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文七の言葉に怯えるようにあざみは帯を更に腕の中へと掻き入れる。伊織は帯についてそれ以上は触れず、彼女に断ることなく部屋へと入った。
「ちょっと! 勝手に入らないで!」
あざみは慌てて伊織へと手を伸ばすが、腕に抱えていた帯や小間物が片腕になったことで零れ落ちる。再び拾おうとしている間に伊織は鏡台の前へしゃがみ、その上にある櫛や簪を覚書と見比べる。
覚書にあった物とそうでない物は半々というところだった。部屋持ちなほど人気はあるのだから、盗んだものばかりでなくてもおかしくはない。鏡台に無く覚書にあるもののほとんどは今あざみの腕の中か押し入れの中だろう。
ひとまず鏡台の上にあるものの中で覚書にあるものと特徴を同じくしている物を拾い、文七ときくの前へと持っていく。
「これらに覚えは?」
「持っていた物に似ているとは思いますが」
「曖昧なものでなく確信が欲しいんだが」
「箱でもあれば裏書で確信が持てますが、箱が無いものがほとんどですし、もしあったとしてもきくに贈る時大抵箱から出しておりまして」
「なら何故それを今言った」
苛立ちのあまり伊織は手に持っていた物を勢いに任せその場に叩きつけたい衝動にかられた。しかし他人の私物であると同時に盗みの証拠物かもしれない物を衝動だけで壊す訳にはいかない、と考えを頭から追い出す。
贈った文七も贈られたきくも、今一つ確信を持てずにいる。一つでも、そうだ、と言えたならば、それを糸口に切り崩すことができるかもしれないというのに。伊織はなんとか思い出してもらおうと頭を捻るも妙案らしい妙案は出てこない。
あざみの抱える帯を指して詰めようか、とも考えるが反物は同柄が他にも売られやすい。道を歩いて同じ柄の着物や帯を見ることなんて珍しくない。核心をつくには説得力に今一つ欠ける。
ぱらぱらと覚書をめくってみても何も思いつかない。伊織は深いため息をつき、覚書を文七へと押し付けた。
「えっと、花菱様?」
「何か思い出せ。何かないのか?」
「何か、とは」
「例えば、ほら、お前の店でしか扱っていない品があるとか、一点ものとか、そういうのだよ」
「一点もの、ですか」
伊織の言葉で何かを思い出したのか、文七は受け取らされた覚書へ目を通し始める。きくへ目を向けるが、こてんと首を傾げてみせただけで伊織の欲しい答えはくれなかった。
頼みの綱と考え込む文七を見守っていると、突然、あっ、と声を上げた。思いがけない声量にその場にいた全員が驚き、文七へと視線が集まる。
「これです、これ。ありました」
「あったっていうのは何が」
「花菱様が先程仰っておられた一点ものです。出入りの職人に頼んだものが一つだけありました」
「どれだ」
「これです。この簪です」
文七が指差したのはある簪の記述。平らな飾りのついた平打簪で、菊と鶴の柄とある。わざわざ菊の柄を選ぶあたりはきくへ贈ることを意識してのものとひしひし伝わってくつ。しかし菊と鶴の組み合わせは言うほど珍しいものではない。
「これがどうした」
「思い出したのです。この簪、身請けにはまだ金子が届いていなかった時、身請けの約束に贈ったもので、菊と鶴とそれから稲も入れて作ってもらったものでして」
そんなもの特注で作ってないでその金を身請け代に回せよ、という無粋極まりない言葉は、伊織も流石に飲み込んで、話に相槌を打つに留めた。
「きくさんと稲鶴屋の私が一緒になれるように、と。職人さんには、青い、と頼む時に笑われました」
そうだろう、と伊織は黙って頷く。同じように頷いているゆかりが伊織の目端に映った。視線をやれば、目が合ったゆかりは改めて大きく頷く。心は伊織と同じと見える。
きくはというと、口の前に両手を当てて息を呑み、やけに感動していた。どうやら彼女は簪の意味に気付いていなかったらしい。今まで気づいてもらえなかった哀れさたるや。それでも今知ってもらえただけ良かった、と思うべきなのか。所詮伊織にとっては他人事でしかないが、同情は禁じえなかった。
菊と鶴の組み合わせはあっても、稲までとなるとまず見かけない意匠の組み合わせだ。それこそ文七ときくでなければ意匠の意味がない。しかし、伊織が鏡台から持ってきた中にも、鏡台の上にもそれらしい簪はない。そうなると残る在り処は一つ。あざみの手の中である。
毛倡妓は行く末を見守るかのようにあざみの横から動かない。
伊織は持っていた小間物をきくへ渡すと、あざみの隣に片膝をついた。
「聞こえていたな」
「知らない。これは私の物で」
「確認させてくれ」
「嫌よ。何で見せなきゃいけないの」
「あざみ、お願い。見せてちょうだい」
ゆかりも声を掛けるがあざみは廊下側へ背を向けて拒絶を示す。優しく説得して穏便に事を進めるべきだと伊織も分かっているが、今回の事件で何一つ上手く事が進んだ試しが無く、いい加減うんざりしてきていた。
「これ以上ごねるのでしたら、力づくで確認させてもらいますが、よろしいか」
伊織の確認の言葉にあざみの返事はない。黙殺を決め込もうとしているのは明らかだ。
「確認はしたぞ」
そう言って伊織ははみ出している帯を勢いよく曳いた。
男の力に女が敵う訳もなく、帯はあざみの手を離れ、同時に腕の中に抱え込んでいた小間物が床へとばら撒かれる。
その中に菊と鶴、そして稲のあしらわれた平打簪があった。
お読みいただきありがとうございます。
スライディング投稿、と命名しようか、なんて思っています。
後書も行間も間に合っていない投稿。もはやギリギリアウトなのでは、とも思えなくもない……。
一応日付を越えてないから良しとすることに勝手に決めようかと思います。
作中、あざみの「知らない。これは私の物で」と入力している時、脳内で力を失った荒れ地の魔女の「これはあたしんだよぉ」という台詞があの声で何度も再生されました。
これは、ジブリで育った日本人あるあるなのでしょうか。
10/1 本文及び後書一部改稿しました。




