21-(1)
翌朝、佐吉が伊織の屋敷に着いたのは、日が昇り始めたころである。以前の、すゞの不在の時のようなこともなく、雨戸はすべて開けられ、台所からは朝餉の味噌汁の匂いが漂っている。
奥の木戸から敷地に入った佐吉は、丁度井戸端で顔を洗っていた己の主人に出くわした。
「おはようごぜぇます」
「おう、佐吉か」
濡れた顔を首にかけていた手拭いで拭いながら欠伸をする伊織に、また夜更かしでもしたのか、と佐吉は冷めた視線を送る。しかし、返ってきた視線もまた、軽蔑を含んだものだった。
「昨日は勝手に帰ったようだな」
一瞬、何の話か分からなかったが、思い当たった佐吉は、あっ、と声を漏らした。
確かに彼は昨日、伊織の帰宅に同行しなかったどころか、帰宅した伊織も出迎えず、あまつさえ帰宅の許可なく自分の家に帰ったのだ。これでは伊織に責めるような目を向けられても仕方がない。
「申し訳ございません。ですが、奉行所に迎えに行った時には既に旦那様はお帰りになられた言われましたし、何やら慌てていらしたとか。下手に追いましてもご迷惑になるかと思いまして、帰らせてもらった次第で、へぇ」
腰を低く謝りながらも、言い訳をはする。朝っぱらから小言など、御免被りたい佐吉は、頭を下げつつ次の言い訳を考えていた。今ので駄目なら何かないだろうか、と。
彼の思惑を見抜いてか、気付かずか。伊織は呆れたようなため息を一つ零すと、まぁいい、と言葉を続けた。
「正直、昨夜はお前がいなくて助かったところもあるからな。ただでさえ厄介な状況に、お前がすゞの時のような口の挿み方をしていたら、更に拗れていただろう」
苦虫を噛み潰したような表情の伊織に、佐吉は首を傾げる。
「昨夜、急遽この家に客人が泊まることになった。俺が奉行所を慌てて出たのも、その関係だ」
「客人ですか。それはまた、誠に急なことで」
「奉行に申し付けられたことでもあるので、無碍にはできんし、色々厄介なんだ」
嫌そうであることを隠そうともしない自分の主人に、佐吉は何と言っていいものか困り、曖昧な相槌を返すしかない。頭の中では客人がどんな人物なのか、色々想像する。
「先に言っておくが、翁のことは一切客人たちには話すな。口が裂けてもな」
「それは、お客様は妖怪が見えない方、ということですか?」
「いや、逆だ。妖怪が見えるどころか、詳しい」
「では、何故ですか?」
「何でもだ。絶対に守れよ」
そう言うと、伊織は賄い場の入り口から家へと入る。佐吉もその後を追う。
佐吉には、伊織の意としていることが、まるで掴めない。何がしたいのか、何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「それで、佐吉。あの客人たちがこの家にいる間、彼らの身の周りの世話をお前に頼む」
佐吉が伊織の視線を追い、家の中に目をやれば、賄い場から続く部屋に、客人たちはいた。
白い衣を着た、明らかに町民ではない身なりの人物と、その下座に赤と青の肌をした普通より二回り以上大きな、角をはやした大きなものたち。目の前の男は、自分にあの普通ではない者たちの世話をしろと言っている。
「鬼っ!」
佐吉はそう叫ばずにはいられなかった。伊織やすゞだけでなく、座敷の者たちも、彼の声に反応して顔を向けてくる。
「おい。今のは鬼に言ったのか? 俺に言ったのか?」
「どっちもですよ」
佐吉がそう声を荒げている心中を、この場で一番察していたのは、人間ではないすゞだった。
お読みいただきありがとうございます。
この夏、やけに妖怪関係のドラマや特番などを見かけた気がします。
アマビエ効果でしょうか。自分としては嬉しい限りです。
妖怪博物館も紹介されており、広島や鳥取など中国地方に行きたいと思う一方で、この現状ではまだまだ難しそうです。
注目が集まったお蔭で様々な妖怪関係の情報が手に入るようになりましたが、もう少し早く知りたかった、と言うのが本音でではあります。
関東にいる時に民俗博物館に行かなかったのも後悔しかありません。
後悔先に立たず。思い立ったが吉日。と、言うことでしょうか。




