19. 美少女達とカラオケに行くことになったんですけど
「終わったー!」
テスト最終日。
最後の科目のテストを終えた生徒達は、長く苦しい闘いからの解放感に身を委ねていた。
試練を乗り越えた先には楽しい楽しい夏休みが待ち受けている。
もちろん赤点を取らなければ、の話ではあるが。
机に突っ伏している極一部の生徒はつまりはそういうことなのだろう。
そして問題の幼馴染ーずがどうなったかと言うと……
「終わったぜ……何もかも……」
「あははは、空が青いなぁ」
魂が抜けてしまい放心状態になりかけていた。
「二人ともダメだったの?」
勉強会の日以降、主に美月と真夜が時間を割いて教えてくれたため、赤点になるとは思えない。
「過去最高の出来だと思う」
「うんうん、こんなに答えが分かったのは初めてだよ。はぁ……」
赤点どころか平均点以上が取れそうな程の出来だったようだ。
それなのにため息をついている理由。
「でも80点は無理だったんだね」
それはテスト期間以降も美月と真夜のスパルタ教育が続くことが確定してしまったからだ。
幼馴染ーずからの助けを求められた奏は、一教科でも80点を取れたら勘弁してあげてくれと美月達と交渉してあげた。
その目標が達成出来そうに無かったのである。
そもそも彼女達が求めているのは幼馴染ーずが『勉強する習慣をつけること』であるため、本来であればテストの点数は関係なく、この条件を受け入れる理由は無かった。
愛しの奏のお願いだから条件を呑んだようにも思えるが、それも違う。
彼女達がこの条件を受け入れた理由は、今の幼馴染ーずの学力では80点を越えられないことが分かっていたからだった。
むしろこの条件を呑んだ事により幼馴染ーずのやる気が増大し、意欲的に勉学に取り組んでもらえるため、彼女達としてはありがたい申し出だった。
彼女達の手のひらの上で転がされていた哀れな幼馴染ーずである。
「次のテストでは余裕」
「しっかりとご教授して差し上げますから」
『ひいいい!』
怖がらせてはいるが、夏休み期間中も毎日スパルタ特訓するということはない。
流石に彼女達もそのくらいの分別はついている。
尤も、勉強が嫌いな二人にとってはスパルタで無くほんの少しだけでも毎日勉強しなければならないだけで絶望するのだが。
「ああ、もう止めだ止めだ!奏、テスト終わったしどっか遊びに行こうぜ!」
「いいね、かなちゃん行こう行こう。もちろん花ヶ前さん達も一緒に!」
「いえ、今日はテストの振り返りを」
「真夜さんダメ!」
「え?」
テストの内容を覚えているうちに幼馴染ーずに振り返りをさせようとする鬼畜な真夜。
死体に鞭打つような酷い提案に奏は待ったをかける。
「大きなイベントが終わったら打ち上げするのも僕らにとっては普通のことなんだ。今日は勘弁してあげて」
「……確かに、打ち上げは大事ですね」
自分にとっては期末テストは特に大きなイベントではなく日常である。
などと言い出さなかった真夜を後で褒めてあげようと奏は誓った。
『神様奏様』
「拝まないで!?」
救われた幼馴染ーずは心からの感謝を奏に伝える。雰囲気が割と本気であるため、精神的に追い込まれつつあったのだろう。普段から最低限の勉強をしていればこのようなことにはならなかったため、自業自得ではあるが。
「それじゃあ行こうぜ。いつものゲーセンにする?」
「それでも良いんだけど、せっかくの打ち上げだから他のことやろうよ」
何処に行くかを相談しながら教室を出ようとする奏達。
そんな彼らに後ろから声をかける者がいた。
「お、何々。栞っち達、遊びに行くの?んじゃ一緒にいこーよ」
自称恋愛マスター、岡杏奈である。
「あんちゃんも行く?こっちは多分オッケーだよ。ねぇ、みんな」
「おう」
「いいよ」
「おっけー」
「大丈夫」
「問題ございません」
奏達はいつものメンバーでなければダメ、といった排他的なグループでは無い。奏の傍にお嬢様の誰かが一緒に居るという条件さえ満たしていれば、他の友達と一緒でも何ら問題は無いのだ。むしろ色々な人と遊べることはお嬢様達にとって嬉しい事である。
「んじゃこっちのグループと合流……ってあっちゃー、今日はダメなんだった」
「そうなの?」
「そそ、ゆかっちもめぐっちも、明日のライブの予習とかなんとかって言ってカラオケ行くんだってさ」
