4. 美少女に日本中が見ている中で僕の想いを伝えちゃったんですけど
貴重な美月の長 (め) 台詞回です。
「なんだと?」
渦中の美月が発言したことでマスコミの騒ぎは収まった。
美月の言葉を聞き逃すわけにはいかないからだ。
「最初からおかしいと思ってた。本物の怪盗は直前に盗みの予告なんて絶対にしない」
「今回は東雲嬢がこの場所に来る情報を入手したのがつい先日だったから仕方なかったのだ」
「用意周到な怪盗が突発的に行動するなどありえない。しかも以前やりこめられた私を相手にしたいのならば、それこそ時間をかけて準備するはず。今日の私の予定を知るのが遅かったなら、間違いなく次の機会まで待つ」
「……」
「それに本物の怪盗は世界の救済が目的。例え今回の目的が救済とは別だったとしても、突然博物館を閉館に追い込んで楽しみにしていた人を悲しませることなど絶対にやらない」
「……」
閉館のアナウンスが為されたとき、悲しくて泣いてしまった子供達を至る所で見かけた。
社会悪を憎み、頭が良く用意周到な怪盗がこのような非道な行いをするはずが無い。
予告状の内容を知った時点で、美月は今回の怪盗がまた偽物であることを見抜いていた。
「あなたは私達が仕掛けた罠に嵌った。さっき私達がお手洗いに行った時に変なものを見せたのもあなたの仕業でしょう?」
そもそも怪盗に狙われているのにボディーガードをつけずに二人だけで行動するなどあり得ない。美月は自分達を敢えて囮にすることで相手が何かを仕掛けてくるように誘ったのだ。
怪盗の登場時に捕まえないように警察に要請したのも、相手の狙いが明確になるのを待つためだった。何も分からないまま行動して逃げられて再度狙われるのが最も避けたい結果だったからだ。
「私達にお互いの気持ちに疑念を抱かせること。それがあなたの狙いだった」
「……何故私がそのようなことをする必要があるのかね」
相手が本物の怪盗であるならば意趣返しのためにやる可能性は無くはない。
だがこの怪盗が偽物であるならば、二人の恋心を試すような真似をする意味が分からない。
「簡単な事。佐久間さん、お願いします」
「承知致しました」
佐久間の指示を受けた数名が、マスコミが殺到している場所へと突入した。
「何をする!離せ!」
「市民への狼藉だぞ!これは大問題だ!」
暴れる一組の報道関係者。
彼らを全員から見られる場所へと引き摺りだした。
「偽怪盗と貴方達は共犯者。私達が不仲であるというスキャンダルをでっちあげるために、この騒ぎを起こした」
『!?』
美月の告発に、この場の全ての人の視線が厳しいものに変化する。
美月達を守るボディーガードは当然のこと、警察もマスコミの自作自演でこれだけの騒ぎを起こされたとなれば大激怒だ。
そして警察以上にマスコミ関係者の怒りは大きかった。ただでさえ瀧川女学院関係では報道が制限されるなどの痛い思いをしているのに、今回の事件で更に状況が悪化してしまう。余計なことをしてくれたと、恨みがましい目つきで転がされた男達を睨んでいた。
「な、何をふざけたことを!証拠はどこにある!」
「証拠ならそこ」
未だ博物館の屋上で佇む偽怪盗。
美月の言葉で多くの人が再度見上げるが、言葉を発するどころか動く気配すらない。
美月の言葉を佐久間がフォローする。
「スキルで確認しましたところ、あれはあなたの『贋作』スキルによって作られた人形です」
「ぐっ……」
「ど、どうしましょうプロデューサー」
カメラマンにプロデューサーと呼ばれた男は歯を食いしばる。
スキルで確認されてしまったならば、もう言い逃れは出来ない。
「貴方は私達が動揺する瞬間を狙ってマスコミが動くように大声を出した。そのまま騒ぎに乗じて逃げ出すつもりだったのかな」
このまま警察に逮捕されるだろうプロデューサーは諦めたようにがっくりと項垂れた。
