3. 美少女とデートしていたらお偉いさんが集まるパーティーに連れてかれたんですけど
奏のデートは二部制である。
昼間は奏がエスコートし、夜は女性側の希望を奏が呑む形だ。
そろそろ夕方になるかという時間帯、真夜が奏に伝えた希望は普通のデートとはかけ離れたものであった。
「パーティー?」
「はい、お爺様が主催の三峰グループのパーティーが本日開催されます」
「え、真夜さんは参加しなくて大丈夫なの?」
「参加する予定です」
「……もしかして」
それならばデートの日を翌日にすれば良かったのではないか。仮に翌日がダメであれば日程を調整して芹那や美月と順番を調整してもらうことも出来ただろう。そうせずに敢えて今日をデート日に選んだ理由は一つしか考えられない。
「よろしければ、奏様にも参加して頂きたいのです」
「ぴええええええ!」
三峰会長主催のパーティーともなれば、参加者はどう考えても社長会長クラスの人達だろう。これまで偉い人一人が相手でも緊張でいっぱいいっぱいだったのに、複数の人と相手をするとなると心臓が持ちそうにない。
即答で拒否したいところだが、これはあくまでも真夜とのデートだ。彼女を悲しませたくないという心が奏を繋ぎ止める。
「申し訳ござません。奏様がこのような場が苦手なことは存じておりますが、それでも可能であれば参加して頂きたいのです」
「え?」
奏が上流階級の世界で偉い人と対話をするのが苦手なことを真夜は知っている。また、初デートで奏が楽しくないことを提案するべきではない。
だが、そのデメリットを差し引いても奏を上流階級のパーティーに連れて行きたい理由が真夜にはあったのだ。
「奏様にわたくしの事を知ってもらいたいのです」
これは真夜の我儘だ。
もっともっと自分の事を知ってもらいたい。お嬢様として暮らして来たこれまでの自分の世界を知って欲しいのだ。
「わたくし共の世界を受け入れて頂く必要はございません。単に知って頂くだけで嬉しいのです。もちろん、奏様がどうしても難しいということでしたら別の案も用意しております」
真夜は縋るような目で奏を見つめる。いつも背筋を伸ばして堂々としている真夜が、この時に限ってはとても小さく見えた。
奏は不安に揺れる真夜の瞳を見つめ、断る選択肢が無いことを悟った。
「どう……かな?」
「お似合いです!」
パーティーへの参加が決まった奏は都内の某高級ホテルに連れて来られ、花ヶ前家のメイド達の手によって正装へと姿を変えた。正装はスーツでは無く真夜に合わせて和服である。
「(わぁ、これが和服なんだ。おっきい!)」
慣れない和服で歩き方がぎこちないが、珍しい服を着ることが出来て内心では少しテンションが上がってる奏であった。
ちなみに、メイド達はドレスを着せたいと全力で真夜に進言したのだが聞き入れては貰えなかった。和服とドレスのどちらが似合うのかは着てみないと分からないと濁しておこう。
「おお、似合っているじゃないか」
「三峰会長、お久しぶりです」
「お爺ちゃん、じゃ」
花ヶ前家の控室に、これまた和装の三峰会長が入室した。
まだお爺ちゃん呼びを諦めていないが、少なくともこの場で訂正されることは無いだろう。三峰グループの重鎮達の前で会長をお爺ちゃん呼びする勇気は持ち合わせては居ないからだ。
「ふむ、それじゃあ行こうかの」
「ぴえぇ」
「奏様はわたくしの傍に居るだけで構いませんから」
天下の花ヶ前会長とその孫の傍に居る謎の少年。正体を確認するために多くの人が話しかけて来るだろうが、それらは全て会長と真夜がシャットアウトする予定だった。
あくまでも今回は奏に真夜の社交界での姿を間近で見て欲しいというだけなのだ。
「ううん、大丈夫。少しくらいならお話しするよ」
『え?』
奏に負担を極力かけないようにと考えていた二人は、予想外の奏の反応に驚いた。
