14. 美少女を家に送っていたらキスされたんですけど
「え……?」
奏が芹那にのしかかる直前。
一瞬だが、芹那の表情が辛そうに歪むのを、奏は見逃さなかった。
「芹那さん、もしかしてデートの前に何かあった?」
奏に抱かれようとする直前で、芹那が漏らした悲しみの素顔。
そのことに気が付いた時、今日一日の疑問が繋がった。
不自然に露出が高い服も、しきりに腕に胸を押し付けてくることも、似合わない恋愛映画を見ようとしたことも、そして今ここで奏に抱かれようとすることも、全て同じ理由によるものなのだろうと。
「ち、違うの。ちょっと不安になっただけで」
単なる不安ではあれほどまでに辛そうな表情にはならない。
あの表情は不安と言うよりも、何かを後悔するような雰囲気に近かった。
「芹那さん、僕じゃ頼りにならないかな」
「え?」
ベッドに押し倒したまま、芹那の顔の横に自分の顔を置く。
そのまま優しく声をかけて、芹那が慌ててパニックにならないように抱き締める。
「僕は、芹那さんが笑っている姿が好きだな」
「!!」
頑なに自らの心を開こうとしない芹那だったが、奏による『好き』の効果は劇的に効いた。
「うわああああああああん!」
芹那はそのまま奏に抱き締められたまま、泣き続けた。
芹那が落ち着いてから、二人は起き上がり並んでベッドに腰かける。
「信じられなく、なっちゃったの」
芹那はポツポツと何が起きたのかを説明する。
「私は奏様が好き。あの日、命がけで助けてくれた時からずっと好き」
「うん」
殺されるかもしれないのに、お姫様抱っこで必死になって逃がしてくれた。
あの時の横顔は今でも脳裏に焼き付いている。
「大月高校に転校して、奏様とお話しする機会が増えてからも、好きな気持ちはどんどん大きくなるばかりだった」
「うん」
聞いているだけで照れてしまいそうなセリフだが、奏は相槌を打って真面目に聞いてあげる。
「でも、少し前に……」
「うん」
「…………」
ここで芹那は言い淀む。
だが、決して急かしはしない。芹那のタイミングで話せるようにじっと待つ。
「……」
「……」
そんな奏の想いが詰まった沈黙の温かさに後押しされ、芹那は悩みを口にした。
「奏様が助けてくれるから、傍に居たいんじゃないかって思っちゃったの」
『助けてくれたから好きになった』が『助けてくれる人だから傍にいて安心したい』に変わろうとしていた。
「奏様が好きなんじゃなくて、守ってもらいたいだけなんじゃないかって思っちゃったの」
守ってくれることに強い価値を見出してしまった。
それは好きでは無くて単に奏を利用しているだけではないのか、と。
「好きなのに、こんなにも好きなのに、それなのに自分が信じられなくなって、それで、それで……!」
本当に心の底から奏の事が好きだと信じたくて、猛烈にアプローチをした。
好きでなければ出来ない事。
守られたいなどという打算だけでは出来ない事。
芹那は言い訳のために奏に抱かれようとしていた。
そしてそれが叶う直前。
好きが信じられない自分が情けなくなり、偽りの気持ちに奏を巻き込もうとしているのが申し訳なくなり、真っ当に勝負してくれている真夜達を裏切るような行為を申し訳なく感じた。
その想いが、零れてしまったのだ。
「そっか」
何故、芹那がこのような不安を覚えたのか、奏はその理由を知らない。
少なくともゴールデンウィークに入る前、学校ではいつも通りの芹那だったはずだ。
ここまで心情を吐露しているにも関わらず原因を口にしないと言うことは、奏に言えない事なのだろう。
だが知らなくても言えることはある。
「芹那さん、ありがとう」
「え?」
それはお礼であった。
「僕をそんなにも好きになってくれてありがとう」
