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色や酒の絡む場というものと諍いは切っても切り離せないものである。だからこそ力ずくで制圧できる男衆が店に常駐して目を光らせているし、度が過ぎた客は店から出禁をくらう。勿論一件で揉め事を起こせば、軒を連ねる一帯の店からも軒並み断られることになる。質の悪い客を入れない為にも店同士噂が回るのは早いという訳だ。
だからこそ客自身も遊べなくなる危険を冒してまで騒ぎを起こすことはしない。金ないし権威を以て穏便に事を収めようと裏で手を回したりはする。そうして色街の平穏は表向き保たれている。
それら全てを承知していても揉め事荒事が絶えないのが夜の街というものだ。
伊織たちのいる部屋に男が乗り込んできたことも、よくあることと言ってしまえばそれまでだが、こと武士の客の部屋となると話が変わってくる。商人町人百姓といった身分と帯刀を許される武士とでは身分に大きな隔たりがある。たとえ金に困って食い詰めた武士が商人に頭を垂れることがあったとしてもだ。
追いかけてきた男衆は慌てた様子で男を部屋から引き離そうと掴みかかり、その後ろからは店の主までが追いかけてきた。男の怒鳴り声は店中に響き渡り、部屋から廊下に首だけを覗かせて様子を見ている。
「若旦那、どうぞ落ち着いてくださいませ。他のお客様のご迷惑になりますので」
店主が諫めようとするが、男は聞く耳を持たず男衆たちを引きはがそうと必死である。
一方乗り込まれた伊織たちは男の勢いに呆気にとられていた。店が押さえきれずに部屋まで辿り着かせてしまった事実に、彼の執念と本気具合に感心せずにはいられない。
伊織が黙って眺めている様が、感心ではなく怒り故だと店主には映ったのだろう。これまで以上に顔を青くし、騒ぐ男そっちのけで伊織の前へ滑り込むように土下座した。
「申し訳ございません!」
伏したまま腹から出された謝罪の声に男の動きが止まる。店主が頭を下げた先を見て、男は驚きと共に冷静さを取り戻した。
己が乗り込んだ部屋にいたのは何者だったのか。
理解した男は言葉を失い、抵抗していた体の力を抜いた。血の気の退いた顔面は青を通り越して白くなっている。
動かなくなり、暴れることはないと感じとった男衆たちは男を解放する。
解放された男は覚束ない足取りで伊織の方へ近づき、崩れ落ちるように店主の横へ膝をついた。
「お武家様がいらっしゃるとは露知らず、お騒がせ致しまして大変申し訳ございませんでした」
畳へ額を擦りつける程に深い土下座をされ、伊織は何と言うべきか頭を悩ませた。
店主は謝罪を口にしたが、許しを請いはしなかった。町人という立場上、城に上がれるほどではないにしても勤めを持つ武士からどんなお咎めだろうと拒む事はできないと悟っているのだ。たとえ斬られても仕方がない、と。
彼らの覚悟も理解しているが、伊織自身男が乗り込んできたことに驚きはしても怒ってはいない。しかし、あっさり許しても立場というものがある。
どこを落としどころとし、どう伝えるべきか、悩めば悩む程に分からなくなってきた。
黙っている姿が圧力となり、より重い手打ちがなされるのではないか、と二人を震えさせる。
困っていると、不意に手を触れられた。手の持ち主を見ると、きくだった。今にも泣きそうな顔で伊織を見つめてきている。重ねられた手が小さく震えているのが伝わってくる。
「花菱様、どうかお目溢しいただけませんでしょうか。文七さんも気が急いていただけで、悪気は無かった筈です。どうか」
きくにしてみれば本心からの懇願だったのだろうが、伊織はこれ幸いと彼女の願いに乗っかることにした。
「きくにそう乞われては断れないな。きくの顔を立て、先程のことは目を瞑ろう」
「かたじけのうございます」
店主と男は改めて伊織に頭を下げた。雑ではあるが決着のつけ方としては悪くはないだろう。
店主は男衆を引き連れ部屋を辞し、男だけが伊織の前に残された。顔色が多少戻っていても委縮していることに代わりはない。
「それで、こいつは誰だ」
「文七さんは、私を身請けしてくださった方です」
お読みいただきありがとうございます。
世の中は梅雨入りしたそうです。
言われてみれば確かに雨が降る日が増えた気もします。
台風もありました。
基本室内に籠って仕事をしていると、途中で晴れただの、雨脚が強くなっただの、そんなことは全く分からないものです。
天気に左右されないのは良い事ですが、気温と気圧は流石に室内にいても影響を受けてしまいます。
気圧関係なく、朝早起きするのは、やっぱり苦手です。




