3. 美少女と博物館デートしていたら怪盗に指名されたんですけど
注:本作品でNTRは絶対にありえませんのでご安心ください!
「わぁ、奏様あれ可愛い!」
「う、うん。可愛いね」
満面の笑みを浮かべて展示されているぬいぐるみを鑑賞する美月。奏も大好きなぬいぐるみを観て楽しみたいのだが、右腕がしっかりとホールドされていてそれどころでは無かった。
今日は右腕を前に抱く形でホールドされており、柔らかいあの部分にしっかりと埋もれてしまっているのだ。
「み、美月さん。ちょっと……」
「なぁに?」
「……なんでもないです」
それを咎めようにもなんて言ったら良いか分からない。
柔らかな感触に煩悩が止まらず、ぬいぐるみを観る余裕が無くなってしまったのだ。
「奏様、一緒に写真撮ろう」
巨大なぬいぐるみに抱かれて写真を撮ってもらえるサービスや、ぬいぐるみを触れるコーナー、そして数多くの展示。
ここは都内の某博物館で開催されているぬいぐるみ博覧会。
美月が部活の仲間からチケットを譲ってもらい、奏と共に博物館デートの真っ最中である。
「わぁ、柔らかくて気持ち良い。ほら、奏様も触って」
「う、うん。ほんとだ、柔らかいし手触りも良いね」
手が沈む程に柔らかいぬいぐるみを愛でていたら、美月がそっと奏の耳元に口を寄せた。
「私のとどっちが気持ち良い?」
「(ぴえっ!?)」
何が、とは言わないが美月は言葉に合わせて奏の右腕を数度バウンドさせる。
「さ、ささ、触ったこと無いから分からないよ」
「それなら触ってみる?」
「ぴええええええ!」
今日の美月はこれまで以上に積極的である。
ここ最近の出来事に触発されたのか、他に理由があるのかは分からないが露骨に奏を誘惑して来る。
「冗談」
「もう、心臓に悪いよ」
美月はいたずらが成功した時のような小悪魔的な微笑みを浮かべ、次の展示へと向かおうと奏の右腕を引っ張る。
その時、館内放送が流れた。
「館内の全てのお客様にご連絡致します。誠に申し訳ございませんが、ただいまの時間を持ちまして展示を終了とさせて頂きます」
突然の閉館宣言に、館内がざわめき出す。
「こんなことってあるんだ」
「変なの」
良い雰囲気でデートを楽しんでいたところで水を差される形になり、美月は不満気な表情を浮かべる。
館内放送ではお客に外に出て欲しい旨と払い戻しについての案内が為されていた。
「爆弾でも仕掛けられてたりして」
「奏様が言うと冗談にならない」
「僕のせい!?」
漫画やドラマの見すぎと突っ込んで貰いたいためのボケだったのだが、シリアスに受け取られて困惑してしまう。だが、確かに最近のトラブル体質の奏であればありえなくはない話だ。
「奏様、巻き込まれる前に出よう」
「そうだね」
爆弾騒ぎで無かったとしても、緊急で閉館になるなど明らかに異常事態だ。
このまま巻き込まれる前にと急いで出口に向かう二人であったが、すでに手遅れだった。
「佐野奏様と、東雲美月様でしょうか」
「(……え、もしかして)」
途中で博物館の女性警備員に声をかけられてしまったのだ。
「怪盗に狙われてる?」
博物館の事務室に連れてこられた二人は、突然の閉館騒ぎの理由を聞かされた。
どうやら『怪盗ルパン救世』からこの博物館に盗みの予告が届き、安全確保のために閉館を決めたとのこと。
偽物の怪盗の数は減って来てはいるがまだ散発的に登場している。中には一般人を傷つけて強引に事を為そうとする不届き者もいるため、開館し続けるわけにはいかなかった。
「でも何で僕達が呼ばれたのでしょうか」
「それが、今回の予告状には奇妙なことが書かれてまして……」
博物館のお偉いさんらしき人が、予告状を奏に手渡した。
『今宵、貴博物館にて東雲美月嬢が最も好きなものを盗みに参上つかまつる』
そこには盗みの具体的なターゲットが書かれていなかった。
「何で私?」
しかも『美月が最も好きなもの』というあやふやな表現だ。
「あの、もしかしたら怪盗は東雲さんと戦いたいのでは?」
「それはありえない」
「僕も無いと思う」
怪盗をやりこめたことで一方的に興味を抱かれてしまった奏と美月。それゆえに怪盗が美月に宣戦布告をしてきたのではないかと博物館の偉い人は考えたが、二人はとある理由によりそれは無いと断言した。
