15. 京極 芹那
「デート、でーと、でぇと、奏様とデート!」
京極芹那は自宅で浮かれていた。
待ちに待った奏とのデートなのだ。
真夜や美月の話を聞けば、自分も何かしてもらえるかもと期待してもおかしくはない。
「夜は何にしよっかな~」
ただ、前の二人と違って芹那の場合は奏と一緒に特にやりたいことが決まっているわけではなかった。普通の恋人らしいデートにするか、それとも普通でないことで特別感を出すか。
幸せな悩みを堪能していた芹那の耳に、偶然にも奏の名前が耳に入った。
「娘には奏くんがいる」
瀧川女学院から大川高校に転校した時に、芹那は寮からマンションへ引っ越して来た。マンションでは一人暮らしという訳では無く、家族も一緒に引っ越してきており、両親と一緒に暮らしていた。
先ほど聞こえたのは、父親の部屋から漏れ聞こえて来た言葉だった。
どうやら誰かと電話をしているらしい。
「(奏様がどうかしたのかな)」
父親の仕事は機密性が高いため、父親の部屋から声が聞こえて来ても普段は聞かないようにしているのだが、奏の名前が出れば話は別だ。デートで浮かれているというのもあり、気になって耳を澄ましてしまった。
「彼のスキルは強力だ」
「(え?スキル?)」
奏にはスキルが無いはずだ。
奏本人からもそう聞いているし、クラスメイトや金城理事長も同じ認識だった。
「(どういうことなんだろう)」
自分が知らないことを父親が知っている。
大事な娘が想いを寄せる相手の事を調査するのは、一般的にはNGであっても警視総監の娘という芹那の立場や安全を考えると当然の事であり、そこは気にならない。
だが、話の内容は気になるどころでは無い。奏についての初耳の情報があると知れば興味を抱くのは普通の事。
芹那は父親の電話が終わった後、部屋に突入した。
「お父さん、奏様のスキルってどういうこと?」
「……聞いていたのか」
いつも仏頂面な父親にしては珍しく、失敗したという表情を露骨に浮かべている。
芹那は父親にそのまま詰め寄り、奏のスキルについての情報を手に入れた。
「だからみんな大丈夫って言ってたのかー」
その話を聞いた芹那は納得した。
何故、金城理事長が簡単に芹那達を外の世界に放出したのか。
何故、彼女達の両親はそのことを簡単に受け入れたのか。
しかも身辺警護はほぼ無しである。
ありえないことなのに、安全だから気にしないようにと言われて三人とも不思議に思っていたのだ。
「じゃあ奏様の傍にいれば安心だね」
奏にとって芹那はすでにスキルが伝播するくらいには絆が深まっている。
そのことを知った芹那は嬉しさでにやにやが止まらない。
だが、ふと気づく。
「あれ、私、今何て言ったの?」
自分の命を守るために、安心を手に入れるために、奏の傍に居たいと言ってしまった。
好きだから奏の傍に居たいのではなく、スキルによる庇護があるから傍に居たいのだと。
「ち、違う、そうじゃない。違う!」
一度湧いてしまった疑念は、簡単には取り払えない。
スキルのことを知る前から奏の事を好きだったではないかと自己弁護しようにも、その好きですら本当はあの時助けて貰ったことに気持ちが良かっただけでは無いのかと疑ってしまう。
自分は本当は、奏のことなど好きでは無く、助けて貰えることによる安心感が欲しかっただけでは無いのか。
芹那はその疑念に心が焼き尽くされてしまった。
――――――――
「(いやああああああああ!)」
芹那は恥ずかしかった。
超絶恥ずかしかった。
自らの『好き』を確認するために、奏に性的に迫ろうと決めたのは良いものの、露出過多な服装を鏡で見て羞恥に悶えていた。
「(こんなの痴女じゃん!奏様にドン引きされるかも……で、でもこのくらいしないと!)」
完全に迷走していた。
「(いやいや、こんな姿で街中なんて歩けないよ。やっぱり着替え、でも……)」