好きな気持ちを伝えられたことに対するお礼。
「僕を『守ってくれる人』だと想ってくれてありがとう」
そして、奏に価値を見出してくれたことに対するお礼。
「僕も芹那さんにいっぱい頼らせてもらうね」
奏は伝えたい。
芹那の気持ちは何も間違っていないのだと。
相手に守ってもらいたいと『頼る』気持ちが芽生えるのは、自然なことなのだと。
「私を……頼る?」
「うん、だってパートナーなら頼り合うのが普通でしょ?」
「あ……」
相手を利用すると言えば聞こえが悪いが、頼ると考えれば普通の話だ。
それにお互いが頼り合い、協力し合うのがパートナーだ。
芹那が奏に価値を見出したのならば、奏も芹那に価値を見出して頼れば良い。
「それにさ、男として頼られたら悪い気はしないよ」
だから存分に利用してくれ、頼ってくれ、守って欲しいと思ってくれ。
絶世の美少女に頼られて喜ばない男など居ないのだ。
「だから改めて言うね。僕を好きになってくれて、しかも頼りに想ってくれてありがとう」
その二つは決して相反するものでない。
だから奏はお礼を並べ、改めて気持ちを伝える。
僕には君の想いは届いているから、自信を持って良いのだと。
「奏様!うわああああああああん!」
――――――――
奏と芹那は夜道を歩く。
芹那をマンションまで送っている。
「奏様、今日は色々とごめんなさい」
「ううん、気にしないで」
芹那はまだ沈んだ様子から回復はしていない。
だが、その表情には後悔や苦難のようなものは浮かんでいない。
今日一日、たっぷりと恥を晒してしまったことによる気恥ずかしさを感じているようだ。
「でも正直言うとね、大変だったんだよ」
「え?」
「芹那さんがぐいぐい来るからドキドキしっぱなしでさ」
「あ、あはは……」
常に理性との戦いだった。
いつ衝動的に抱き締めてしまうか分からなかった。
そのまま裏路地にでも連れ込んで手を出してしまいたい気分だった。
芹那の薄着姿には、紳士である奏の理性を吹き飛ばす程の破壊力があったのだ。
「ちょっとだけ我儘言って良いかな」
「もちろん!」
「その……街中を歩くときはもう少し露出が控えめだと嬉しいかな」
「もしかして、似合ってなかった?」
「違う違う!似合ってるよ!むしろ似合い過ぎているというか……」
「?」
「…………他の人に、見られたくない、から」
「~~~~!」
「わっわっ!」
奏の思わぬ嫉妬宣言に芹那は思いっきり奏に抱き着いてしまう。
昼間のデートの時のように狙ったものでは無く、純粋な気持ちで。
今日初めて裏の無い甘々な雰囲気を堪能していた芹那だったが、ここで空気が読めない闖入者が行く手を阻む。
「極京芹那と佐野奏だな」
覆面をつけた五人の男達。
街灯の無い場所に立っているのではっきりとは見えないが、手には銃らしきものを持っている。
「一緒に来てもらおうか」
ジリジリと五人は二人に近づく。
奏はいつものように芹那を守るべく前に出る。
「芹那さんに近づ」
「奏様、こっちです!」
「え!?」
そして勇ましく啖呵を切ろうとしたのだが、それを遮って芹那が奏の手を取って走り出す。
「逃がすな!追え!」
二人は手を繋ぎながら、夜の住宅街を必死に走る。
なんとか撒こうと、角をこまめに曲がり、公園を突っ切り、走りながらもなるべく視界が隠れそうなところを探して移動する。
芹那は伊達に自力で隠密を取得したわけでは無いのだ。
二人は個人経営の小さな工場のような敷地に身を隠す。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「何処に行った!この辺りにいるはずだ、探せ!」
「っ!」
