第十五話 オクトの憂鬱
第十四話に、セレネがハミングで歌うシーンを追加しました。
はい、前回問答無用で語り部を交替させられたオクトです。
いつもは私が錯乱した後に後任が来るという流れでしたが、そのお約束すらスルーされてしまいました。
え? 愚痴が多い? そんな流れは無い? ……はい! この話はやめましょう!
ごほん! え~、シンフォニア様に見破られ、カノン様の名前を公衆の面前で言われてしまいました。
どう考えてもピンチですが、そもそも私達はアンティフォナ家の名でクープランの街に滞在しているのであって、ここにカノン様がいるとは分かっていないはずです。
ですので、しらを切ってこの街を出ようと言う事になりました。
本来であれば、ここは王都とアンティフォナ家の道程の丁度中間点であり、体を休める為に二日間滞在の予定でした。
一日遅れているのもまた事実ですので、ある意味通常の予定通りに戻るのは逆に良い事だといえます。
それに予定が遅れると言う事は、一日多く大旦那様を待たせることになりますので、本家に着いた後の事を考えると、予定通りの方が好都合だからです。
早朝、まだ街が起きてない時間に準備し、門が開くと同時に街を出る。
そんな予定を立てていたのですが……
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「まずは、昨晩の反省をいたしましょう」
いつもより早く皆を起こし、身支度した後に昨晩出来なかった反省会を開催する。
歌を歌いに行った時間帯は、そこまで深夜というわけでは無かったが、全力を出して歌ったゆえなのか、カノンは速攻眠ってしまった。
私に小脇に抱えられて移動したのが、睡眠には心地よい揺れだったらしい。
何やら変な癖がつきそうで、あまりこのような状況に陥るのは勘弁願いたい。
「……わるかったわ」
「では、何が悪かったのかお聞きしてもいいですか?」
「……不用意な発言よ」
「はい、そうですね。シンフォニア様と仲が良いのは、私も喜ばしい事なのですが、発言には重々気を付けてください。わかりましたね?」
「わかったわ。でも私のやった事は良い事でしょ? もし万が一ばれてもそれで相殺じゃない?」
「確かに第三区画の人達にとっては、カノン様を崇めるほどの偉業だったと思います……」
「ほらほら! そうでしょ!」
「ですが! この街を治めているフランソワ子爵からすると、余計な事だったのかもしれません」
「え~、なんでよ!」
「街を治めるというのは、色んな要因があります。普段であれば糾弾されるような行いも、人々をまとめ、導く為には必要な事もあるのです」
オブラートに包み、さらに包装紙もこれでもかというほど包みこんで話す。
さすがにスラムの住人や不信人者を処理しようとしている可能性があるとは言えない。
人を処分する事に慣れさせるのは教育に悪いし、アンティフォナ家の方針に反する。
「そうね……人を殺すのは悪い事だけど、凶悪犯罪者とか処刑して然るべきだわ」
カノンはそう言いながら、昨日から読んでいた、机に置いてあるミステリー小説を見る。
ミステリー小説は、教育的に有りか無しか悩んだ末、有りを選んだことに若干後悔した。
店員の言葉を信じずに検閲すべきだった。
あの店員は、お子様でも読めるミステリーです。情操教育にも役立ちます! と言っていたのに、まさかカノンの口から、「人を殺す」「凶悪犯罪者は処刑」という言葉を聞くことになるとは……許してはならない。
「ど、どうしたのオクト?」
王都にある行きつけの書店にいる店員を、頭の中で処刑していると、カノンが無言になった私に不安を感じたのか、確かめるかのように聞いてくる。
「出来ればあまり「殺す」や「処刑」という言葉は使わないでください。令嬢としては口に出すべき言葉では無いかと……せめて「あやめる」や「処断」等の言葉をお使いください」
「あっ、うん、わかったわ」
「ふぅ……色々と小言を言いましたが、私が言いたい要点は、他の貴族が治めている地でわがままを通すのであれば、ちゃんと隠し通すように努力してください」
「わかったわ」
「えぇ~……」
ローレインが呆れる様な顔で、気の抜ける様な声を出している。
マチは何も気にせず宿を出る支度を黙々とこなしている。
何も問題は無いようだ。
「ではそれを踏まえ、今日はこの街から逃げます。留まって疑われるくらいなら、さっさと逃げましょう」
「当然ね!」
こうして反省会は幕を閉じる。
早朝から動く予定は昨晩わかっていたので、軽食を包んでもらっているので受け取りに行く。
