26. レイリー
本日も一話投稿します。
「レイリー、ご挨拶なさい」
「はじめまぁして、ツバキ」
「ナイストゥーミーちゅう、レイリー」
レイリーが幼い頃、父親の友人である政治家の家族が日本からやってきた。
その家族の一人娘である椿とレイリーは、すぐに仲良くなった。
「うわああああん!ツバキー!」
「うわああああん!レイリー!」
その仲は、椿の帰国時にお互いに大号泣するくらいに成長した。
当時はまだ椿はすれてはおらず天真爛漫な天使のような子供であり、活発なタイプのレイリーと相性がとても良かったのだろう。椿が帰国後も電話やメッセージを何度もやりとりする親友となった。
「ツバキ、最近おかしいデース」
だが成長するにつれて椿からの連絡が途絶えがちになり、たまに話をしても口数が少なく話の内容も大人達への愚痴ばかりと暗いものになっていた。
とはいえ椿にとってレイリーは信頼している数少ない相手。何に苦しんでいるかをはっきりと伝えてくれるため、原因不明でレイリーが困るという事は無かった。
「こっちも同じようなものデース」
だがレイリーは椿の悩みを共感することは出来ても解決することは出来ない。レイリーもまた、苦しんでは居ないものの政治家や大人達の闇に近いところで生活していたからだ。
レイリーが椿のように苦しまなかったのは、大好きな父親がどれほど忙しくても毎日のように愛を伝えてくれたからだろう。
「ツバキを助けたいデース」
自分には椿を元気づける事くらいしか出来ない。
大切な幼馴染であり親友を助けられないことをずっともどかしく思っていた。
「レイリー、私好きな人が出来たの」
「ホワッツ!?」
だが椿とレイリーが高校二年生になった時、問題は突然解決された。
久しぶりに来た椿からの電話。
スマホから聞こえてくる椿の言葉は、ここ数年聞いたことが無い程に弾んでいた。嬉しくて嬉しくてたまらないと言った雰囲気で、聞いても居ないのに何があったのかを楽しそうに報告する。
「(アンビリーバボー!普通の人がツバキを救うなんて!)」
椿が抱えている問題を解決するには、大人の世界の闇を知りつつも、それを受け止める強い意思を持ち、更にはその志を椿に納得させられる人物だとレイリーは思っていた。そして残念ながらそのような人物はこの世界に多くは無いのだと感じていた。
だがレイリーを救ったのは極普通の一般人。しかもその相手への想いが恋愛にまで発展したと聞いてレイリーは心底驚いた。
「(ダディと一緒に……ノー、先に日本に行って確認するデース)」
その人物は大人に絶望していた椿の心を救った上に恋心も抱かせたのだ。感謝の気持ちと興味を抱くのは当然の流れだろう。
自分がどれだけ椿に言葉をかけても、決して椿を救うことは出来なかったのだから。
もしかしたら、悔しい気持ちも含まれていたのかもしれない。
「どんな人なのか楽しみデース」
椿に黙ってこっそりと来日したところ、椿が想い人の家に向かったという情報を入手。後を追って佐野家に突入し、すぐに椿の想い人に会うことが出来た。
「(ソープリティーデース。でもツバキにならお似合いかも?)」
椿の父親である総理大臣のような真面目そうな男性をイメージしていたレイリーであるが、奏が女性と見間違えるくらいに可愛らしい風貌であったことに驚いた。だが、大人らしい大人、男らしい男に絶望していた椿にとって、それらとはかけ離れた印象である奏だからこそ惹かれたのかもしれないとも思った。
「(ツバキを助けてくれてありがとうデース)」
レイリーが好きな男性のタイプは、父親のような力強い男性である。大統領は軍人と見間違える程の屈強な体格、筋肉、肉体美を有しており、ダディ大好きレイリーが考える魅力的な男性とは父親のような雰囲気の男性なのである。
ゆえに、奏は完全に恋愛範囲外なのではあるが、奏は椿どころか他の美少女達からもアプローチされているではないか。
「あんなに好かれているなんて不思議デース」
日本人にしか分からない感性なのかもしれないとレイリーは考えるのを止めた。
だが可愛いものは大好きであるため、椿の恋路を邪魔しない程度に奏を愛でると決めたのであった。
