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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第八幕——〇〇〇(??????)
299/303

72-(3)

 毛倡妓が立ち止まった、ということは、この中に下手人がいる、ということなのだろう。



 果たして本当にそうだろうか。彼女がただ謀ってきただけ、ということもあり得る。対価も渡していない、行いに利があるとも思えない妖怪の言葉をどこまで信用して良いものか、伊織は測りかねる。


 部屋の前まで来てしまったが、今ならまだ引き返せる。何も無かったことにできる。


 その躊躇が障子に掛ける伊織の手を止める。



 そんな彼の葛藤などお構いなしに、毛倡妓は部屋の中へと入っていった。障子も開けずとも通り抜けができるところは、流石妖怪といったところだろう。


 中に入った毛倡妓を連れ戻すべきか。戻すにしてもどう戻すのか。中にいる人物に妖怪が見えているとは限らない。もし見えていなければ伊織の行動はさぞ奇異に映ることだろう。





 そうして何もできないまま、障子の前で立ち尽くしていると、中から小さな悲鳴が聞こえた。次いで何か硬く小さな物たちが床に落ちる音がする。


 伊織は慌てて障子を開けた。


 中にいたのは女が一人。押し入れの前で小間物をかき集めている所を見るに、しまっていた物が落ちたのだろう。鏡台の上にもいくつか櫛や簪が置かれていた。人気のある部屋持ちにしても随分数があるように見受けられる。


 肝心の毛倡妓はというと、女の隣、押し入れの前に立っていた。状況からおそらく押し入れの中から物を落としたのは毛倡妓の仕業なのだろう。


「大丈夫ですか?」


 どうしたらいいのか分からず伊織はとりあえず女に声を掛ける。女は血の気の引いた顔で伊織を見て、あの、その、とどもるばかりで何も答えない。



 手伝いに入るべきか。



 そう思い部屋に踏み込もうとした時、後ろからゆかりが顔を覗かせた。先程聞こえた呼ぶ声は空耳ではなかったようだ。


「あざみじゃない。一体どうしたの?」


 伊織が振り返ればゆかりの後ろからきくや文七も追うように部屋の前へ来ていた。


 ゆかりの言葉から目の前にいるのはあざみという女だということが分かる。以前ゆかりの言っていた部屋持ちの飯盛女の一人であるのは間違いないようだ。


 あざみはゆかりの問いにも答えず、ずっと目を泳がせたまま動くこともしない。ただ隠すように小間物を腕に抱えている。


 再び毛倡妓が動く。


 押し入れの中に手を伸ばし、ゆっくりと帯を引っ張り出した。帯は自重でそのまま床へ落ちる。畳まれていた帯は床に当たった反動で広がり、その柄を全員の目の前に晒す。毛倡妓の姿は伊織以外には見えていない為、不自然でも帯が勝手に押し入れの上段から落ちたようにしか他の人には見えていないだろう。


「これは」


 帯を見た文七が声を漏らす。声に反応してあざみ慌てて帯を腕の中へ掻き集めるが隠しきることはできない。


 隙間から覗く帯を見て、それ、とき(・)く(・)が声を上げた。


「私の帯」


「違っ」


 きくの言葉をあざみは慌てて否定するが、中途半端なまま飲み込んでしまう。否定しきれないということは、肯定しているようなものだ。


 一度疑念を持ってしまえば見え方は変わる。


「あざみ姐さん、もしかして、それって」


「そっ、そんな訳ないでしょう。勿論私の物に決まっているじゃない」


 動揺をから立ち直ったあざみが今度ははっきりと否定の言葉を口にする。しかし疑いの目はもう変わらない。


「でも」


「たまたまっ、たまたま似ているだけでしょ。勝手に人を盗人扱いしないでくれない? そもそも失くしたのだってあんたがしっかり管理してなかったのが悪いと思うんだけど?」


「それは」


 今度はきくが口籠る。人気のあるあざみがきくと似た物を持っていたとしても何らおかしなことではない。そう言われてしまえばそれまでだ。物に名前が書いてある訳ではないのだから。


 沈黙が広がる中、あざみが鼻で笑う音だけがはっきりと聞こえる。ゆかりも何か助太刀できないか口を開くも、何も言えないままとなってしまう。



 伊織は部屋を一通り見回し、何かあざみを問い詰める材料はないか探す。


 視線を動かしている中で、毛倡妓と目が合った。髪に隠れて見えない筈の目と、一瞬確かにかち合ったのだ。驚きのあまり息を詰まらせる。毛倡妓は何も言わずゆっくりと手を正面まで上げ、真っ直ぐ伊織を指差した。正確には伊織の胸のあたりである。


 伊織は毛倡妓の示すまま懐に手を入れた。指に紙の束が触れ、取り出す。開けば、昼間文七に書いてもらったき(・)く(・)への贈り物の一覧である。


 今日の今日手に入れたものにも関わらずその存在を知っている毛倡妓に、このふじやで知らないことなどあるのか、と恐ろしさすら感じてしまう。


 覚書に目を通せば、帯と書かれた項目があった。他にも床や鏡台に転がる小間物と同じような品についても書かれている。それも一つ二つどころではない。


「おい、文七」


 伊織は己の口で詰めず、一呼吸置いてから文七へと声を掛ける。


「はっ、はい」


「お前、きくに帯贈ったな」


「はい」


「色と柄、覚えているか」


「ええ。きくに贈るなら、と、黒地に菊柄の物を。丁度あれと同じようなものを」

お読みいただきありがとうございます。


惜しい。あとちょっとで間に合うところだったのに……。

最早RTAと化しているきがしないでもないですが。いえ、そんなつもりは全然ないんです。本当に。


筆の遅さはどうすればいいのでしょうか。

他の作者さんはどうしているのでしょうか。

社会人、あるいは学生としての生活を送りながら、小説を書くなんて。他にも趣味などあるでしょうに。

どうやって時間を捻出しているのか。ここまでくると中山七里方式で寝ていないとしか思えません。

世の中は超人ばかりですね。


9/21 一部訂正いたしました。

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