なお、芹那は庶民らしい雰囲気があり、真夜達と比べて露出がある服に抵抗感が少な目であるため勘違いされやすいが、三人の中で一番初心である。
キスどころか手を繋ぐだけでぶっ倒れそうになるのに、肌を見せて奏に迫るなど無謀である。
「(でもでも奏様が好きだから、でも恥ずかしいし、でも引かれるし、わわわわ)」
鏡の前で顔を真っ赤にしながらすでに目を回しそうになって慌てていた。
しかし時間は待ってくれない。結局着替える時間が無く、そのまま外に出ることになってしまった。
「(ああああ、皆見てる、見ないで!見ないでええええ!)」
街行く人に見られるたびに、男の人にえっちぃ目で見られるたびに、その場に蹲りそうになってしまう気持ちをどうにか抑え、足早に待ち合わせ場所に向かう。
「(ふぁああああ!奏様だ!格好良い!超々々々格好良い!)」
奏の姿を見て羞恥が和らいだが、すぐに自分の格好を思い出す。
「(え、私今から奏様に痴女服で会うの?無理無理無理無理!)」
足が止まるが、そうすると他の人からより見られるようになる。
それに奏がこちらを見て芹那のことに気が付くのも時間の問題だ。
逃げ出したいけれど、ここで逃げ出したらせっかくのデートがふいになってしまう。
大混乱の中、芹那は半ばパニック状態で歩きを再開し、おそるおそる奏に声をかけた。
「おまた……せ」
「何でええええ!?」
奏は紳士であった。
下心のある目でジロジロと見るのではなく、芹那の体調を気遣って上着を羽織ってくれた。
「(はああああ!奏様好きいいいい!)」
ここまで強い気持ちを抱いているのに、それでも自分の気持ちを疑ってしまう辺り、人間とは不思議な生き物である。
「芹那さん、行きましょう」
羽織った上着から感じられる奏の体温を恍惚の表情を浮かべて味わっていたら、奏が手を差し出して来た。
「(きた)」
恒例の手つなぎ。
ここは芹那のことを女として意識してもらう大チャンスだ。
「(躊躇ったらダメ!)」
一度照れてしまえば、きっと二度と出来ないだろう。
芹那は勢い良く手を握り、そのまま奏の腕に胸を押し付けた。
「(か、かか、奏様に、む、むむ、胸が。あ、あわわ、わわわわ!)」
今にも羞恥で倒れてしまいそうだが、ここで退くわけには行かない。
事前に脳内で準備していた作戦を流れのままに決行する。
「やん」
色っぽい声を出して、胸をあてていることを奏に意識させる作戦だ。
「(きゃああああ!やっぱりこれ痴女だよ。恥ずかっ、恥ずかしっ、わわわわ、奏様が胸を見てる。やぁ、ダメ、もう死にそう!)」
奏が男の子の本能に悩まされている間、芹那の心はそれ以上に羞恥で荒れ狂っていたのだった。
そんな露骨な作戦の罰があたったのか、その後のデートは妙に上手く行かなかった。
恋愛映画を選んで奏と甘い雰囲気になりたかったのにクソ映画であり、ナンパから格好良く守ってもらえるかと思いきや主にナンパされたのは奏の方であった。プレゼントも貰えたが、真夜達のような連続攻撃では無く気まずい雰囲気の解消という流れになると散々だったのである。
だがそれでもリストバンドに『あなたに出会えて本当によかった』という意味の文字が彫られていることに気が付いたときは、天にも昇る気持ちだったのだが。
そして問題の佐野家へのご訪問タイム。
真夜から佐野家へとお礼に行った話を聞いて羨ましく思っていた為、元々デートの候補としては考えていた案だった。もちろんその時は下心など無く、純粋にお家デートをしたかったのだが。
佐野一家はとても温かかった。
妹の七海は自分を姉のように慕ってくれる元気な女の子。
母親は優しくて、とても親切に色々と教えてくれた。
父親とはほとんど話が出来なかったが、家族を見守る雰囲気がとても優しげであった。
奏から感じられる温かみが詰まっていた。