その間にマチとローレインが馬車を宿の前に準備する。
カノンを馬車に乗せようとしていると、白銀の長い髪の女性が宿の前に立っていた。
どこかで見た記憶があるな、と見ているとこちらに近づいてくる。
前回、エウテという変態の襲撃があったので、警戒してカノンの前に出る。
「申し訳ございません。わたくしセレネと申します」
「……どのようなご要件でしょう?」
「不躾なお願いなのですが……音楽隊にわたくしを入れて貰えませんか?」
このセレネという人物は私達の事がばれている。
どうしてばれたかと女性の顔を見ながら思案すると、昨晩の事を思い出す。
そういえばシンフォニアと一緒に馬上に居た人に似ている。
「わ、私達は関係ないわよ!」
隠し事が出来ないカノンがどもりながら答えてしまう。
いや、わかってはいるが、努力をしているのを見て取れるので、腹芸は今後の課題としておこう。
慌てるカノンの代わりに答える。
「申し訳ありませんが、私達はあの集団とは関係ありません」
「シンフォニアちゃんが嘘をついていないなら、あの金色のうさ耳の子はカノンちゃんなのですよね?」
侯爵令嬢と辺境伯令嬢をちゃん付けで呼ぶとは……いや、そういえば、セレネという名に聞き覚えがある。
確か聖歌隊首席もセレネという名だったはず、しかもそのセレネという人物は、アケローオス公爵家の当主の二人の娘のうちの一人。
しかし何故そんな大物が……と、そこまで思い出すと、このまま宿の前で話し込むのは目立ちすぎる。
早朝なので人通りは少ないが、それでも人が居ないという訳では無い。
このままではいけないと思い、カノンに耳打ちする。
(取りあえず馬車でお話を聞きますか?)
「ええ、わかったわ」
「ではセレネ様、馬車の中にお願いします」
「ありがとうございますね」
別に音楽隊に入れるわけでもないわけだが……
まあ説き伏せれば良い事だ。
カノンとセレネを馬車に乗せ、マチに目線で馬車を走らせないように合図をする。
やれやれ、という目線を向けられるが、私のせいでは無いので非難は受け付けない。
「それで何故音楽隊に入りたいのかしら?」
「わたくし、もっと自由に歌を歌いたいのです。聖歌以外の普通の歌もです!」
ふむふむ、とカノンが頷く。
あれ、これはもう面接になっていないだろうか。
カノン的には音楽隊の人数をもっと増やしたいだろうから、こうなる事を予想するべきだった。
「あの~カノン様? 私達じゃないって否定する流れでしたよね?」
「シンフォニアは私に嘘をつかないから、否定できないじゃない」
くぅ! シンフォニアとは喧嘩をしたり、張り合ったりするが仲が良い事が裏目に出ている。
「ですが……こう何度も身元がばれるのはあまり……」
ローレインの時は私が原因でばれたのであまり強く言えない。
しかし今回はカノンが原因でばれたので、そこを責めてみる。
「そこは私も懸念しているわ」
「アンティフォナ領まで着くまで、歌う事も自重してもらうのが一番かと」
「でも歌うチャンスが転がっているなら、私は拾いたい!」
力強くそう言いきるカノン。
セレネの事を忘れて話しこんでいたが、カノンの発言を聞いたセレネが急に会話に参加してくる。
「それですわ! だからこそわたくしは聖歌隊を辞めて会いに来たのですわ!」
「「え?」」
驚きの余り、カノンとはもってしまった。
聖歌隊首席が何故聖歌隊を辞めてまでこちらの、なんちゃって音楽隊に入りたいと言っているのだろうか。
意味が分からない。
「あの~つかぬことをお聞きしますが、何故、聖歌隊を辞める必要があるのでしょうか?」
「聖歌ばかり歌わされるのは少々不満が……それに規律などの聖歌隊の対外的な対応などが、わたくしの思い描く聖歌隊では無いのです」
「ふむふむ、確かに聖歌隊の選曲は静かな曲が多いみたいね。それにきびしい規律もあるからちょっと息苦しそうと私は思うわ」
聖歌隊に入ろうと画策していた時に調べたのか、カノンが相槌を打っている。
「そうなのです。さらに言うと服装も皆一緒で花が無さ過ぎるのです!」
「そうでしょうそうでしょう。私達の衣装は「不思議の国のアリス」を題材に作っているから、花はあると思うわ」
「そして最後の問題があるのです……」
先ほどまで感情豊かに目をキラキラさせて語っていたが、一転してセレネの顔が曇る。
なにやらシリアスな場の雰囲気に呑まれ、カノンと共にゴクリと喉を鳴らす。
「わたくしの歌は……人を魅了してしまうのです……」
「……どういう事ですか?」
「わたくしは、歌う技術以外も必要だと思い、歌に感情を込めようと試行錯誤していると、人を魅了できるようになりました」
