまうのであった。
「かなでさまぁ」
様々な『愛』を奏から授かった上に発情状態に入った美月が脱がずにハグとキスだけで済んだのはこれまた奇跡かも知れない。
「(奏様、わたくしは信じております)」
真夜もまた、心配そうに奏の傍で控えていた。
だがその心には不安や心配だけでは無く奏に対する信頼の気持ちも大きかった。
「(奏様ならきっと大丈夫)」
そう思い込みたいという気持ちももちろんある。
だが真夜はこれまで奏が権力者達との交流から逃げなかったことを知っている。それは紛れもない奏の心の強さだ。予知では奏が死んでしまったが、命をかけて他人を助けられる奏の心が簡単に折れるはずがないと信じていたのだ。
「(奏様はお気づきだったのですね)」
奏が自分のスキルに気付いていたことを驚きつつも、奏ならばありえるかもしれないと真夜は感じていた。
理由はない。
真夜は奏のことならば無条件に良く解釈してしまう程には心酔状態であったからだ。
その真夜にも奏の『愛』が伝わって来る。
『真夜さんが無事でありますように』
その真摯な想いに対して真夜は歓喜に打ち震えると同時に、邪なことを考えてしまった。
「(ぐへへ、奏様に抱かれているみたい)」
『やまとなでしこ』は何処に行ったのだろうか。
普段から妄想をする癖がある故に、夢見心地な感覚が妄想している時の感覚と繋がってしまったのだった。
『ううん、真夜さんは僕が守る!』
「これはいつものでしょうか?」
そして奏からの『愛』が強力に変化した後も、真夜は普通に受け取ってしまった。
この力強い奏もまた、真夜の妄想の中では頻出していたからだ。
『真夜さん真夜さん真夜さん真夜さん!』
「ぐへへ、かなでさまぁ!」
奏からの『愛』は妄想のものよりも遥かに強かった。そのため真夜の脳内はより酷い妄想狂いに発展する。
『真夜さん好きです。和服姿がとてもお似合いな真夜さんが好きです』
「奏様がお望みならいつでも着ます」
『真夜さん好きです。自分の在りたい姿を目指して努力する真夜さんが好きです』
「あれ……これって……」
『真夜さん好きです。『やまとなでしこ』として優雅な真夜さんが好きです』
「ああああああああ!」
しかし真夜は気付いてしまった。
『自分の在りたい姿を目指して努力する真夜さんが好きです』
妄想の中では決して奏が口にしない真摯な想い。
つまり今自分が経験しているのは妄想では無くて紛れもない奏の本心であると。
正気に戻った真夜の脳裏にこれまで伝わった奏からの『愛』が蘇り、オーバーヒートしそうになっていた。もちろん奏の『愛』は待ってはくれない。
「(真夜さん愛してます。結婚して子供を授かって幸せな家庭を築きたいです)」
純和風建築の建物内にて、成長した奏と真夜が和装姿で仲睦まじく寄り添っている。その手にはまだ幼い子供を抱えており、二人とも幸せそうな笑みを浮かべてお互いを優しく見つめ合う。
これもまた真夜の妄想の中のワンシーンに近いものがあったが、それとは比べ物にならない程に温かみに溢れたものであった。
「かなでさまぁ……」
真夜の心が大量の奏の『愛』に押し潰されそうになった苦しみによるものか、瞳に幸せな潤いが浮かんでいた。
しかし、せっかく正気に戻り純粋に奏の『愛』を味わっていた真夜だが、結局は妄想世界に戻されることになる。
『真夜さんを抱きたいです』
「(あれ……ぐへへ)」
『あんなことやこんなことをしたいです』
「(ぐへへへへへ)」
『許されればあれも……』
「(ぐへ……え?ええ!?)」
真夜の妄想の根幹となるもの。それは『男を喜ばせる術』を独学で学んでいたからだった。
それゆえ知識だけは多く妄想が尽きることは無かったのだが、現役男子高校生の奏の妄想には敵わなかったようだ。
自らの欲望を上回る奏の欲望を叩きつけられ、真夜もまた未知の想像をしてしまい発情状態になるのであった。
「かなでさまぁ」
そしてこの奏の祈りにより、また一人、奏ラバーズが増えることになるのであった。




