8. 美少女とデートしていたら怪盗と対決していたんですけど
※タイトルは何かのミスではございません
「こんばんわ、奏さん」
「こんばんわ、東雲頭取」
美月とのデート、夜の部。
美月のお願いはとても奇妙なものだった。
「本当に僕が居て大丈夫なのでしょうか。お邪魔では……」
「ははは、大丈夫ですよ。娘の我儘に付き合って頂きありがとうございます」
ここは東京、三峰誠心銀行本店。
以前美月を助けた際に、奏が東雲頭取にお礼を言われた場所だ。
「我儘じゃない。家族の問題」
「そうだね。でも今日はSPをつけてもらうからね」
「(ぴえ!)」
奏と美月の背後に二名のSPが立つ。
そのうちの一人は、以前奏をここまで連れて来てくれた強面の人物であり、当時の恐怖が蘇る。
「み、美月さんはどうするつもりなの?」
「怪盗を捕まえる」
怪盗『ルパン救世』
今からおよそ一月前の三月上旬。
ふざけた名前を自称するその人物は、ターゲットに予告状を送り付けて高価なものを盗み出した。
最初は黒い噂の絶えない大物政治家が保有する、時価数百億は下らないとされる絵画。
次は外国人研修生を奴隷のように扱う企業の社長が保有する、巨大なダイヤモンド。
いずれも厳重な警備を敷いたにも関わらず、いとも簡単に盗み出された。
その怪盗が次に狙いを定めたのが、三峰誠心銀行の金庫内の現金だった。
「お父様は悪くない。絶対許さない」
この流れだと、まるで三峰誠心銀行も何らかの悪事に手を染めているかのように感じられる。父親が真っ当な商売をしていることを知っている美月はそれがどうしても許せなかったのだ。
それに、もしも怪盗に現金を盗まれてしまったならば、父親の責任問題に発展するだろう。そうなれば美月の立場も大きく変わりかねない。ゆえに、美月の言う通り家族の問題でもあるのだ。
「いや、どうやって捕まえるのかなーって」
「作戦がある」
「作戦?」
「後で説明する」
奏は頭取の方を見るが首を横に振る。
どうやら作戦内容は父親にも教えていないようだ。
「奏さん、美月が無茶しないように見ていてくださいませんか」
「分かりました。美月さんを怪盗から守るとお約束します」
奏は頭取に『約束』をした。
頭取としては奏にも無茶をしてほしくないため美月に声をかける程度で良かったのだが、男が女を守ると宣言したのだ、それを止める無粋な真似は同じ男として出来なかった。
「奏様、案内する」
「うん」
「本当に気を付けるんだよ」
美月に手を引かれ、奏は頭取室を後にした。
美月のお願いは、一緒に怪盗を捕まえる事。
どう考えてもデートの内容では無いのだが、強く譲らなかった。
「(もしかして怪盗に立ち向かうのが怖いから僕に傍に居て欲しかったのかな。なんてのは流石に自惚れかな)」
おそらく奏の想像は正しいだろう。家族の命運がかかっているからこそ戦う必要に迫られているのであって、犯罪者を捕まえるなど本心では怖いに決まっている。
「申し訳ございません、お嬢様と言えども此処から先へ御通しする訳には参りません」
「むぅ」
エレベーターで金庫のある地下フロアまで降りると、屈強な体格の警備員に止められた。
「どうしてもダメ?」
「ハイ。例え東雲頭取と言えども通さないように申し付かっております!」
流石に頭取すら通れない場所を美月が通れるはずがない。しかもここで妙な動きをすれば、怪盗の変装なのではないかと怪しまれる可能性が高い。いや、すでに怪しまれているだろう。
「それならこっち」
美月は厄介なことになる前に退散し、別の目的地に向かうことにする。
「入って良い?」
「お嬢様!?」
その部屋の前にも屈強な警備員が二人立っていた。
「出来ればご遠慮頂きたいのですが」
「お父様から許可が出てるはず」
「……分かりました。少々お待ちください」
今度もまた止められそうになるが、こちらは頭取の力が効くらしい。
「(何してるんだろう?)」
警備員は二人をしばらく見つめるだけ。
だが美月は何も言わずにそのまま待っているので、奏も不思議に思いながら一緒に待つ。
実はスキルを使って美月達が本物であることを確認していた。
「完了しました。それではどうぞお入りください」
何が完了したのか分からないが通してくれるとのこと。
奏は美月に手を引かれ、扉の向こうへ進んだ。
「(わぁ、テレビがいっぱい)」
そこは数多くの巨大モニターが壁一面に並ぶ警備室であった。
