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伊織の問いに毛倡妓は何も答えない。変化したように見えたく口元も髪に隠れ、もう確かめることはできない。
彼女が何を見聞きして、何を知っているのか。教えるつもりは無いのかもしれないとすら伊織には思えてきた。ただ揶揄ってきたに過ぎないのではないか、と。すゞも毛倡妓という妖怪はただ妓楼にいるだけの存在だと言っていた。
つまりそういう事なのだろう。人の理の外にあり、人と同じ感性を持っている訳ではなく、己の利が無ければ行動しない。同情で無償で手を貸してくれる、なんてことはまずありえない、ということだ。
「知りたいか?」
毛倡妓は同じ言葉を繰り返す。そう問うてきている間は疑問に答えるつもりはまだあるのかもしれない、と伊織は最後にもう一度だけ尋ねることにした。
先程のような曖昧なものではなく、端的に。
「ここで働く飯盛女のきくの持ち物が立て続けに無くなっている。盗んだ下手人を知らないだろうか。もしくは、彼女の物がどこにあるのか、それだけでも知っているなら教えてはもらえないだろうか」
真っ直ぐ、おそらく彼女の顔があるであろう場所を見つめ、問いをぶつけた。
手掛かりがない以上、藁だろうと妖怪だろうと、縋れるものには縋る所存である。
だが、伊織の思い虚しく、毛倡妓は何も答えなかった。乱れた髪で表情を見ることも叶わず、彼女から何も知ることはできない。
やはり妖怪か。
伊織は心の中でそう吐き捨てると、毛倡妓を残しその場を離れることにした。
毛倡妓から顔を逸らし、一歩、きくたちのいる部屋へと足を進める。
すると、毛倡妓から二歩分離れた。
伊織の目端にも毛倡妓が動いたのが辛うじて見えており、二歩目へ踏み出そうとしていた足が止まる。振り返ると、更に一歩分毛倡妓は音も無く遠退いていた。
動くと思えなかった毛倡妓が歩いている。それだけのことが伊織を十分に驚かせる。
「おい」
伊織が声を掛けるも毛倡妓から返事は返ってこず、すっと遠くなっていく。たまらず毛倡妓に近付きもう一度、おい、と声を掛け、今度は肩を掴む。明確に引き止める言動をとってみせても毛倡妓は振り返らなかった。ただ伊織に聞こえるか聞こえないか程の声量で何度も繰り返し呟く。
「知りたいか?」
毛倡妓は構わずまた一歩と進む。伊織の手が振り払われた訳でもないのに手が毛倡妓から離れてしまう。
彼女は、毛倡妓は、答えようとしているのだろうか。伊織の先程の問いに、言葉ではなく行動で。下手人の所へ、あるいは品々のある場所へ、案内しようとしているのか。
何も言わない、何も明確な答えを示さない妖怪を信じるのは難しい。妖怪の性質によっては騙すことが常な者もいる。牛鬼のように人を害することが当たり前な者も。
だからこそ伊織はあと一歩を躊躇ってしまう。だが毛倡妓は一歩また一歩と遠退いていく。
迷っている暇はない。
伊織は覚悟を決め、毛倡妓の後を追う。彼が決めたのは信じることではない。もし何があっても、何もなくても、揶揄われようと、その時はその時だ、と諦めることを決めたのだ。
後ろから、花菱様、と呼ぶ声が聞こえた気がしたが、伊織は振り返らなかった。今は毛倡妓を追うことが優先である。
毛倡妓の後ろをついて歩き、店の中を進む。目的地は案外近かったのか、毛倡妓はすぐに立ち止まった。
目の前にはぴったりと閉められた障子戸。今伊織たちがいるのは部屋持ち三人の部屋のある場所。目の前の障子戸は正にそのうちの一室の前である。
お読みいただきありがとうございます。
久し振りにてっぺん越えなさそうです。何と志の低い事でしょうか。
『(偽)聖女の巡礼』の方などは更新しようしようと思ううち、二十日を過ぎようとしています。
目標にしている文字数が『雲居藩妖怪抄』の二倍ですから、順当といえば順当なのかもしれませんが。
これから打ち込み頑張って一両日中に更新しようかな、と思っています。はい。