奏が奏として育った理由が分かったような気がした。
なお、料理を教わっている途中に、奏の母親から意味深なことを聞かれた。
「京極さん、本当にうちの子で良いの?」
「もちろんです!」
その時は質問の意図を大して気にせず即答したのだが、奏の母親は芹那の服装を見て狙いを把握していたのかもしれない。妙なところで鋭いところも奏の家族らしいと、芹那は後でこの日を思い返した時に感じた。
「(どうかな、奏様美味しいって言ってくれるかな。というか、これ終わったら、私、ダメダメ、今はお話しなきゃ)」
夕食の場では頑張って作った料理の感想を期待する気持ちや、これから先の予定などが頭をぐるぐると回ってまともに奏の顔を見ることが出来ない。
「だって全部でしょ」
しかも奏は七海の意地悪な質問に対して、芹那の性格を理解した上で正確に答えを返していた。更には美味しいとまで言って貰えて、嬉しさやら恥ずかしさやらでいっぱいいっぱいだった。
夕食が終わり、ついに今日のメインイベントがやってくる。
この時のために、今日は奏にずっと色仕掛けをしていたのだ。
「(か、かか、奏様、こ、ここ、この後、奏様のお、おお、おおお)」
奏と一緒に洗い物をしながら脳内でシミュレーションしているが、全く上手く行かない。
ここで失敗してしまったならば、死にたくなるほどの羞恥に耐え続けていたのが無駄になってしまう。
「(わ、わわわ、私これから、奏様と、わわわわ!)」
この時点で湯気が出る程、顔が真っ赤になっている。
お皿を手渡すときに奏の手に触れるだけで動揺するというのに、それを大きく上回る行為など果たして本当に出来るのか。
「(が、頑張る。だ、だって、わたし、奏様の事が好きだから!)」
一瞬だけ勇気が出た。
その瞬間に強引に突破する。
「この後、奏様の御部屋に行きたいんだけど、ダメかな」
つっかえずに演じられたのは奇跡だった。
「(わわわわ!言っちゃった言っちゃった!私、言っちゃったよおおおお!)」
それからの流れはほとんど覚えていない。
いつの間にか洗い物は終わり、奏の後ろを歩いている。
爆発しそうなほどの心臓の脈動音が耳を鳴らし、目の前を歩く奏の背中が霞んで見える。まともに呼吸が出来ているかどうかも怪しく、今は夢の中なのではとすら思える程度に心がふわふわしている。
だがこれは現実だ。
「ど、どうぞ」
奏の匂いがたっぷりと詰まった部屋の香りが、そのことを理解させてくる。
ここからは何度も何度も想定した通りの行動をするだけだ。
自分の部屋で実際に体を動かしてシミュレーションもしていた。
どれだけヘタれても、何も考えられなくなっても、体が自然と動くように染みつかせてきた。
「エッチな本はやっぱりベッドの下なの?」
からかうようなセリフで空気を弛緩させ、自然な足取りでベッドに腰かけるのも予定通りだ。
練習では想定していなかった上着を脱いだアドリブが自然と出来た理由は何度思い返しても分からない。
心の中は無だ。
何かを意識してしまったならば、意中の男性のベッドの上に横たわるなど出来やしない。
初心な芹那なら羞恥で死ねるかもしれない。
横たわった瞬間に奏の香りが大量に鼻孔をくすぐるが気にしてはならない。
どうせその後にもっと酷い枕グリグリをやるのだ。
何も考えずに、ひたすら練習した通りに体を機械的に動かす。
狙い通りに奏が枕を奪いに来る。
そして、今日は運が良くなかったのに、この時ばかりは幸運にも狙い通りの態勢になった。
服が乱れているのも狙い通りだ。
絶妙な乱れ方をするように練習をしてきた。
「(あ)」
不思議なことに、芹那の心は凪の状態だった。
てっきりパニックになってしまうのかと思っていたが、冷静に奏を見つめることが出来ていた。
奏の顔が何かを必死で耐えるような表情になっているのも理解出来ている。