多くのオペレーターが厳しい表情で各モニターを確認している。
「(僕が見ちゃダメな場所だと思うんだけど)」
その通りである。
ここは銀行の警備室。機密だらけで一般人が入るなど以ての外。
本来は分厚い誓約書にサインをして、ここで知ったことを絶対に漏らさないように契約で縛らなければ入れないのだ。
「美月さん、あれがもしかして例の金庫?」
「うん」
一際大きなモニターに映し出されていたのは、壁に埋め込まれた巨大金庫の丸い蓋。
その傍にも数名の警備員が立っている。
「鍵を盗まれないようにしないとね」
「鍵は電子ロックだから大丈夫」
蓋を開けるには24桁のパスワードを入力しなければならない。
ネットワークが金庫内で独立しているため外部からハッキングして解除することは不可能であり、正攻法で突破しようにも今日のパスワードは東雲頭取しか分からないためこっそり聞き出すことも難しい。
「まだ変化なし」
モニターの中には金庫の中の映像が表示されているものもある。そこには大量の現金の束が置かれていた。映像に細工がされていなければ、まだ何も問題は起こっていない。
「怪盗だったらもう誰かに変装してそうだよね」
「大丈夫。今建物内にいる人は全員本物」
遠隔で看破スキルの持ち主が全員本物であることを常時確認している。人数が多いと確認が漏れる可能性があるため、建物内には最小限の人しか入れないようにしていた。
「凄い。他に怪盗がやりそうなのって、盗まれたと思わせて中を確認するために扉が開いたらその瞬間に盗むとか?」
「それも大丈夫」
金庫の中にカメラが仕掛けられているため、開けなくても盗まれたかどうかが分かるようになっている。仮にカメラに細工されたとしても、金庫内の『重さ』が映像を介さずに目視で分かるような物理的な隠し仕様がある。そのため、中に誰かが入ったり盗まれたらすぐに分かる。
「でも今はスキルがあるし不安だよね」
スキルによりこれまでは不可能だと思えることが可能になった。どれだけ警備を厚くしても裏をかかれる可能性がある。
「あの部屋。スキルが無効化される」
しかし超レアスキル『スキル無効化』により、金庫部屋の中ではスキルが使えない。
変装は看破スキルで見破られる。
スキルも無効化される。
警備システムがハッキングされようが代替手段で対応可能。
金庫部屋には屈強な警備員が常駐している。
この状況で金庫の中身を盗み出すには、看破スキルと警備を欺いて金庫部屋に侵入し、スキルを使わず警備員に対処し、24桁のパスワードを突破し、多くの現金をどうにかして持ち出す必要がある。ムリゲーである。
「じゃあ大丈夫なんだね」
「ううん、それでもきっと盗まれる」
「ええ!?」
「これまでもそうだったから」
これまでの事件も警備は完璧だった。ここまで厳重では無かったが、盗み出すのは容易ではない警備体制が敷かれていた。だが怪盗はそれを嘲笑うかの如くいとも容易く盗み出したのだ。
「それで作戦って……」
「うわ、もうあんなに集まってやがる」
奏が美月に作戦を確認しようとしたら、これまで静かにしていたオペレーターが不快な声を上げた。彼らの視線の先にあるモニターには外の映像が映っていた。
「何が起きてるの?」
建物の出入り口は裏口を含め多くの警察官で固められていた。
その警察官の包囲の外に多くの人が詰めかけていたのだ。
「多分、テレビ局」
「え?」
「怪盗は盗む直前にマスコミに情報を流すの」
その理由は分かっていない。
目立ちたいだけなのか、人を集めることで変装して逃げやすい状況を作っているのか、あるいは警察が派手に行動出来ないように縛るためなのか。
「多分ヘリも飛んでる」
「そういえば前の時も放送があったような」
奏はリアルタイムでは見られなかったが、幼馴染ーずとその話をした覚えがある。
「…………」
美月が僅かに唇を噛んでいることに奏は気がついた。
警備室には音声が入っていないが、マスコミの性格上、三峰誠心銀行が悪事を働いている可能性があると報道しているのは明らかだ。
そのことが悔しいのだろう。
「美月さん、絶対に捕まえようね」
「うん」
奏は美月の肩に手を置いて抱き寄せた。
ここは銀行の警備室であり後ろには強面のSPが立っている妙な状況であるが、二人は場違いな甘い空気を纏っていた。このような奇妙な状況でも二人にとってはデートなのかもしれない。