「(面白くするデース)」
レイリーにとっての愛でるは、弄るにも繋がっているものであった。
敢えてハーレムを推奨するような発言をして奏達を煽り、彼らの恋模様がどうなるのかを楽しむことにしたのであった。はた迷惑である。
「ホワッツ!?ハーレム宣言ですか!?」
そんなレイリーも、瀧川女学院の寮で奏の雄姿をテレビで見て驚愕することになる。か弱く見えた奏が力強い口調で『彼女達』を愛して選ぶと誓ったのだ。
第一印象は庇護欲をそそる真面目そうな小動物。
テレビで見たのは女性を愛すると力強く誓った男らしい姿。
だが愛の矛先は複数の女性を対象にしたものであり非誠実な内容である。
奏がどういう人物なのか全く分からなくなり、レイリーは瀧川女学院の生徒達に聞き込みをしてこれまでに何があったのかを根掘り葉掘り聞き出した。
「凄い子だったんデースね」
命をかけてお嬢様達を救ったという話を聞き、さらに奏のことが分からなくなるレイリーであった。
「ツバキはミーもカナデを好きになるって不安だったのデースかね」
最初に椿に聞きに行ったが、椿は何も答えてくれなかった。レイリーが奏の勇敢な姿を知ることで、恋のライバルが増えると考えたからなのだろうとレイリーは推測した。
「ミーのタイプとは違うのデース」
だが、どれだけ奏が素晴らしい人物であろうとも、レイリーのタイプとは異なるため好きになりようがない。この時のレイリーはそう考えていた。
そんなこんなありながらも日本の生活を満喫していたレイリーが、金城理事長から驚愕の事実を伝えられる。
「そんな……ダディが!」
予知により大統領が日本で暗殺される未来が見えたというのだ。
「あのダディが……ありえない!でも……」
予知は絶対である。それは海外にも知られていた。世界で唯一のスキルであり破格の効果を齎すものであるのだから当然である。
「ダディを止めないと……ノー……」
父親に連絡して来日を止めたいが、父親の性格上真っ向から戦うだろう。レイリーとしても、逆境にめげずに戦う強さを持っている部分も好きなのだ。
だがそれは、父親が狙われる未来が確定するということでもある。父親の無事を信じたいけれども、不安になるのは当然の事。
レイリーから笑顔が消え、恐怖で怯える日々が続く。
そのレイリーの元に一通のメッセージが届いた。
『愛しの娘へ。パパの事は心配いらないよ。悪い人に絶対に負けないから。窮屈かもしれないが、レイリーは瀧川女学院でおとなしくしていてね。それと、もし機会があれば佐野奏という男の子と仲良くなりなさい。彼ならレイリーの身をきっと守ってくれるはずだ。パパより』
父親からのダイレクトメッセージであった。
「カナデ……?」
そして何故か父親からのメッセージには奏と仲良くすれば守って貰えるという文言が含まれていた。娘のことを溺愛している父親が、男の子と仲を深めることを推奨するなど異常な事。あまりの不自然さにレイリーは具体的なことを父親に確認した。
「インガオーホー……」
そして奏のスキルを知ってしまった。
奏と絆が深まれば、スキルが伝搬されて守られる。
それならば、奏と恋人になれば、恋人の家族である父親も大切に想ってもらえるのではないか。
その結果、父親もスキルの力で守られるのではないか。
奏と知り合い程度になって運良くレイリーが守られればそれで良いと思っていた父親涙目である。
「ツバキ、ミーはカナデの恋人になるデース!」
「……今のレイリーには無理よ」
椿はレイリーの狙いをすぐに理解し、奏の心を射止めるのは無理だと断言した。
だがレイリーには勝算があった。豊満な肉体を楯に迫ればどのような男の子であろうとも即堕ちするだろうと考えていたのだ。
そして偶然にも、奏が瀧川女学院に来る機会がやってきた。
これは逃せないとばかりにレイリーは攻勢に出る。
「それじゃあミーの彼氏になってくだサーイ!」
奏に再会した直後から猛烈なアプローチをする。
奏と恋仲になるのが一分一秒でも早ければ、恋人として父親の良さをアピールする時間を多く手に入れられるからだ。
「(体を密着させて、キスをすればイチコロデース)」