「僕のことばかり気にして二人に迷惑をかけすぎるのも悪いから。それに、お話した方が真夜さんの住む世界が少しは分かるよね」
「奏様……」
それに真夜が誘ってくれたのに、守られてばかりで何もしないというのは男が廃る。
「なんという良い子なんじゃ!」
「ぴえぇ!」
奏の勇気に感動した会長が抱き着いて来た。
「会長、奏様の御着物が乱れてしまいます」
「おお、すまんすまん」
すかさずメイド達の手によって服装と髪型の乱れが修正された。なお、髪型はサイドテールのままであり、ヘアゴムだけが和装のシュシュに変更されていた。
「会長、お時間です」
「おおそうじゃった。今度こそ行こうか」
三人はホテルのパーティー会場へ向かった。
会場は天井に巨大なシャンデリアがある高級感の漂う場所であり、白いテーブルクロスがかけられた丸いテーブルが複数置かれている。椅子は壁沿いに並べられており、会場後ろに食事が用意されている立食パーティーの形式だ。
会場内はすでに人が集まっており、高級スーツを着こなした偉い人オーラを放つ年配の方々が思い思いの場所で談笑していた。ドレスを着た若い女性や子供も混じっているため、家族で呼ばれているのだろう。
奏達が入室することで、彼らの視線が一気に集まった。
「(ぴえぇ!)」
このパーティーの開催理由は特に明示されていない。だが参加者は皆気付いていた。今日は真夜の無事を報告する場なのだと。
数か月前に真夜が襲撃されたことは社交界では周知の事実である。だがそれ以降、真夜が社交界に出てこなかったことで『本当に無事だったのか』という憶測が生まれ始めていた。仮に真夜が本当は攫われていたとなれば大スキャンダルであり三峰グループに大激震が走るだろう。ゆえに権力者達はどことなく不安を抱えて状況の把握に躍起になっていた。
真夜は試練を乗り越えるために土日返上で努力しておりそれどころでは無かったのだが、そんなことを公表することなど出来やしない。このままでは何処かで不安に駆られて暴走する輩が現れるかもしれないと考えた会長は、今回のパーティーで安心してもらうよう取り計らったのだ。
かくして真夜は無事に彼らの前に現れた。しかし、彼らは安堵すると同時に大きな疑問を抱くことになる。
見知らぬ少年が真夜の傍に居るのだ。しかもまるで花ヶ前家族の一員であるかのように和装を身に纏っている。
あれは誰だと強い視線を向けてしまうのも仕方ないことだ。
「(誰かタスケテ!)」
会場中の権力者達からの視線を受けて一気に緊張が増す奏であった。
「本日はお集まり頂きありがとう」
前方のステージに立った会長が挨拶をし、乾杯の合図と共に会場が賑わい出す。ここからは偉い人同士の交流の時間だ。直接的なビジネスの話はしないが、世間話を通じて本音と雑談を織り交ぜてコネクションを強化する。
一緒に呼ばれた家族は食事を取りに行き、時々呼ばれては挨拶を強制させられている。
「こんばんわ」
「おお、東雲君。楽しんでいるかい」
会長の元に最初にやってきたのは奏も知っている三峰誠心銀行頭取の東雲和真だ。和真は奏が傍にいることに驚いたが、奏の現状を知っているため色々と察し、奏をリラックスさせるために初手を狙ったのだ。もちろん奏の好感度がそれで稼げることも狙っている。この辺り、出来る男なのである。
「はい、お陰様で。お嬢様も奏さんもお元気そうで何よりです」
「ごきげんよう、和真様」
「こんにちわ、お久しぶりです」
和真の狙い通り、奏の表情が軽くなり普通に挨拶することが出来た。
和真はいくらか会長と話をしてから奏について話を振る。
「それにしても奏さんがいらっしゃるとは思いませんでした」
「あはは、僕もびっくりです」
東雲頭取が来たことで多少緊張がほどけた奏の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「そういえば美月さんは来てないのですか?」