――――――――
予告時間になった。
何の前触れも無くまるで宙から突如生まれたかのように、三峰誠心銀行本店のビル屋上に怪盗が出現した。
怪盗は全身黒タイツに赤いマント、長い黒髪に白い能面をつけている。
このビルは23階もの高さがあるが、恐怖を感じないのか縁に立っている。
「今だ!」
その瞬間、頭取の合図で怪盗に向けて投網が投げられた。怪盗の出現位置はこれまで必ず建物の屋上や屋根の上であったため、今回も同じであろうとあたりをつけて張っていたのだ。
「名乗りの前に手を出すとは、どうやら今宵は無粋な人間達が居るようだ」
だが怪盗に網が触れる瞬間、怪盗の体が一瞬ブレ、網はかからず通過した。
「さぁ、皆の者。ルパン救世が世界の浄化のためにやってきたぞ!」
スキルを使っているのか、ボイスチェンジャーを通した声がビル下でもはっきりと聞こえる。マスコミはこぞって怪盗をカメラに捉え、初手での確保が失敗したことを何度も繰り返す。
「それでは諸君、健闘を祈る」
怪盗は頭取達が次の手を打つ前に屋上から飛び降り、落下途中に忽然と消えるのであった。
その映像を奏と真夜は警備室で確認していた。
「来る」
警備室は慌ただしくなってきた。怪盗が通るであろう通路を手分けして監視する。
だがどれだけ経っても怪盗が映らない。
「どうしたんだろう」
「分からない」
そのまま数分が経過した後、画面に動きがあり奏が思わず声を上げる。
「ええ!?」
金庫までの通路に一切映ることなく、怪盗が金庫部屋に入って来たのだ。
驚く奏とは対照に、美月は冷静だった。
「スキルがあれば出来なくはない」
姿を隠す方法などスキルを使えばいくらでも考えられる。
問題はスキルが使えないここからだ。
「警備員さん、頑張って」
奏の応援を受けて、というわけではないが、偶然そのタイミングで警備員が怪盗を捕らえに動いた。
『え?』
警備室中の人の声が重なった。
警備員が伸ばした手は怪盗の体をすり抜けたのだ。
「スキル、使えないんだよね」
「そのはず、だけど……」
どう考えても何らかのスキルが使われているようにしか見えない。警備員が何度も手を伸ばすが全て素通りしてしまい、奇妙なダンスをしているようだ。
怪盗はそのまま警備員を無視して金庫の蓋も通過して中に入ってしまう。
「金庫内カメラをメインモニターに映せ!」
一番大きなモニターの表示が金庫内の映像に変更される。そこには大量の現金の束と怪盗が映っていた。
怪盗は現金を少しの間眺めてから手を伸ばす。すると現金の束が瞬く間に消えて行く。
「やっぱりアイテムボックス持ってた」
テンプレ王道スキル『アイテムボックス』
怪盗がこのスキルを持っているのは美月にとって想定内であった。このスキル無しに大量の物を盗み出すことは難易度が高すぎるからだ。
だがそれが分かっていたからと言って何かが出来るわけでは無い。
怪盗は入った時と同様に体を透過させて金庫室から外に出る。
「あれ?」
美月はその怪盗の行動を見て違和感を覚えた。だがその正体がすぐには掴めない。
怪盗は屋上に出現して盗んだ後はまた屋上に戻り、盗みが完了した宣言をしてから消えるのが過去二回の流れだ。今ごろ怪盗は頭取が待ち受けているであろう屋上へと向かっているはずだ。美月達も早く向かわなければ怪盗を捕らえるチャンスなど訪れない。
だが、どうしてもこの違和感が気になり美月は動き出せない。
焦る美月だが、奏のつぶやきからヒントを得た。
「あれじゃあ普通に入口から入って来ても捕まえるの難しそう」
確かにその通りだ。
誰にも触られずに移動出来てスキル無効化すら効かないのであれば、堂々と入口から入って盗んで帰れば良い。
「分かった!」
美月は何かに気が付き、どうすれば良いかを考える。
「奏様、行きます」
「う、うん」
そして奏と共に警備室を飛び出した。
美月と共に走りながら奏は思う。
「(あれ、今回は平穏かも)」
美月の作戦が成功して怪盗を捕らえられたとして、褒められるのは美月と一緒だ。
しかも褒めてくれる人は東雲頭取や警察の偉い人だろう。警察の偉い人筆頭である警視総監もまた東雲頭取と同様に知り合いであり、極度に緊張することは無さそうだ。
つまり、偉い人に褒められて緊張するいつものパターンはあり得ない。
奏の期待は叶えられることになる。
本人が全く望まない方向で、だが。