実際、奏はレイリーの柔らかな部分に密着していることで動揺している。
相手は複数の女性を愛せる人間だ。今さらレイリーが増えても大丈夫だろうと軽く考えていた節もある。
「でもレイリーさん、本当は僕の事そんなに好きじゃないでしょ?」
「どうしてそんなこと言うですかー!悲しいデース!」
「だってレイリーさんの態度、好きな人じゃなくて可愛いものに対する態度なんだもん!」
だが奏はレイリーの言葉や態度が偽物であることを簡単に見破った。
例え見破っていたとしても、レイリーという美少女と恋人になれるチャンスであるというのに、それをあっさりと捨てたのだ。
「(そんな、どうして!?)」
レイリーは恋愛などしたことのない生娘である。
豊満なボディで男の下半身は掴めても、男心を掴むにはまだまだ経験が足りていないのであった。
「レイリー、奏の話し相手をお願いするわ。暴走は逆効果だから普通に接すること」
「サンキュー!」
失意のままに寮に戻っていたレイリーは、椿が再チャンスを与えてくれたと思った。
椿としては他にお願いできる人物が居なかっただけなのだが、奏の心を掴むように頑張れと応援されたのだと勘違いしてしまったのである。
「もっとカナデのことを知る必要があるデース」
レイリーは奏を観察し、奏が何に弱いのかを突き止めることにした。幸いにもここは美少女達が集う男の子にとっての楽園だ。奏の目線を追えば、胸や尻や顔など、何に興味を抱いているのかが分かる筈。
それが分かればそこを徹底的に攻めるだけだ。
「(特殊な性癖をもっていたら困るデース)」
だが奏は瀧川女学院の誰に対しても普通に接しており、特別に何かが好きな様子は見られなかった。もちろん胸が大きな女生徒相手であればチラ見していたが、それは手足が細い、髪がサラサラ、などと言った特徴ある部分が気になってチラ見するのと同じような感覚であった。
つまり奏は性癖が普通なのか特殊なのかすら悟らせない紳士な人間であったため、レイリーの心配は無用であった。
「(やっぱり奏は良く分からないデース)」
しかも奏は幼馴染のケンカに困っており、色仕掛けをするような雰囲気では無くなっていた。
「(どうすれば良いデースか!)」
奏の事を理解出来ず、奏を強引に攻められる雰囲気でも無く、八方塞がり。
「(ダディ!)」
このままでは父親の死を覆せないかもしれない。レイリーの心が焦燥感で一杯になる。
その時、奏とレイリーは異変に巻き込まれた。
何故か瀧川女学院の生徒達が発情して奏に抱かれようと迫って来たのだ。
「ホワッツ!?」
瀧川女学院の生徒達はレイリーには無関心で、奏だけをターゲットとしているようだ。
奏が逃げた後も、生徒達は目をトロンとさせたまま奏を探してゆっくりと追い始めた。
「まるでゾンビみたいデース……これ、使えるかもしれないデースが……」
生徒達の歩く雰囲気をゾンビに例えたレイリーはピンと来る。
自分も狂ってしまった演技をすれば奏に抱いてもらえるのではないかと。
「既成事実……恥ずかしい……無理デース……でもダディが……」
レイリーは決して性に対して大らかという訳ではない。
初心なレベルで言えば、芹那より多少マシと言ったところだろう。
キスやハグは親愛行為の延長線上にある行いであるため平気であったが、それ以上となると考える事すらままならない。
その彼女が好きでもない男性に体を差し出すなど、抵抗感が大きくて出来そうに無い。
だがやらなければ父親が危ない。
「どうしよう……ダディ……ダディ!」
羞恥心と、乙女心と、家族愛がレイリーの中でせめぎ合う。
悩みに悩んだ結果、レイリーは自らを『犠牲』に父親を救うことを選んでしまったのだ。
「カナデを探すデース」
奏を見つけたレイリーは、奏が移動している方向に先回りした。近くの扉を確認したところ、体よく一か所だけ鍵がかかっていなかったため、奏がそこに逃げ込んでくるのではと想像して待ち伏せすることにした。
運良く奏はその部屋に逃げ込み、レイリーは奏の味方の振りをして助けが直ぐに来ないように誘導する。そして奏が椿へ助けを求めるメッセージを考えている間に、こっそりと後ろに回って服を脱ぎ始めた。