「人を思い通りに動かせる、と言う事ですか?」
「少し違いますけど、概ねその通りです。わたくしの歌に聴きほれている時に簡単なお願いなら聞いてもらえる、という程度です。完全に魅了するわけではありません」
「……一度聞いてみたいわね」
「確かに興味はありますが……色々と危険ではないでしょうか?」
「うん! 私は聞いてみたい!」
カノンの好奇心に火が付いてしまった。
私も興味があるのは否めない。
ローレインの歌にも妙な力があったのだ、他にそんな力を持っている者がいてもおかしくはない。
しかし魅了の力とは、その力次第ではかなり恐ろしい力だ。
だがそれは、セレネが言っている事が本当の話であれば、だ。
二人に分からないように、上備している耳栓をこっそりと耳に装着する。
「わかりました。が、私はセレネ様が音楽隊に入るのは反対です。セレネ様は大物すぎます」
「え~」
カノンが残念そうな顔で、私に避難する声をだしている。
「ですから、一度セレネ様に小さな声で歌ってもらい、私に音楽隊に入っても良いと言わせられれば、私は全てカノン様の決めた事に従います」
「お~」
話が分かる、とカノンが嬉しそうな顔でこちらを見ている。
表情がころころ変わって可愛らしい。
「セレネ様もそれで良いですか?」
「その勝負、お受けしますわ」
セレネの声が少しこもって聞こえる、どうやら了承してくれたようだ。
歌声が耳栓に引っかかり、その魅了の効力が発揮しなければ簡単に勝てる。
それすら超えてヤバそうなら、全力で耳を塞げば歌声は聞こえないはずだ。
正直に言うと、セレネという存在は有名すぎる。
公爵令嬢の娘で、聖歌隊首席、見た目も美しく、当然有名で人気もあるしファンもいるだろう。
そんな人物と一緒にあんなことをしたとして、ばれないだろうか、もしくは、ばれた後私達はどうなるのだろうか、という不安がある。
もし慎ましくこの音楽隊をやっていくのであれば、セレネの参加は見送るべきだと思う。
「では、歌いますわね」
こうして、馬車の中でのみのセレネ単独公演が始まる。
【Freut euch des Lebens】
人生を楽しみたまえ
ランプがまだ燃えているうちに
バラをつみたまえ
しぼまないうちに
花のトゲを見つけては
人は悩み苦しむ
咲きかけのスミレに気付かぬままに
人生を楽しみたまえ
ランプがまだ燃えているうちに
バラをつみたまえ
しぼまないうちに
外に漏れ出ない程度に抑えられたセレネの歌声が馬車の中に広がる。
耳栓をしたとはいえ、多少は聞こえるのは仕方が無い。
所詮は柔らかい物を耳に詰めただけだ、全部防げるとは最初から思っていない。
だが、そんな事より、セレネから放たれる歌声が耳に心地よい、脳に響く。
耳栓を取り、直に聞きたい衝動が沸き起こるが、これはセレネと私の勝負なのだ。
これ以上旅の道連れをを増やしてはならない。しかもこんな有名人と一緒など目立ちすぎる。
だとしても、セレネの歌声は素晴らしい。
耳栓を越えて私の耳に入る歌声を聴いていると、空に浮かぶ雲に体を沈め、ふわふわと漂っているかのような錯覚を覚える。
否応なく力が抜けていき、このまますべてを委ねてしまいそうだ。
「ふぁ~」
という気の抜けた自分の声を聞き、唐突に意識が戻る。
完全に負ける一歩手前だった。
これは卑怯だが、両手で耳を塞ぐ作戦を決行するしかないと思い。
手に力を入れるが動かない。
何故だ、と目線を下に落とすと、カノンのにやけた顔が見える。
あら可愛い、と一瞬思ったが……
そう、私の手は膝の上に置いていた。
その膝の上にあった手をカノンが取り、空いた膝の上に仰向けになり頭を乗せ、私の両手を握りこんでこちらを見つめていた。
「いつの間に!」
「こんな事もあろうかと思って」
カノンが私の驚いた声に返答する。
こんな時だけ行動が速い。
そもそもカノンの妨害は最初から織り込んでいた。
全力で縮こまり、座席の間に座り込めば、カノンの馬鹿力だとしても多少は耐えられる予定だった。
私達護衛の身体能力も、大旦那様であるヴァイス様にしこたま鍛えられているので、簡単に負けるほどやわではない。
それにそんな状況になったとしても、カノンは本気の力で引き剥がす事はしないとわかっていた。
だが、縮こまろうにもカノンの頭が膝の上にあっては無理だ。座席の間に移動する事も出来ない。
真正面からカノンと力比べをしても負けるのは目にみえている。
後は私の意識が、セレネの歌声の魅力に耐えきれるかどうかの勝負になってしまった。
だとしても、私はそう簡単には負けない!
