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人助けをしたら美少女に惚れられて偉い人に褒められるんですけど!  作者: マノイ
第三章

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9. 花ヶ前 真夜

真夜の内面については前話である程度書いてしまったので、被る部分も多いかと思いますがご容赦ください。

 羨ましい。

 とても羨ましい。

 自分もあんな風に告白されたい。


 テレビで奏と美月のイチャラブを見せつけられた真夜は、奏への愛情欠乏症にかかっていた。


「(美月さんに先を越されてしまいました。それならわたくしはもっと先を……ってそれってつまり!ぐへへへ)」


 真夜は知らない。

 芹那が既に未遂とはいえ『その先』の直前まで辿り着いていたことを。

 芹那はあの時のことを秘密にしていたのだった。恥ずかしすぎて言えるわけが無いのである。


 そのため真夜は『身体的接触』については他の二人に大きく遅れていたのだった。

 だがそれは『やまとなでしこ』としては当然の事でもあった。


「(でもそうなると婚前交渉ってことに?あり得ない!でも奏様が望むのなら、でも、でも!ぐへへへ)」


 奏との恋愛に夢中になっている真夜はまだ気付いていなかった。

 自分がこれまで作り上げて来たお嬢様としての自分が大きく変わろうとしていることに。




「(どんなシチュエーションが良いかしら)」


 奏は良い雰囲気になったら間違いなく想いを伝えてくれるであろう。

 その状況を作り出すための方法を考えながら奏と一緒に帰宅している真夜の元に、一台の車が近づいて来た。


「(常盤様が動かれましたか。面倒なことになりそうです)」


 経団連会長の常盤ときわ はじめ

 真夜の祖父とは違う立場で経済界を牛耳るドンである。

 人の善意を信じて健全な社会を作り上げようとする祖父とは違い、悪事に手を染めてでも利益を追求するタイプである。

 常盤会長の周囲には利益重視の性格がよろしくない権力者が多く集い、なんとかして真夜を利用しようとあの手この手を繰り出して来るため苦手な相手である。


「(お爺様に相談致しましょう)」


 ひとまず祖父に相談することに決めたが、真夜の中では参加することは確定事項であった。

 真夜が大きく格下という訳ではないが、今回メインで誘われたのは奏だ。立場を考えると拒否することなどあり得ず、仮に花ヶ前家が奏を庇って参加を拒否でもしようものなら常盤家に付け入る隙を与えかねない。


「真夜、参加してはならん」

「どうしてですかお爺様」


 だがその事に気が付いているはずの祖父は、何故か参加を認めてくれなかった。

 その理由を、祖父が別の予定で参加出来ず真夜達だけで参加しなければならないことだと真夜は考えた。


「お爺様が参加出来ずとも、奏様はわたくしがお守り致します。いざとなったら近衛の者に助けを求めます。奏様も協力して下さると仰ってくださいましたし、断るのは悪手かと」

「ダメだ。ワシは奏くんも心配じゃが、真夜も心配なのだよ」

「お爺様はわたくしのことを信頼して下さらないのですか?」


 自分はまだ親や祖父に守られるだけの子供であることは理解していたが、全く信頼されていないというのは悲しかった。幼いころから祖父と共に社交界で経験を積んで来ていたのに、まるで成長していないと言われているように感じたのだ。