「(恥ずかしいデース……うう、殿方に……ノーーーー)」
顔を真っ赤にしながら、すぐそばに同世代の男性がいるのに一枚一枚服を脱いで行く。
「(ミー……し、下着……ノーー……これも脱ぐの?)」
下着姿というだけで恥ずかしくて倒れそうなのに、それすらも脱がなければならない。
スキルで狂ったわけでは無く、正気で自らの手で全裸になると言うとてつもない羞恥プレイをレイリーはどうにかやりきった。
「カナデサマ、ゴチョーアイを下さい」
全裸になり恥ずかしくて腕で諸々隠してしまったが、ここまで来たらもうやるしかない。
父親を守るためにレイリーが初めてを奏に捧げると覚悟した渾身の攻撃。
「悪い冗談は止めてよ!レイリーさんは正気でしょ!」
だがそれすらも奏には通用しなかった。
「(そんな……ホワイ!)」
自分に魅力が無いのか、奏は究極のヘタレなのか、それとも異変に便乗したからダメだったのか。
レイリーはそのような理由はどうでも良く、一世一代の勇気を出した作戦すらも通用せずに父親を守れなかったことに打ちのめされていた。
「それでもお願いデース。ミーを抱いて下さい……」
「お願いデース。お願いデース……」
「ううっ……ううっ……」
レイリーに出来ることは、その場に蹲り涙を流すことだけであった。
「全く、奏様が手を出すわけないじゃない」
「……」
それからのレイリーは抜け殻のような毎日を送っていた。
金城や椿が全力で動いてくれていることは分かっているが、少しでも事件の事を考えてしまうと猛烈な恐怖に襲われるため、何も考えずに過ごすしか無かったのだ。
「ダディ……ダディ……」
父親が来日し、食事会にも誘われたが、自分のせいで父親の危険度が増すことを嫌ってレイリーは瀧川女学院に自ら籠り続けた。
そして運命の日、椿の傍らでレイリーはひたすら神に祈ることで正気を保とうとしていた。
常盤からとてつもない情報がもたらされて理事長室は大騒ぎになっているが、それすらも気付いていない。一つ一つの情報に一喜一憂する体力などレイリーには残っていないのだ。
外部の情報をひたすらシャットアウトして祈り続けるレイリーに、異変が起こる。
「(!?)」
突如体が不思議な温もりに包まれたのだ。
その温もりの正体をレイリーは直感的に理解する。
「カナ……デ?」
レイリーにもまた、奏の『愛』が伝わっていたのである。
『レイリーさんとご家族の方が無事でありますように』
「……ホワッツ?」
レイリーが渇望していた奏からの『愛』が不意にもたらされたのだ。
奏の置かれている状況、スキルの説明、この現象の説明などがレイリーにも伝わって来る。
「カナデ、ミーとダディのことも!!」
大規模テロから日本を守るための願いの中には、レイリーや大統領が無事であって欲しい想いも含まれていた。
『レイリーさんが大切に想っている人を絶対に守る!』
奏は椿からレイリーが父親の事を大好きであると伝えられていた。そして自分のスキルの存在を察した時、レイリーの異常な行動の理由にも気が付いた。
ゆえにレイリーと大統領に関しても特に強く無事であるように願ったのだ。
「ああ……カナデ……カナデェ……!」
レイリーの無謀な行動は実を結んでいたのだ。
好きでもない人に抱かれようとする非常識な行動により、奏がレイリーの願いに気が付いたのだから。
「ひっぐ……ひっぐ……」
奏の温かな『愛』が、レイリーが抱いている巨大な不安を溶かしてゆく。そしてそれが涙となってとめどなく瞳から溢れて行くのであった。
「カナデ……サンキュー、サンキュー……カナデサマ……」
なぜ芹那達が奏のことを奏様と呼んでいるのか。
レイリーはその理由を実感した。
自然に様付けしたくなるほどに、強烈な救いをもたしてくれた存在だからなのだと。
「胸のドキドキが止まらないデース」
奏は決してレイリーのタイプではないはずの男の子だ。
だがレイリーが感謝をこめて奏に祈ると、胸の高鳴りが止まらなくなる。
奏の姿を思い描くだけで顔が真っ赤になってしまう。
ここにまた一人、奏に堕とされた人物が誕生した。
椿が危惧していた通りに。