「それじゃ一緒に行こうか?」
「ダメダメ。あんな魔窟にはお嬢様達を連れてけないよ」
「魔窟なんだ……」
推しの曲を歌ったりライブ映像を見て気持ちを高める時間であり、常人がそばに居ても楽しめないだろう。
「じゃあ俺らは別でカラオケ行けば良いんじゃね?花ヶ前さん達もまだカラオケ行ったこと無いだろうし」
「お、たっくん良いこと言うね。あんちゃんそれでどう?」
「おけおけ、それなら折角だからあのメンツ呼ぼうか」
「あのメンツ?」
「そそ、雫っち、涼真っち、まっしゅん、一緒にカラオケ行こうよ!」
瀧川女学院交流会に参加したメンバーである。
「ここがカラオケですか」
「結構せまい」
「なんかドキドキするね」
カラオケ初体験のお嬢様達は興味深そうに部屋の中をキョロキョロ見回している。
今日は幸運にも大部屋を確保出来たので、全員同じ部屋に入っている。
「これと、これと、これ」
マラカス、タンバリンと言った賑やかしグッズやマイク、そして画面操作用のタブレットを岡が机の上にテキパキと移動させる。その一方で栞が適当に食べ物を頼み、速攻で準備が終わる。
「んじゃ飲み物取ってこよう」
後はフリードリンクを順番に取りに行けば準備は完了だ。
待ち時間の間に岡がお嬢様達にこの場について説明する。
「歌える曲とかあったらこれで適当に入れてね。分からなくてもこれとかこれ使って適当にウェーイってすれば良いから」
全く説明になっていないが、歌が分からなくても楽しんだもん勝ちだと言う雰囲気が伝わったので良しだろう。
「それじゃテストお疲れ様っしたーかんぱーい!」
『かんぱーい!』
「んじゃ一番いっきまーす!」
岡が先陣を切る。
この手のイベントは大体女性が主導権を握るものだ。
岡、山岡、栞の三人が中心となって次々と曲を入れる。
パリピの素質がある岡と栞はともかく、スポーツ少女の山岡がハイペースについていけるのは、早朝ランニングなどの時に曲を聞きながら走っていて曲に詳しいからである。
「雫っち肺活量すごっ。やっぱりスポーツやってると違うね」
「ホント、凄いですね。僕はあんまり声が出ないから羨ましいです」
そう羨ましがるのは草食系男子の矢野だ。
アニソンばかり歌いそうな見た目ではあるが、最新ヒット曲や定番曲を抑えており、女性陣の合間に少しずつ歌っている。
辰巳、奏、松浦の男性陣も矢野と同じ感じである。
ごく普通のカラオケ風景。
適当に歌って適当に盛り上がって、歌ってない人は適当に雑談なんかしている。
そして肝心のお嬢様達の反応。
「奏様、お上手でした」
「良かった」
「ありがとう」
真夜と美月が奏を挟んで座り、奏が歌うたびに褒めていた。
それ以外の時はマラカスなどを持って周囲に合わせて適当に合わせていた。
歌える曲はやはり無いようだが、普通に順応しており楽しそうにしている。
「芹那さん、本当にこのままで良いのですか?」
「うん、大丈夫。私は凄いの貰っちゃうから」
芹那だけは一人、奏とは離れたところに座っている。
奏の隣は順番に変わろうかと真夜が提案したが、芹那がそれを断ったのだ。
「それじゃあそろそろ入れるね」
その理由は、芹那だけは歌える曲があることだった。
奏とカラオケに行く日の事を想定し、ある曲を練習してきたのだ。
「来た!奏様一緒に歌おう!」
「へ?」
その曲は、デュエット曲だった。
昭和の頃は多かったデュエット曲も、昨今ではほとんど数が無くヒット作も生まれていない。
だが、一年ほど前にネットで公開された素人が作ったデュエット曲がバズり、一大ブームを起こした。今ではカラオケの定番曲にもなっており、芹那はそれを奏と歌う日を夢見ていたのだ。
「わ、分かった」
奏もその曲は知っており、歌えるレベルに聞き込んでいる。
「振り付けも練習して来たからね!」
「ぴえ!?僕はほとんど覚えてないよ!?」
「大丈夫、私がリードするから奏様は適当に合わせて」
「ぴえぇ」
投稿された動画にはアニメ映像がついており、男女が歌に合わせて踊っている。その後、正式な振り付け動画が公開され、とてつもないアクセス数を稼いでいた。
「どっちのパターン?」
「もちろん原曲バージョン!」
「ぴええええええ!」