「そうではない。真夜を信頼しておる。ワシが居なくても立派に役を務められるだろう。だが……」

「?」


 祖父は結局、懸念事項について説明はせずに渋々と真夜達のパーティーへの参加を認めたのだった。


「(お爺様は一体何を気にされているのでしょうか?)」


 奏ではなく、真夜を心配している。

 社交界での真夜を信頼しているが、それでも何かを心配している。

 その理由に真夜は全く心当たりが無かった。


 そんな僅かな不安を抱いて迎えたパーティーだが、控室で奏の和装を見た時に不安は一気に吹き飛んだ。


「(きゃー!やっぱり奏様は和装がとってもお似合いです!わたくしとお揃い、ぺ、ぺぺ、ペアルックです!)」


 微妙にずれた感想を抱いて舞い上がっていたのだ。


「(はぁっはぁっ、だ、抱きしめたいです!でもそんなのはしたない。でもでも、格好良すぎて体が勝手に動いちゃいそうです。ぐへへへ)」


 妄想が表に出ないように必死になりながら、奏と美容についての話をする。

 真夜が美容にかける時間は、1日に2時間近くにも及ぶ。その大半が髪の手入れであり、髪は女の命、の言葉通り命を扱うように念入りに手をかけていたのだ。


 そんな真夜だからこそ、奏も髪の手入れに力を入れていることが良く分かる。


「(あれほどまでに潤いのある殿方の髪は見たことがございません。奏様はどれほど苦労なさっているのでしょうか)」


 自分は好きで髪の手入れをしていると奏に伝えたのだが、奏は苦労しているのだろうと思い込んでいるあたり面白いものである。


「(はぁ……触れてみたい。でも自分から殿方の髪に触りたいと告げるだなんて、はしたないですし……)」


 その想いが少しだけ零れてしまい、奏に内心を悟られてしまった。


「もしかして触ってみたい?」

「ひゃい!あ、いえ、その、あの」

「あはは、遠慮しないで触って良いよ」


 はしたなくは思うが、愛しの人に触れる許可を得られたのならば手を伸ばさねば勿体ない。意を決して奏の髪に触れた。


「(これが奏様の髪……はぅ、わたくし、奏様の髪に触れております!ぐへへへ)」


 指先に全神経を集中させて奏の髪を味わい尽くす。

 『やまとなでしこ』のスキルが無ければ、目を赤くして興奮して鼻息が荒くなっていたかもしれない。

 心の中では涎がダラダラと垂れまくりである。


 そして興奮していた為か、真夜はとんでもないことを言ってしまった。


「そ、それでしたら、奏様もわたくしの髪をおさわりください」

「え?」

「(わたくしったらなんてはしたない!)」


 自分から髪に触って欲しいなど、淑女としてあるまじき発言だ。

 しかし言ってしまったからには撤回などありえない。

 どれだけ恥ずかしがろうとも成り行きに任せるしか無いのだ。


「さ、さぁどうぞ!」


 ごくり、と奏に気付かれないように生唾を飲み込む。

 奏どころか、他人に髪を触らせたことすらほとんど無いのだ。

 大切にしてはいるが、別に拒否してきたわけでは無い。単に周囲の人間が、最高の髪質を触れたらダメにしてしまうのではと恐れてしまっていたからだ。


「(か、かか、奏様の手が伸び……ぴゃあ!)」


 自分のものでは無い手が、髪を触れる奇妙な感覚。

 何処となくこそばゆく、それでいて温かみが感じられる。


「(奏様の御優しさが伝わって来るようです……気持ち良い……)」


 奏自身、髪の手入れの大切さを知っているからか、髪を決して傷つけないようにと深い思いやりが篭められた手つきになっていた。真夜はその温もりがとても心地良かったのだ。


「ん……」


 最初の頃はその温もりが心地良かっただけなのだが、段々と慣れてくると邪な妄想が横入りして来る。


「(奏様にわたくしの体がまさぐられてます。ああ、このままわたくしは奏様に身も心も撫でられて続けて……ぐへへへ)」


 そしてその妄想がスキルを貫通して少しだけ漏れてしまったのだ。


「ん……あっ……ふぅ……」


 これには慌てて奏も手を引っ込めた。

 だが真夜は突然ぬくもりが消えたことを寂しく思い、夢うつつな気分のままに自分の欲望を曝け出してしまった。


「その……頭を撫でて……くださ……ぃ」


 髪を触ってもらうだけでこれほどまでに心地良いのであれば、頭を撫でて貰ったならばどれほどの快楽なのだろうかと考えてしまったのだ。


「(あれ、わたくし今何を言って……)」


 半分意識が消えかけている状態で自爆し、自分が告げた言葉を思い出すとみるみるうちに顔が羞恥で赤くなって行く。それを隠すためにわずかに顔を下げると、それが頭を撫でるように催促しているかのようになってしまった。


「(あ、ちが、そうじゃなくて、ひゃああああ!)」


 内心パニックになっている真夜の頭上に、奏の手が置かれた。


「(ら、らめ。これ気持ち良すぎで、飛んじゃいます!)」


 奏によって丁寧に丁寧に頭を撫でられると、真夜は羞恥と嬉しさと心地良さがごちゃ混ぜになり、何も言えずにその極上の感覚をひたすら受け入れるだけの人形と化してしまった。