その紳士さを嬉しく思う気持ちも受け止められている。
「男の子に、こんなことしたら、危ないんだよ」
「どう、危ないの?」
答えを返す声が震えているが、それも小さく抑えられている。
むしろ、絶妙な色香を感じさせていた。
「うん、奏様に、教えて欲しい」
やりきった。
ここまで来たらどれだけ恥ずかしがろうとも、もう逃げられない。
後は奏に全てを任せて、何があっても受け入れるだけだ。
「(ごめんね、みんな)」
一瞬の気の緩みだった。
全てを成し遂げて終えたと思った瞬間に、好きを証明するために抱かれるという、打算による行動の後ろめたさが僅かに零れてしまったのだ。
奏はそれを見逃すような男では無い。
芹那の計画は最後の最後で失敗し、そして奏に心の疑念を取り払われた。
――――――――
「極京芹那と佐野奏だな」
奏に心を救われて、ようやく本来の自分に戻れた芹那を、無粋な輩が待ち受けていた。
「(きっと奏様が守ってくれる)」
頼ってくれて嬉しいと、奏は言った。
だからもう、奏のスキルを頼りにすることを躊躇わない。
「(ううん、違う)」
だが、奏はこうも言った。
パートナーなら頼り合うのが普通だと。
「(私も奏様を守りたい!)」
奏から守られたいと一方的に願うだけでは抱けない願いだ。
奏の事を心から大切に想い、『好き』だからこそ抱けた芹那の本心。
「芹那さんに近づ」
「奏様、こっちです!」
前に出て芹那を守ろうとしてくれる奏のことを嬉しく思いながらも、芹那は行動した。
守られるだけでは無く、共に守り合えるパートナーとして戦うために。
「(私にだって出来ることはあるはず!)」
芹那の願いが届いたのか、二人は危機を脱した。
暴漢は怖いし腹立たしいが、芹那にとって大きな一歩を踏み出せた出来事だった。
いや、それだけではない。
「え、うわああああ!」
「奏様!?」
奏が段ボールに下敷きになる姿を見て芹那は気が付いた。
因果応報?スキルは決して完璧では無いのだと。
「(そっか、奏様も絶対に安全ってわけじゃないんだ)」
スキルが悪意を排除するならば、悪意の無い出来事では傷つくかもしれない。
例えばこの段ボールがコンクリートブロックだったならば、奏は大怪我を負っていただろう。
奏のスキルが絶対的なチートスキルでは無く、事故や病気で普通に苦しむことがありえるのだと、芹那は気が付いた。
「(そうだよね、奏様も普通の人なんだよね)」
どんな時でも必ず頼れる人物では無く、むしろ奏が助けを求める場面の方が山ほどあるだろう。
奏を必要以上に神聖視する心は消え、それでも心の中に『好き』が残っていることに芹那は気が付いた。
芹那は奏と手を繋いで歩く。
触れることが恥ずかしいかのように、手には力を入れずに軽く重ねる。
過剰にはくっつかずに、軽く腕を組む程度。
胸を当てるなどとんでもない。
これが芹那の現時点での理想の歩き方だ。
元気いっぱいで明るい普段の姿とは違って控えめだ。
長い一日。
芹那は最後の最後で、心のつかえが全て取れた最高の状態で、奏とのデートを楽しんだ。
今日の暴走は芹那にとっては不本意で後悔するものだったかも知れない。
だが、実はとてつもなく大きな変化を芹那にもたらせていた。
「ねぇ、奏様」
「なぁに?」
別れ際、芹那は奏をじっと見つめる。
「(奏様、私はあなたのことが大好きです)」
照れはあるものの、脳内で混乱することなく愛しさだけがこみ上げてくる。
それは芹那にとって無意識の動作であった。
初心な彼女ではありえない行為。
だが、今日一日の経験により、その行為をする勇気が生まれていた。
芹那は奏に顔を近づけ、唇を触れさせる。
尤も、唇を狙うのはまだまだハードルが高かったのだが。
「次のデートで教えてね」
恐らくはその勇気はまだ持てていないのだろう。
この日、芹那は自らの恋に確信を持った。