「とりあえずお婆ちゃんに連絡しようか」
「うん」
美月が関係しているとなれば、このまま見過ごすわけにはいかない。
ただ、無策に怪盗とやり合うのは危険が伴うため、金城に連絡して身を守ってもらうことにする。
奏が金城にメッセージを送ると、すぐにボディーガード部隊が転送されてきた。
「わたくし、金城理事長秘書の佐久間と申します。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
転送されてきたのは佐久間をリーダーとした20人もの親衛隊であった。金城が持っている手札の中で最高レベルの能力の持ち主達である。
二人は彼らに囲まれて時間まで守られることになっている。
「なんか凄そうな人達だね、美月さん」
「……」
「美月さん?」
美月は何かを真剣に考え込んでいる。
奏は思考の邪魔をしないようにと何も言わず傍でただ寄り添ってあげる。空気の読める男なのだ。
そのまましばらく時間が経過するのを待っていると、考えがまとまったのか美月が動き出した。
「奏様、佐久間さん、お話があります」
「あれ、工事中だ」
奏と美月は予告時刻の一時間程前にトイレを済ましておくことにした。
まだ時間前ということもあり、厳重な警備は不要だと判断して二人きりである。
館内はすでに全員退避しておりもぬけの殻だ。
人気の無い館内を移動して事務室に一番近いトイレに向かったのだが、女子トイレだけに工事中の看板が置かれていた。
「私は別のところに行くね」
「うん、気を付けてね」
仕方なく美月と奏はトイレ前で別れることに決めた。
そして奏が中に入り、用を足してトイレの外に出ようとした時、別のトイレに移動したはずの美月の声が聞こえた。
「ちょっとこんなところで!」
「あれ、美月さ……」
美月に声をかけようとしたところで、奏はトイレに戻り隠れてしまう。
何故ならば美月の傍には見たことの無い男性が居たからだ。
「大丈夫だって、今なら誰もいねーよ」
「でも早くしないとあの子が戻って来ちゃう」
「それならなおさら早くしねーと」
「えっ待って、ん……」
奏は隠れているため何が起きているのかは分からない。
だが、彼らの会話の流れと雰囲気からおおよその状況を察してしまった。
「ぷはっ、もう、今日はここまでよ。ほら、早く帰らないとバレちゃう」
「ああ、続きは今夜な。ちゃんと抜け出して来いよ」
「はーい。楽しみにしてるね」
「愛してるぜ、美月」
「私も愛してる」
これは一体何の冗談なのだろうか。
あの美月が見知らぬ男と愛を語らっているではないか。
普段は奏にべったりなあの美月が、その時と同等以上の甘い雰囲気を纏って男と密会していた。
奏の胸の中はとある感情で荒れ狂っていた。
男が去ってからしばらく経ち奏がトイレから出ると、男だけでは無く美月もすでに姿を消していた。
「奏様……」
「美月さん……」
事務室に戻り奏と美月は合流した。
お互いに何かを言いたげで、それでいて言い出せない奇妙な雰囲気になっている。それまでべったりとくっついていたのに、それも無く距離を取っている。
「お二人とも大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「うん、大丈夫」
二人の様子を心配した佐久間が声をかけるが、元気の無い答えが返って来るだけだった。
気まずい雰囲気のまま時間が過ぎ、予告時間になる。
博物館の中は警察や警備員に任せ、奏達は外に出て佐久間達に守られている。
「ご覧ください。今回のターゲットに深い関係のある東雲美月さんがボディーガードに守られて博物館の中から出てきました!」
今回もテレビ局のクルーがいた。
テレビ局へもいつも通り予告を出していたのだろう。
そしてテレビ局と野次馬の見守る中、白煙と共に怪盗ルパン救世は博物館の屋根の上に姿を現した。
定番の出現場所なのだが、不思議と警察部隊は出現直後に捕まえようとしていない。
「諸君、久しぶりだな。怪盗ルパン救世が世の中を救いに参上仕った!」
久しぶり、と宣言することでまるで自分は本物の怪盗であるとアピールするかのような台詞である。
