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流し目に睨みつけられ、翁は扇いでいた扇子で己の口元を隠し、ほぉ、と声を漏らした。
「聞いていたと思うが、土御門はぬらりひょんを追ってこの藩に来たらしい。十中八九間違いないと思うが、一応訊こう。陰陽寮に入ったのは、翁、あんたか?」
「あぁ、間違いなく儂じゃ。やはり京の菓子は良いのぉ。あれはなかなかに美味じゃった」
「やはりか」
もしかしたら、という希望も虚しく、土御門の話の妖怪は翁だった。伊織は求めてもいない菓子の感想を嬉々と語る翁に頭を抱える。
土御門と言い、翁と言い、自分の周りに現れるのは、こんな奴らばかりなのか。
しかし、これで土御門と翁は絶対に会わせてはいけないと伊織に確信させた。もし出会ってしまったら、土御門の性分として周囲を気にすることなく動くことだろう。何より、翁と関わりがあることを知られれば、自身もどうなるか分かったものではない。下手をすれば、陰陽寮から何かしらの裁きが下されかねない。自分だけではなく、本家に迷惑をかけることになれば。
伊織はそれ以上考えるのを止めた。どう考えても悪い方向にしか転びそうにない。
「翁、以前俺とした約束、覚えているか?」
「当然じゃ。『奉行所の人間の飯ならば好きにしてくれて構わない』というやつじゃろう?」
「それな、反故にしてくれていいぞ」
「ほぉ。その心は?」
「土御門がこの家にいる間、この辺りに顔を出さないでほしい。叶うならば、他所で飯泥棒の話も上がらない方が望ましいが」
伊織は顎に手をあて、難しい表情を浮かべる。翁の欲求に副った良い案が、浮かばない。翁は、ふむ、と声を漏らし、思考を巡らせてから口を開いた。
「良かろう。土御門がこの家にいる間、儂は異世にでも引っ込むことにしよう。さすればお主にも迷惑はかからんじゃろう。儂がこの藩におらぬと分かれば他所より妖怪の数の少ないところに陰陽師が留まる理由もなくなる。さしもの陰陽師もこの地より去り、より勝手ができるようになるというものじゃ」
「いや、今後勝手を許すとは一言も」
「そう決まれば早速」
「待て。まだ話は終わっていない」
畳みかけるように被せ合った会話を、伊織は語気を強めて断ち切った。翁は、まだあるのか、と不服そうに眉間に皺を寄せる。会話の応酬に口を挿めなかったすゞはおろおろと二人を交互に見るばかりだ。
「すゞを式神にという話なのだが、式神とは、例えは何をするものなんだ?」
伊織が問いかけるように二人を見遣れば、すゞは困ったような笑みで首を傾げている。それを見た翁が肩を竦め、仕方なさそうに口を開いた。
「儂もなったことがある訳ではないから詳しくは分からぬが、式神は主の命には逆らえぬ、便利な小間使い、といったものらしい」
「小間使いというより、用心棒みたいだったが?」
「ああいう使い方もするんじゃのぉ。儂が京で見た式神のほとんどは女中や下男、小間使い、といった者の仕事ばかりしておった。人と違って金もかからぬし、丁度良いのかもしれんな」
「今と大して変わりませんね」
「給金が無い、という点を除いてな」
「故に、そう気張ることもないじゃろう」
翁はそう言うと襖とは別の側の障子を開けた。月が出ている方角ではない為、それほどではないが、月明かりが入り込み、翁の顔に影を作る。
「では、またの」
そう言葉を残した次の瞬間には、翁の姿は影も形もなくなっていた。
音もないまま二人は暫く翁の開けた戸の隙間から外を眺めていたが、不意に伊織が欠伸を零した。
「もう休むか」
「そうですね」
すゞは翁の出ていったであろう障子戸の方から廊下に出た。
「おやすみなさいませ」
「あぁ」
障子は静かに閉められ、都の向こうから雨戸を閉める小さな音がする。障子越しの月の光もなくなり、真っ暗になった部屋に一人残された伊織。
一先ずの悩みから解放された彼は、糸が切れたように、ばたりと床に倒れ、すぐに眠りについた。
お読みいただきありがとうございます。
いえ、分かっています。10日が昨日だということは。
苦しい言い訳をしますと、交互出勤が長く続き、久方振りの一週間の連勤に、四日で音を上げたのです。
帰宅後、夕御飯を食べるまでは覚えていたのですが……。
思い出したのは、今日目が覚めてからのことでした。
お待たせいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
待っていて、くださっていることを、期待してしまいます。
次は、必ず20日に更新いたします。