「はっ!」
気が付いたら勝負は既についていた。
思い出すと「私はセレネ様の参加について何も意見しません」と言った記憶がある。
自分の記憶に愕然としていると、カノンが何事も無かったかのように言う。
「オクト、もうクープランの街は出てるわよ」
外を見ると、すでに街中の風景は見えず、街道と畑しか見えない。
「くっ! 抗えなかった……」
こうなった流れも全部思い出せるのが辛い。
普通にセレネとカノンの言葉に、はいはいと従っていた。
過去の自分を殴りたい。
「これからよろしくお願いしますね」
私が肩を落としていると、セレネが満面の笑みを向けてくる。
このやり取りも一度やっているのだが、正気に戻ったと分かったセレネが、改めて挨拶してくれたようだ。
「オクトもそんなにがっかりするような事じゃないでしょ。だって最悪バレそうな時はセレネ様に歌ってもらえば全部解決じゃない」
「……人道に反しませんか?」
「そうですわね。少々罪悪感がありますが……わたくし達がそれで自由に歌えるなら、全て問題無いですわ」
「はぁ……しかし、セレネ様が本気で歌われたら、色々と問題がありそうですが……」
「あ~それはですね、きっと大丈夫ですわ」
「何故でしょうか?」
「貴女方がクープランの街で歌っていた時に、実際に小さな声で歌ってみたのですが、シンフォニアちゃんは反応しませんでしたから」
「あ~、それもあって音楽隊に入りたかったわけですね」
何となくセレネという人物がわかって来た気がする。
「はい! 例え歌う場が少なくなっても、回数より質の方がわたくしにとっては大事ですので」
「……そうですか」
もうどうにでもなれの精神だ。
ここはもう何も考えずに事実を受け入れよう。
そう自分の心に言い聞かせていると、カノンとセレネが今後について話し合っている。
「ではわたくしは、一体何の衣装を貰えるのでしょうか?」
「そうね…チェシャ猫……いや、人の心を掴めるのだから、ハートの女王の方が合ってそうね」
「ふふふ、ハートの女王ですか、衣装はもちろん?」
「ええ、用意できてるわ。微調整は必要だけどね」
会話内容に思わずため息が出る。
「はぁ……」
何も考えたくない。
取りあえず後三日でアンティフォナ領に着く。
後はもう野となれ山となれだ。
そんな私の苦悩を嘲笑うかのように、二人は楽しそうに歌を歌い出した。
打ち解けるの早すぎだ! と心の中で叫ぶ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
はい、結局私の精神が摩耗する話になりましたね。
事件が事件を呼び、厄災は厄災を呼ぶのですかねぇ……
はぁ……
あと皆さまもお気づきかもしれませんが、カノン様にセレネ様の誘惑攻撃は効かなかったみたいです。
後でカノン様に何故魅了されなかったのかお聞きした所、「精神力?」という回答を貰いました。
ええ、そうですよ、私の精神力はこの旅中いつも枯渇気味でしたからね。
そりゃ簡単に魅了されますよ、ええ……
ちなみにこの後、ローレライは馬車の中には戻らず、御者台に避難したままでした。
なんというか危険に対する嗅覚があるというか……さすが女の子一人で旅をしていただけあると思いましたね。
二人の歌(精神攻撃)を一人で耐える私。
どうですか? 貴方なら耐えられますか? いつもこんな役ですよね……私って……
さてさて次の街では何が起きるのでしょうか。
また私の胃が荒れるような事が起きるのでしょうか。はい! 起きるんでしょうね。ええ。
ヒントはハートの女王の服です。
ではまた会う日までお元気で。
「Freut euch des Lebens」(人生を楽しみたまえ)
ドイツの民謡です。この曲を原曲にした日本のリコーダー曲「あの雲のように」もあります。
小学校の音楽の授業でならうこともあるそうです。
日本語版の歌曲「白ばらの匂う夕べは」もある有名な曲です。
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