「(はひゃあ……気持ひいいれすぅ……ぐふぇふぇふぇ)」


 そしてその内心は、決して奏には見せられないものであった。




 気を取り直して臨んだパーティーでの真夜の立ち振る舞いは完璧だった。

 奏に取り入ろうとする魑魅魍魎を的確にいなし、彼らがこの先奏に強くアプローチしにくくなるように話の流れを誘導出来た。

 常盤会長も何かを仕掛けてくることは無く、むしろ奏の話を聞けて幸せだったくらいだ。真夜を喜ばせて好感度を上げるのが目的だったのではと思えるくらいであった。


 だが、最後の最後で真夜は奏に出会った時に匹敵するほどの人生最大の衝撃を受けることになる。


「おお、真夜じゃねーか!」


 見ず知らずの大人の女性から、馴れ馴れしく話しかけられたのだ。


「(どなたでしょうか?)」


 身近に男勝りな性格の女性はおらず、社交界でも出会った覚えはない。

 見た目のインパクトが大きいため、会ったことがあるならば忘れることはあり得ない相手だ。


「おいおい、そんな悲しい事言うなよ。確かに会ったのは真夜がすっげぇ小さい頃に一度きりだけどさ、あたいはちゃんと覚えてるぜ。いやぁ別嬪になったなぁ」

「(小さい頃……?わたくしが忘れる程の昔の事なのでしょうか?)」


 流石に真夜と言えども、二歳や三歳の頃に出会ったのならば覚えていない可能性はある。


「花園千鶴。結婚して苗字が変わったから、真夜と会った時は常盤千鶴だな」

「ときわ……ちづる……」


 だが、名前を聞いて真夜の心がざわりと騒ぎ出す。

 その名前は真夜にとってとてつもなく意味のあるものでは無かったか、と。


『こんにちわ、真夜さん。わたくしは常盤千鶴と申します。よろしくお願い致します』


 ふいに、幼い頃の記憶が蘇る。

 真夜が自らの在り方を決めるきっかけとなった憧れのお嬢様の姿が。


「あの時とじゃあたいの雰囲気全然違うからな。真夜はあの時のあたいみたいに綺麗に育ったなぁ」


 そしてその真夜の想像が正しいものであると千鶴は告げている。


「(なん……で?)」


 幼い頃に一度きりしか会えなかった憧れのお嬢様。

 ずっと会いたいと願い、何度も祖父にお願いしたが叶えられなかったその相手についに再会出来た。

 だがその相手は別人のように変わり果てており、憧れがすでに失われていた衝撃で真夜は気を失ってしまったのだった。


 祖父は真夜の憧れのイメージが壊されショックを受けないようにと、これまで変わってしまった千鶴に決して会わせないようにしていたのだった。




『真夜さんはとてもお綺麗な方ですね』


 その女性は柔らかな笑顔を浮かべて優しく真夜の頭を撫でてくれた。

 奏の撫で方にも匹敵するほどの思いやりがこめられた手つきが気持ち良く、真夜は目を細めて堪能する。


 だが突如、その手の動きががさつに変化する。


『ふぇ!?』


 真夜が目を見開いて見上げると、そこには全く別の人物が立っていた。


『よぉ真夜!元気か?』

「わああああああああ!」


 真夜は勢いよく体を起こした。


「……夢」

「真夜さん、大丈夫ですか!?」


 周囲には頭を撫でてくれた人物はおらず、奏がベッドの傍で心配そうに真夜を見つめていた。


「(わたくしは……そうでしたわね)」


 夢から覚めて冷静になった真夜は、自分がパーティーの途中で気を失ってしまったことを思い出し、奏が介抱してくれたことを察した。


「(恥ずかしい!)」


 『やまとなでしこ』としてあってはならないほどの醜態を晒し、しかもそれを愛しの奏に見られてしまったことで穴を掘って隠れてしまいたい気分だった。

 だが今はそれよりも重要なことがある。


「(千鶴さん……)」


 憧れの人の変貌が、真夜の心に暗い影を落としていた。




「(わたくしは一体どうしたら良いのでしょうか)」


 ホテルで目覚めてからの真夜は、常に『やまとなでしこ』スキルを使い、裏で悩み続けるようになってしまった。


「(あの方はわたくしにとっての目標でしたのに。何故、お変わりになられてしまったのでしょうか……)」


 千鶴と再会すれば、将来の自分の姿が見られるのではと思い楽しみだったのだ。

 だがそれは悪い意味で裏切られる形になってしまった。


「(わたくしも変わってしまうのでしょうか……)」


 真夜はここ最近の自分の行動を思い出す。

 奏という想い人が出来たことで、お嬢様としての自分が壊れかけているのではないか、と。


 異性に体を寄せることも、髪に触れて欲しいと願うことも、心の中で卑猥な妄想をすることも、全て自分がこれまで望んでいたお嬢様の姿とはかけ離れているものだ。


「(いいえ、すでに変わろうとしているのかもしれません)」