だがそれは、自分の処遇を諦めただけの事。まだ美月達を攻めることを止めはしなかった。
「誰が仕掛けた事かなんてどうでもいい!お前が動揺したことは事実だ。本心ではその小僧を信頼していないのだろう!」
「ばーか」
「!?」
美月はこれまでと同様に奏の腕を取りぎゅっとくっついた。
その顔は誰が見ても幸せであることに疑いようも無いものだった。
「全部演技。そうすればボロを出すと思ったから」
演劇部で学んだ拙い技術と元から持っていた他者からの認識を誘導する技術を合わせて、『動揺している美月の姿』を演じていたのだ。
「あんなくだらないもので動揺なんてするわけないじゃない。馬鹿にしないで」
そもそも何を見せられようとも奏への想いが揺らぐことなどありはしないのだから。
「くっ……だがそっちの小僧は違うだろう。お前の気持ちを疑い、動揺していたではないか!」
「……奏様?」
美月には一つだけ分からないことがあった。
美月の作戦は事前に奏や佐久間に伝えてある。
だから例え奏が何を見せられ何を言われたとしても疑念を抱くはずが無いのだ。
だが奏はまるで本当に衝撃を受けたかのように辛そうな表情を浮かべていた。美月とは違って演技が得意というわけでは無いにも関わらず、だ。
一体奏が何を感じているのか、それが分からなかったのだ。
「動揺……なのかな」
ボソリと、これまで何も言わずに立ち尽くすだけの奏が呟いた。
「ううん、これは動揺なんかじゃない」
「はっ、今更取り繕ったってもうお前の反応は日本全国に拡散……」
「僕は怒ってるんだ!」
煽ろうとするプロデューサーを、奏の大声が遮った。
美月どころか家族ですら見たことの無い奏の本気の怒り。
その迫力にプロデューサーは押されて何も言えなくなってしまった。
「よくもあんなくだらないものを見せてくれたね。美月さんがあんなことをするわけがないでしょう。貴方のあまりに卑劣な行為に腹が立ってしょうがないんだ!」
美月が見知らぬ男と恋仲になるシーンなど、たとえそれが偽りだと分かっていても奏には耐えられなかった。頭が沸騰しそうな程の怒りに奏はずっと耐えていたのだった。
動揺と言えば動揺かも知れない。
だがそれは考えたくもないシーンを押し付けられたことによる激怒によるものだった。
「はぅ」
美月は奏が何を見せられたのかは知らない。
だが、自分が見せられたものを思い返せば大体の想像がつく。
そして奏がそれを見せられてこれほどまでに激怒しているということは、美月のことを異性として強く想っているということになる。
ゆえに美月はあまりの嬉しさで悶えそうになっていた。
テレビの向こうの視聴者達も、奏の想いの強さを魅せつけられて胸を打たれていた。
しかし空気を読めない男が諦めずに奏を貶そうとする。
「はは……怒ってやがる。女を振り回して悦に浸るだけのクズ野郎がいっちょまえに怒ってやがる。これは傑作だ!」
「なんてことを!」
あまりの物言いに、美月までもが激怒する。
悲しいことに奏の想いを知ったことによる喜びが吹っ飛んでしまった。
「何も間違ってないだろうが。複数の女に言い寄られているのが気持ち良いから、誰も選ばずに好き放題やってるんだろ。てめぇは女が好きじゃなくて好かれている状況が心地良いだけだ。女の気持ちなど考えずにとっかえひっかえ気分次第で相手を選ぶ、そういうのを世間ではクズ男って言うんだよ。あんたはその男に騙されてるだけのかわいそうな女なんだよ!」
奏は最低な男であり、美月は騙されているだけの女なのだとプロデューサーは強く主張する。おそらくはそうやって煽ってドロドロの恋愛模様を引き起こすことが彼の狙いだったのだろう。
真面目で誠実そうで勇敢な男の子が、実は女性を誑かすただのクズ男だと世間に印象付け、スクープにしたかったのだと。
