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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第八幕——〇〇〇(??????)
297/303

72-(1)

 有言実行と言うべきか。昼番終わりの伊織を座敷で出迎えたのは、きくだけでなく文七もであった。そして、当然のようにゆかりまでいる。



「お勤めご苦労様でございました」


 文七の労いの言葉に苦笑で返し、伊織も部屋に入った。


「来るのが早くないか?」


「いえ、花菱様からもお許しがいただけましたので、待ちきれなくて暖簾をしまう前に出てきてしまいました」


「親父さんには叱られなかったのか?」


「さぁ。帰ったらお説教が待っているかもしれませんが、まぁ、それはそれということで。今を楽しみましょう」


「そういうのを逃避って言うんだろう」


「さぁ、酒。酒にしましょう。花菱様も来たことですし。ね」


 文七は伊織の提言を聞き流し、手を叩いて男衆を呼ぶ。タダ酒が呑めるとなれば伊織も黙るしかない。内から出てくる他の言葉を飲み込む代わりに大きなため息を吐き出した。


 文七の金払いの良いことを分かっているふじやはすぐに酒を彼の目の前に並べる。太客もとい上客への扱いは違うのだと伊織は思い知った。当の文七は扱いの差など知らないのか、それとも知らないふりをしているのか。何でもないことのように杯に手を伸ばす。


「さぁ、呑みましょう。話はそれからです」


 きくが文七へ酒を注ぎ、伊織の目の前にはゆかりが徳利を翳し、無言で酒を勧めてくる。当たり前のように伊織の隣に侍っているが、本来この場にゆかりは呼ばれていない筈だ。少なくとも伊織は呼んでいない。


「ゆかり姐さん、なんでいるんですか?」


「なぁに? 私はいちゃいけないって言うの? 私のこと嫌いになった?」


「いや、そんなことはあり得ませんけれど。香代も無しに来過ぎじゃないのかな、と。女将さんに叱られません? 俺のせいでゆかり姐さんが折檻なんて勘弁してくださいよ」


「あら。心配してくれるの?」


「そりゃ、まぁ」


「あら、ありがとう。でも大丈夫よ。今日のところはしっかりいただいているから」


 ゆかりはくすくすと笑い、伊織の持つ杯を酒で満たす。


 誰が金を出したのか、など訊くまでもなく文七だろう。きくの分を出すのはまだ分からないでもないが、まさかゆかりの分まで出すとは伊織も思わなかった。それ以前に、きく以外の女を呼ぶこと自体考えてもいなかったのだ。


 これまでゆかりがいたのも、彼女が勝手に押しかけてきていたこともおかしな話だった。


 なんにせよ、これまでタダで座敷についてくれていたゆかりに漸く香代がついたのだから良い事ではある。伊織の解消が無い事が改めて認識されたこと以外は。


 きくの失せ物と下手人探しは最早ただの名目に成り下がっている。


 手掛かりも碌に無く、思い当たるような宛すらない。きくの送別の為に理由をこじつけて毎日会いに来ていると言われても強く言いか返せない。


 それくらい伊織たちはなんの成果も挙げていないのだ。




 酒が進み、酔いが回る。


 どう物を探すのか、どう下手人を見つけるのか、そんなことを口にする者はいなかった。場に水を差してしまうことが分かっているから。


 言いはしないが、名目としているだけあって、皆の頭の片隅にはあり続けていた。





 伊織が酒の席の途中で厠に立った。廊下では料理や酒を忙しなく運ぶ男衆たちと何度もすれ違う。障子に遮られたそれぞれの部屋の賑わいが耳に心地よく響く。


 不意に耳の近くで何やら呟く声が聞こえた。


 突然の声に驚き、聞こえた声がした側の横を見ると、目の前に毛倡妓(けじょうろう)が立っていた。鼻先が触れ合わん程の近さに思わず後退る。


 先程まで毛倡妓の姿はどこにも無く、ましてや真横になどいなかった筈だった。だが、毛倡妓は廊下に佇んでおり、何を言っているのか分からない程小さな声でぶつぶつと呟いている。


 あれだけ近くに現れたのだ、何か伝えたいことがあるのかもしれない。


 そう思い、伊織は今まで見えないふりをしていた毛倡妓におそるおそる声が聞き取れる距離まで近づいた。判然としなかった言葉がはっきりとしていく。


「知りたいか?」


 毛倡妓はただそれだけを何度も繰り返していた。何を、とは言っていない。毛倡妓が何を知っていて、何を教えようとしているのか分からない。


 だが、もしかしたら、という期待が伊織の胸に去来する。常に舟宿の中に立ち続けている毛倡妓なら、と。


「知っているのか?」


 伊織がそう口にすると、長く乱れた髪の奥で彼女の口元がにやりと歪んだように見えた。

お読みいただきありがとうございます。

また、新たに評価ありがとうございます。


この時間はまだ夜なのでしょうか。それとも朝なのでしょうか。

予定がある日は事前に予約投稿しておくのですが、昨日はいつの間にか眠ってしまい、深夜に目を覚ますという状況に。

予定を鑑みて再度寝ることにしましたが、あのまま起きておくのが正解だったのかもしれません。

正直、この後寝るのかも迷っています。

朝に起きられるのでしょうか……。


『(偽)聖女の巡礼』の投稿を開始しました。

この作品と打って変わって異世界ものとなっております。

よろしければ覗いてみてください。

あちらの更新もそろそろしなければ……。

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