仮にも真夜とのデート中だというのに他の女の事を話題にするなんてとんでもない、などということはない。この状況で気になるのは自然であるからだ。
「美月はこの手のパーティーは好きじゃなくてね。でも奏さんが来ると知っていれば喜んで来たかもしれないね」
「和真様、今日はわたくしの番ですから」
「なるほど、そういうことですか。それならお邪魔虫は退散するとしますかね」
頭取は最後に軽く会長と話をしてからその場を離れて行く。それを機に、三峰グループの重鎮達が次々と挨拶にやって来る。
奏のことについて興味津々な彼らは様々な方法で反応をもらうべく会話を試みる。
「お久しぶりです、会長。ところでそちらの方は……」
だが奏と真夜の手により彼らはふるいをかけられ、奏に悪影響を及ぼしそうな人物は排除される。
そして幸運にも合格を貰えた男性が奏と話をする。
「こ、こんにちわ。僕は真夜さんの同級生で本日のパーティーに誘われました」
「なるほど、ご学友の方でしたか。遅れましたが私はこういう者で……」
「(ぴぇ!)」
名刺を出されてあたふたする。正しい受け取り方など分からない。緊張してぷるぷると震える手でなんとかゲットする。だが受け取った名刺をどうしてよいか分からない。
「そうだ、よろしければこちらをお使いください」
「え?」
「私の予備の名刺入れです」
「そんな申し訳ないです!」
「お気になさらずに、沢山予備がありますから」
「それなら……ありがとうございます」
人の好さそうな男性から予備と言われた名刺入れをもらったが、皮で作らた最高級なものであると会長たちは見抜いていた。奏とコネを作るための露骨な手段ではあるが、奏が困っていたところを助けた体にもなっているので、この程度ならばと見逃された。
権力者達は様々な手を尽くして花ヶ前家と懇意であろう奏と繋ぎを作ろうとする。
「いやぁお嬢様と並ぶと実に絵になりますな」
真夜との仲の良さを見抜き、お似合いだと評することで花ヶ前家からの好感度を上げようとする者も居る。
「お優しそうな方ですね」
単純に奏本人を持ち上げて、奏経由で花ヶ前家とのコネクションの強化を狙う者も居る。
「どのようなご関係の方で?」
率直に花ヶ前家との関係を聞いて来る者も居る。
「(みんな目が怖いいいい!)」
彼らは皆、柔らかな笑顔を浮かべているが、奏には獲物を狙うハンターの目を向けられているように感じられた。そんな裏の気持ちを隠し切れない未熟な権力者達は会長達の手により奏と話をする機会を与えて貰えないのだが。
また、奏が花ヶ前に近しい若い男性と言うこともあり、真夜が傍に居るにもかかわらず娘をあてがおうとした無謀な男性もいた。
「利発そうな方ですな。うちの娘が是非挨拶したいと」
「お引き取り下さい」
「(ぴえっ!?)」
彼は真夜の一睨みで退散させられたのだが、真夜から発せられた一瞬の怒気に奏は緊張とは別の意味での震えが止まらなかった。
その後、途切れることなく人が来るため料理を取りに行く暇が無い奏の元に、メイドが食事を持って来てくれた。会長が話をしている間に奏と真夜は一流シェフが作った料理に舌鼓をうつ。
「(何これめちゃくちゃ美味しい!)」
偉い人達との会話が無ければ夢中になって食べていただろう。だが、この手のビジネス面の強いパーティーは食事よりも話をすることがメインであり料理はそのためのツールの一つに過ぎない。集中して料理を楽しめないことが奏は少し残念であった。
真夜と共に料理の感想を言いながら食事を楽しんでいると真夜の知り合いがやってきたため、二人は食事の手を止めた。
「強羅社長」
「やぁ、真夜ちゃん。こんばんわ。食事中にごめんね」
真夜が小さい頃から社交界で面倒を見てくれた優しい人物、三峰建設の強羅社長である。他の人は真夜のことをお嬢様と呼ぶのに対して真夜ちゃんと親しく呼んでいる点からも、距離の近さが分かる。