原曲バージョンとはアニメ映像の振り付けのことである。アニメ映像の振り付けは実際に歌いながら踊るにはハードな箇所があるため、振り付け動画で踊りやすいアレンジがされている。
そしてもう一つ、原曲バージョンと振り付け動画には大きな違いがあった。
「おお、かなちゃんと京極さん良い感じ!」
「この甘酸っぱさは私にはもう出せないなー」
「これが恋愛……私も走るだけじゃなくて男の人に興味持った方が良いのかな」
「お、雫ッち、男紹介しようか?」
「ええ!?」
このデュエット曲は高校生のピュアな恋模様を歌ったものである。
徐々に相手の事が気になり、告白し、手を触れ、恋に落ちる様子が歌詞で描かれている。
そして燃え上がった恋は最後に男性側にある行動を促すのだ。
「(もうどうにでもなっちゃえ!)」
振り付け動画の方では、女性の手をとり指先に軽くキスをする。
だがアニメ映像の方では女性の頬にキスをする流れだったのだ。
「……!」
「……!」
クラスメイト達が見ている中、
奏はやった。やり切った。
「きゃー!かなちゃん大胆ー!」
「うっわ、奏のやつマジでやりやがった」
「あははは、そっちバージョンやる人はじめて見た」
「佐野君やるなぁ」
ざわめくクラスメイト達。
美月と真夜も内心は穏やかでは無い。
「羨ましい」
「わたくしも練習します!」
奏とデュエットするだけでも羨ましいのに、最後にご褒美まで貰えるとなれば、奏の隣に座れなくとも文句などはありはしないだろう。美月と真夜は次こそは自分が、と心に誓うのであった。
そしてキスをしてもらった芹那はというと。
「……!……!……!……!」
口元をだらしなく歪ませ、真っ赤になって頬の感触を味わっていた。
あまりにも見せられない表情であったため、慌てて栞が芹那を回転させて顔を壁に向けさせる。
「奏様からキス……ああ……幸せ……」
芹那が現実に戻って来るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「ふぅ、どうだった?」
「とても良かった」
「わたくしも歌えるようになりたいです」
席に戻って来た奏は、美月と真夜の感想を聞きながら飲み物に手を伸ばす。
「あっ!」
「うわっ!」
しかし手が滑り、自分のグラスを倒してしまった。
「ごめん!みんな大丈夫!?制服濡れてない!?」
「セーフ!」
「こっちも大丈夫です」
「ほんとごめんね!」
「かなちゃん気にしないで。拭くもの貰ってくるね」
倒れた方向がテーブルの中央側だったからか、運良く他の人への被害は無かった。
栞が持って来た大量のおしぼりでテーブルを拭いて直ぐに混乱は収まった。
「奏、新しいの取りに行って来いよ」
「うん、取って来るね」
零して空になったグラスにジュースを入れるべく、奏は部屋を出てドリンクバーの場所へと移動する。
そんなハプニングがあったものの、カラオケはつつがなく進行し、部屋の中は盛り上がって行った。
そして奏が今度はソロで最新のヒット曲を歌い終えた時、異変は起きる。
「ふぅ、どうだったかな。ってあれ?」
奏の曲を聞いていたはずの皆が、眠っていたのだ。
「え?え?なにこれ、ドッキリ?」
栞はテーブルに突っ伏して熟睡し、辰巳は腕を組みながら首を真下に向けている。
お嬢様達も他のクラスメイトも似たり寄ったりで、良く見ると規則正しく肩や背中が動いているのが分かる。
歌い終わったら全員が寝ているなど、ドッキリだと思ってもおかしくはないだろう。
「ええと……辰巳、おーい」
辰巳の肩を軽くゆするが、起きる気配が無い。
「え、本気で寝てるの?なんで?」
カラオケボックスで大音量の歌が流れているとはいえ、時間が経てば慣れてくる。
そうなると疲れていたらウトウトすることはあってもおかしくはない。
だが、今は部屋の中が良い感じで温まっており盛り上がっていた。そんな状況で奏が一曲歌っただけで全員が眠るなどあり得ないことだ。
「これどうすれば良いの!?」
すでに次の予約曲が流れ始めているが、歌うはずの岡もぐっすりと寝入っている。
今の状況に嫌なものを感じた奏は、スマホを取り出して金城か椿へと連絡しようとする。
「それはちょっと待ってもらいたいな」
その奏に声がかけられる。
どうやらこの中で一人だけは、寝たふりをしていたようだ。
その人物とは。
もう少しイチャイチャかドタバタを描けば良かったかな。反省。