 それならば、千鶴を反面教師にして今一度気を引き締めるべきだろうか。


「(でも奏様との今の生活を変えるのは嫌です!)」


 だがそうなれば、奏と関係を深めるのは難しくなるかもしれない。

 楽しくて満足している現状を変える必要があるのだろうか。

 それともやはり初心に帰ってお嬢様としての自分を見つめ直すべきなのだろうか。


「(分からない……分からないです……)」


 真夜の悩みを解決に導いたのは、奏であった。

 奏は真夜の為を想い、千鶴の連絡先を聞いておいたのだった。

 そして真夜を千鶴の元に連れて行き、千鶴の想いを明らかにした。


「思いませんよ。だって花園さん、真夜さんの面影がありますもん」


 奏は千鶴の中に真夜の姿を見つけていた。

 変貌したと思い込んでいた真夜とは違い、まっすぐに彼女と向き合うことで大切なことに気付いていたのだ。


「(本当です……あの頃の千鶴さんの面影がしっかりと残ってます)」


 それが何を意味するのか。

 変わってしまったものと、変わらなかったもの。それが何であるのか。

 真夜にはまだそれが分からなかったが、自分の悩みを解決するためのヒントになるのだろうと気が付き、少しだけ心が軽くなったような気がした。


「(奏様はやっぱりわたくしのヒーローです)」


 苦しんでいる真夜のために最適な行動をすばやくやってのけた。

 真夜は自分自身の在り方にも悩んでいたが、憧れの人である千鶴に悪印象を抱いてしまったことも辛かったのだ。

 まだ千鶴への気持ちは整理はついていないが、乗り越えられそうだ。


「(やはり千鶴さんは強いお方です。あれほどまでに変われる勇気などわたくしには持ち合わせておりませんし……)」


 自分は奏と共にどう在りたいかすら悩んでいるのに、千鶴はそれを乗り越えたのだから強い人だ。


 とんだ勘違いである。


 『憧れ』というものは奇妙な思い込みをしてしまいがちだ。

 あの『憧れ』の人ならば、自分のように迷わずに英断して自分にとって一番幸せな道を選んだはずだと思い込んでしまう。

 そんなわけがないのだ。

 千鶴だって真夜と同じく悩み苦しみ、そして愛しの人の力を借りて道を探りながら生きてきたのだ。

 そう考えるのが当たり前の筈なのに『憧れ』が相手をスーパーマンのように捉えて勘違いしてしまう。


 真夜の悩みの正しい解決方法は、千鶴ともっと対話して彼女の想いや辿って来た軌跡をより深く知ることだったかもしれない。


 だが、奏はそんな悠長な選択はしなかった。

 自分が大切に想っている真夜の苦しみを少しでも早く楽にしてあげようと考え、真夜を公園に誘ったのだ。


「(わたくしと奏様の未来の姿……)」


 奏は、一つの可能性を示した。

 この場所に子供を連れてくる真夜はどのような姿なのだろうか、と。

 お嬢様としての真夜には似合わない未来を敢えてイメージさせてから、奏は真夜に想いを告げた。


「僕は真夜さんが好きです」


 だが絶賛悩み中の真夜は、この想いをストレートに受け取ることが出来ない。


「奏様は、わたくしの何処が好きなのでしょうか?」


 そして奏は答えをくれた。

 自分で見つけるべき答えを、奏は示してくれた。


「僕はお嬢様としてあろうとする真夜さんが好きです」

「真夜さんはとても強い『芯』があると思う。だから自信を持って」


 なりたい姿になろうとする強さ。

 それを奏は『芯』と表現した。


「(わたくしの『芯』……)」


 千鶴の変わらなかったもの。

 そしてそれは真夜がすでに持ち合わせているもの。


 それがあるならば、この先にどのような選択をしても、真夜が真夜であることに変わりは無いだろう。


「(わたくしは、わたくしのままでいられる……どんなわたくしでも、わたくしは……!)」


 奏は真夜の内面、その最奥にある『芯』の存在に気づき、認めてくれていた。

 それはつまり、真夜の『すべて』を理解し、受け入れ、愛してくれているということだ。


「(かなでさま!ああ、この気持ちをなんと表現すれば良いのでしょうか。愛おしいと言うだけでは物足りません!)」


 だから真夜は行動で示すことにした。


「僕は『芯』のある真夜さんが好きです」

「わたくしも、お慕い申しております」


 あまりにも大きすぎて持て余してしまうほどの奏への想いを行動に変える。

 自分の気持ちは『芯』に支えられているのだと信じて。


「……ん」


 この瞬間が、真夜が大人になった一歩だったのだろう。

 あらゆる意味で。


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