「なんだ、ワシより先に真夜に挨拶するのか」
「もちろんですよ。真夜ちゃんは私にとっても孫のような存在ですからね」
「なら仕方ないな」
「でしょう」
『はっはっはっは』
立場に差はあるが、軽口を叩き合える程には会長と仲が良い。
「それにしても本当に無事でよかった」
「もう、それは耳にタコが出来る程聞きましたわ」
「ははは、何度言っても足りないくらいさ」
三峰建設といえば、真夜が誘拐されかけたきっかけとなるパーティーを開催した企業だ。そのこと自体は全く問題が無いはずなのだが、強羅社長は負い目を感じて瀧川女学院に足を運び何度も真夜に謝罪を繰り返した。それだけ真夜のことを大切に想っているのだろう。
「(この流れってもしかして……!)」
奏は彼らの会話を聞いて三人の関係性を漠然とだが理解した。そして次の辛い流れを的確に予想した。
だが、だからといって逃げられるわけが無い。
「そちらが奏さんですかな?」
「はい、佐野奏です」
「私は三峰建設の社長を務めております強羅と申します。先日は真夜を助けて頂きありがとうございます」
「(ぴええええええ!やっぱりいいいいいい!)」
強羅社長は奏に向かって深々と頭を下げ、真夜を救ったことに関する感謝の気持ちを奏に伝えた。
三峰建設といえば三峰グループの中でもカースト上位に位置する企業だ。その三峰建設の社長が謎の少年に頭を下げている。その姿を見て何も思えない無能な人物など、この中には居ない。
幸運にも彼らの会話が聞こえた人達は奏が何故この場に居るのかを理解し、謝罪の意味も納得出来た。だがそうでない人物は奏に対して畏怖のようなものを感じてしまった。興味深げな視線に畏れが加わり、奏の居心地の悪さが跳ね上がる。
「(どうしてこうなっちゃうの!?)」
このままでは単なる一庶民である自分が権力者達に目をつけられてしまうかもしれない。割と正しい恐怖を抱いた奏は慌てて強羅社長に声をかける。
「あ、ああ、頭を上げて下さい!」
「そうです。奏様が困っていらっしゃいます」
「おお、それは失礼しました」
強羅社長が頭を上げたが、会場内の緊迫した雰囲気はほんの少ししか解消されない。雑談するフリをして一言も聞き洩らさないようにと耳をそばだてているのが、社交界に慣れていない奏でさえも分かった。
「(ぴえぇ、クラスのみんなみたい)」
それは偶然にも、クラスでの昼休みの時の風景と似たようなものであり、奏は権力があろうがなかろうが人は強く興味を惹かれたことに対して同じことをするのだなと悟った。
「それでは私は真夜ちゃんにこれ以上怒られる前に退散することにするよ」
「また今度ゆっくりお話致しましょう」
「ええ、楽しみにしてます」
場の空気の変化を読んだ強羅社長は、これ以上このまま奏達の前にいると奏への視線が強くなりすぎることに気が付き、その場を離れて火消しをすることに決めた。何名かに意味ありげな視線を向けてから会場から退出し、しばらく経つと視線を向けられた人物もまた会場から出て行く。恐らくは外で大人のお話があるのだろう。
「優しそうな方でしたね」
「そうなんです。わたくしが小さい頃からお嬢様ごっ……お嬢様としての心構えを教えて下さった恩のある方なのです」
「そうなんだ?」
何を言いかけたのか分からず奏は思わず疑問形で答えを返した。
強羅社長は真夜が小さい頃からお嬢様ごっこの相手をして可愛がってくれた人物である。それが真夜のお嬢様のルーツの一つであるのだが、奏はまだその辺りの事情を全く知らない。
「さぁ、奏様。お食事の続きを致しましょう。お爺様も少しは頂きましょう」
奏から突っ込まれないように誤魔化すためと、奏に再度アプローチしたくてうずうずしている権力者達を躱すために、真夜は食事中であるから近づくなオーラを発することにした。そのまま時間経過により会場の空気が元に戻るのを狙ったのだが、ここで予想外の事態が発生した。