「今宵はギャラリーもたくさん集まっているではないか。良きかな良きかな」
ケラケラと楽しそうに嗤う怪盗。
その言葉を一言も漏らさず聞き取るようにとテレビカメラが向けられる。野次馬達も遠目からスマホで怪盗の姿を撮ろうと試みている。
「だが鮮やかな手並みを期待した方には大変申しわけないが、盗みはすでに完了した」
警察が慌てて中の警備部隊に連絡し、無くなっているぬいぐるみがあるかどうかを確認する。
「ふっ……何を無駄なことをしているのかね。私は展示品を盗むなど一言も告げてないぞ」
「どういうことだ!」
本件における警察の代表者らしき人物が怪盗の言葉に反応する。
「予告通りに東雲嬢の『最も大切なもの』を盗んだのさ。彼女が本日ここに訪れるという情報を入手してね。この場所を指定したのはそれだけが理由さ」
「何だと!?」
その言葉を受けて視線が美月に集まった。
美月は毅然とした態度で怪盗に対抗する。
「私は何も盗まれてない」
「ふふふ、本当かね?」
「大切なものはここにある」
奏を横目でチラりと見る。
美月にとって今一番大切なものは何かと言われれば奏しか思いつかない。両親も友達もぬいぐるみも大事ではあるが、今一番と言われれば間違いなく奏なのだ。
「本当に彼が東雲嬢の最も大切なものなのかね。佐野奏、君はどう思う?」
「え?」
仮面越しに、何かを見通すかのような眼で射抜かれているような感覚を奏は覚えた。
まるで先ほど芽吹いた疑惑の種を咲かせるかのように。
「僕は……」
奏は何かを強く想い、歯を食いしばり震える。
怪盗の言葉に対し、美月の言葉が正しいと強く主張することが出来ない。
美月もまた、何かに衝撃を受けたかのように俯いて何かに怯えているような表情になっていた。
怪盗を撃退した東雲親娘と、彼女を守り通した奏の存在は世間では大注目されていた。
芯の強いお嬢様とそれを守るナイトの構図が世の中の恋愛好きの人々の琴線に触れたからだ。偽物の怪盗が出現するたびに、怪盗の行動そのものよりも二人の話題が何度も再燃するくらいだ。
そして今、話題のヒロインとヒーローが再度怪盗と相対しているという状況にテレビの視聴率はうなぎのぼりだった。
しかも話の内容は直接表現はされていないが、どうやら二人の恋愛模様に関することのようだ。多くの人が食い入るように報道を見つめていた。
「前回は君達に良いようにやられたからね。今回は事前に君達のことをしっかりと調査して、東雲嬢が真に大切に想っているものを頂いたのだよ」
美月を漢らしく守ろうとした奏が美月以外の女性とも懇意にしている噂が世間に流れていた。その噂を受けて美月が本命なのか、それとも他に好きな人がいるのかなど好き勝手騒いでいる人も多い。
だがそれらは決して悪意あるものでは無く、奏のような頼れる男ならば複数の女性から想われても仕方ないよね、などと好意的に受け止められていた。
しかしここに来て、怪盗が美月の一番大切なものは奏では無いと匂わせた。
学生の青春恋愛模様が一気に昼ドラ風の愛憎劇に変貌しそうということで、二人に対する世間の捉え方に否定的な部分が生まれようとしていた。
そしてそんな世間の言葉を代弁するかのように、遠く離れたマスコミから声が届いた。
『まさか東雲嬢には他に男がいるんですか!?』
誰もが考え、それでも口にしなかったこと。
だが一度きっかけがあれば、爆発的に広がって行く。
「東雲さんは佐野奏さんが好きでは無かったのですか!?」
「奏さんに愛想が尽きたのでしょうか!?」
「奏さんが他の女性を選んだ?それとも実は遊ばれていると感じたとか!?」
「東雲さん!一言お願いします!」
まだ怪盗と対峙中だと言うのに、美味しいネタを見つけたマスコミ達が警察の静止を振り切って駆け出しそうになる。
怪盗を捕まえるための場であるはずが、奏と美月を糾弾する場へと変貌していた。
そんな状況の中、一番の当事者である美月は、俯いていた顔を上げる。
「なるほど、これが貴方の狙いだったの。偽物の怪盗さん」
先ほどまでの怯えるような雰囲気は霧散しており、美月は不敵な笑みを浮かべて怪盗を睨み返した。