プロデューサーのやり口はさておき、これまでのやりとりで複数の女性と関係をもっているのではとの噂に真実味が増し、奏の評価は狙い通りに下がろうとしていた。例え奏がどれだけ美月のことを想って激昂しようとも、不誠実な面は間違いなくあり、プロデューサーの言葉に一理あると感じてしまう人が一定数は居たからだ。
ここで奏が更に激昂してプロデューサーに詰め寄ろうものなら、図星をさされて怒っていると受け取られてもおかしくない。
そのために煽ったのだ。
だが、奏はここで怒りを収めた。
そしてその目には力強い覚悟の光が宿っていた。
「僕は彼女達が『好き』です」
突然の告白にこの場の全員が息を呑んだ。
奏が複数の女性に想われていることが事実であるということ。
そして奏が彼女達を想っていることを告げたのだ。
「奏……様?」
その言葉に、喜ぶべき美月も困惑していた。
このタイミングでその言葉が出てきたことへの驚きの方が大きかったからだ。
奏はそんな美月を愛おしそうに見つめてから言葉を繋げる。
「例え世間から叩かれても、優柔不断だと罵られても、僕はこの気持ちに絶対に嘘はつかない。今はまだ選べないけれど、彼女達の想いを受け入れて、僕の気持ちも伝えながら、焦らず前に進むって決めたんだ」
それが奏が抱いた覚悟。
レイリーの考えに触発されて固まった、奏の決意がこの場で語られる。
世間にどう思われようとも、自分達らしく前に進むと。
そして受け身では無く、自分からも想いを伝えようと。
「これが間違っていると言うのなら、未熟な僕に正しい選び方を教えてくれませんか。あなたの目の前にあなた好みの最高の女性がさん……四名現れて、一体どうやって一人を選ぶのかを」
その答えが無いからこそ、奏はずっと悩み続けていたのだ。
覚悟はしたが、『正解』があるならばそちらを選び直す柔軟さも奏は持ち合わせていた。
もちろんこの言葉は相手をやりこめる意図が大半であったが。
「深く考えずに誰か一人を選ぶのが不誠実なら、考えずに答えを出さないのも不誠実。どっちも不誠実なら、僕は彼女達の事をしっかりと見て知った上で答えを出したい。その結果待ち受けているのが悲しい結末だったとしても、その責任も受け止めるのが男ってものでしょう」
ハーレム野郎の開き直り、とも言える言葉だ。
本当の意味での遊び人が放ったのならば鼻で笑い飛ばされるかもしれない。
だが、他ならぬ奏の言葉なのだ。
偽物の美月を軽く見破れるほどに相手を想い、守ろうと体を張ることの出来る奏だからこそ不誠実であっても誠実さが感じられる。
大人からはまだまだ青いな、などと言われるかもしれない。
だがそれで良いのだ。
奏はまだ学生であり『青春』をしているのだから。
青いのは当然であり、青くあるべきなのだ。
正しさなんて、想いの前ではくそくらえだ。
奏は何も言えなくなったプロデューサーの存在を頭から追い出し、右腕のホールドを優しく外して美月に向かいあう。
未だに多くの人に見られているはずなのだが、奏の迫力に押されてか誰も何も言おうとはしない。その沈黙は二人を中心にずっと続いている。
仮に誰かが何かを叫んだとしても、もう二人には届かないだろう。すでに二人の世界に入り込んでいるのだから。
「(奏様……)」
奏が何をしようとしているのかは美月には分からない。
だが、奏からの想いは痛いほどに伝わって来る。胸の高鳴りは激しいが、不思議と高揚感だけでなく安心感のようなものも感じられる。
言葉は無く、見つめ合うだけで想いを通じ合う。
そんな時間がしばらく続いてから、奏が口を開いた。
「美月さん、好きです」
改めて奏は美月に対する想いをストレートに口にした。
全力で想いをこめた言葉を。
「うん。私も大好き」
美月は動揺することなく想いを受け止め、やわらかく微笑んだ。
そしてそっと顔を奏に近づけた。
ムードのある場所でもシチュエーションでも無い。
だが、日本中が見ている中での告白とファーストキスは間違いなく二人の最高の想い出となっただろう。