全力で走り続けたため息が切れているが、男達の声が聞こえて来て必死に口を閉ざす。
そのまま奏は芹那の様子を確認する。
「(……あ)」
芹那は奏の視線を受けて、笑顔で返す。
恐怖を決して表には出さずに、まるで奏を励ますかのように。
「チッ、見失ったか。仕方ない、引き上げるぞ!」
どうやら男達は諦めて撤退するようだ。
しかし芹那達をおびき出す罠かも知れないため、念のためしばらく待ってから行動する。
「あ~怖かった」
「だね」
二人は助かったことで安堵の笑みを浮かべる。
だがピンチを切り抜けたことで安心し過ぎたのか、奏はちょっとしたミスをしてしまう。
「え、うわああああ!」
「奏様!?」
近くに積みあがっていた段ボールにぶつかってしまい、それらが奏に降りかかってきたのだ。
「奏様!大丈夫!?」
「う、うん。痛くないから、大丈夫。あはは」
「もう、心配させないでよ」
「ごめんごめん」
散らばってしまった段ボールを少しだけ片付けて、奏は心の中でごめんなさいと工場の人に謝った。
「そっか……」
「芹那さん?」
「ううん、何でもない。奏様、行こう」
「?」
奏は芹那から差し出された手を握り締め、その場を後にした。
念のため金城理事長に連絡して周辺の安全を確認してもらってから、二人は今度こそ歩いて芹那が住むマンションまで向かう。
逃亡劇のおかげでかなり離れたところまで移動してしまったが、一緒に歩く時間が増えたことを芹那は喜んだ。
闖入者達の話題など盛り上がる会話ネタはあるが、芹那は何も言わずに奏と腕を組み歩く。
特に胸を押し付けることも無く、ただ自然に歩調を合わせて歩くだけ。
普段の二人とは異なる静かな空気であるが、その沈黙が何処となく心地良かった。
「奏様、今日は一日ありがとう」
マンションの入り口まで辿り着き、今日のデートが終わる時が来た。
「今日は色々な芹那さんが見られてとても楽しかったよ」
「それは言わないでよー」
「あはは」
積極的な芹那。
悲しむ芹那。
喜ぶ芹那。
勇敢な芹那。
今日のデートで芹那はやらかしてしまったかもしれない。
だが、奏に芹那のことを知ってもらうという意味では大成功だったのだ。
「七海ちゃんには後で私の方から説明しておくね」
「それはもう、全力でお願します」
「え~どうしよっかな~」
「ちょっと!」
「あはは、嘘嘘」
てっきり奏の部屋でえっちぃ事をしているのかと思っていた七海だったが、部屋から出て来た芹那が泣きはらしたような目をしていた為、奏を射殺すような目つきで睨み全力での蹴りをお見舞いしてきたのだ。
何かを察した母親の手によって止められたが、このまま家に帰ったら何をされるか分からない。奏の話は聞く耳持たないだろうから、芹那からしっかりとフォローしてもらわなければ困るのだ。
「ねぇ、奏様」
「なぁに?」
芹那は一歩前に出て奏に近づく。
そしてそのまましばらく見つめ合う。
どちらも決して目を逸らそうとはせず、時間だけが過ぎて行く。
雰囲気に呑まれていた奏が、芹那の可愛らしさに改めて気づきあたふたする直前。
タイミングを見計らったかのように、芹那の瞳が揺れ、顔を奏に近づけた。
「!!」
ふわりと漂う芹那の香りと共に、やわらかな感触が奏に伝わった。
頬に、だが。
「なっ、なっ!」
芹那は素早く体を離し、両手を後ろに組んで、いたずらが成功したかのような表情で奏に本日最後の言葉を贈る。
「次のデートで教えてね」
そして踵を返すと、マンションの中に小走りで入って行った。
奏の脳裏に自室での会話がフラッシュバックする。
『うん、奏様に、教えて欲しい』
「ぴええええええ!」
奏は芹那との次のデートまで悶々とした気分で過ごすことになるのだった。




