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翌日。伊織がふじやに行くと、座敷と呼ぶには狭いいつもの部屋にきくが既に待っていた。ただいつもと違うのは、きくと一緒にゆかりがいたことである。
「ゆかり姐さんまで。昨日言いましたが、ゆかり姐さんまで買える金は持ち合わせていませんよ」
「分かっているわよ」
襖を開けたまま廊下に立っている伊織をゆかりが部屋へ入るよう手招きをして促す。
彼女の隣に座っているきくに視線を流せば、一つ頷かれただけだった。きくにはゆかりをどうすることもできず、伊織もまた彼女に従うようにするべきだ、と頷きと目で伝えてきている。
伊織も大人しく従い部屋に入った。未だ懐事情に不安を抱えているからか、無意識に財布の収まっている懐に手を当ててしまう。あまりにも金の心配ばかりする伊織の様子にゆかりはけらけらと笑い、大丈夫よ、と言いながら伊織を無理やり上座へと座らせた。
「話が終わったらすぐに出ているから、今日は私が勝手に顔を出しただけ。香代は取らないようちゃんと言っておくから」
「本当か?」
「そんなにしけた事ことばかり言うものじゃないわよ」
「けち臭かろうとこっちにしたら死活問題なんだよ。雀の涙の禄で食っていかなきゃならないのが武家ってもんなんだ。金があるのは一部の上役だけなんだからな」
「商人の方が余程贅沢しているかもしれないわね」
「そうだろうよ」
「その点きくはいい男に身請けされると思うわ」
「それは同意する」
「え?」
伊織とゆかりの掛け合いが続くのかと思っていたところから、急に水を向けられたきくは気の抜けた声を漏らす。ぼんやりとどこともなく虚空を眺めていたところから二人へと顔を向ければ、二人してにまにまと生暖かい笑みを浮かべてきくを見ていた。
「だからこそ、ね」
「あぁ、一日でも早く下手人を捕まえないとな」
二人の言葉に嬉しくなり心が温かくなったのを感じる一方で、胸にわだかまりのようなもやつきをきくは覚えた。
正直なところそのもやつきの正体に心当たりはある。心当たりがあるからこそ、深く突き詰めてはいけない、と直感で思った。
きくは胸の内から目を背け、わだかまりなどおくびにも出さず、満面の笑みで礼を口にした。
「それで、ゆかり姐さんは二人の姐さん方に話聞いてきてくれたんですよね」
「勿論よ」
「流石ゆかり姐さん、仕事が早い」
「もっと褒めてくれてもいいのよ」
「で、どうでした」
「ちょっと」
ゆかりは口を尖らせてみせるが、彼女が戯れにやっていることと分かっている伊織はどこ吹く風というように話の先を無言で促す。効果が無いことに肩を竦め、ゆかりは記憶を辿るように斜め上に視線を向けた。
「あざみは話を聞きに行った時は眠そうにしていたわ。客がない時は基本寝ている子だから、その時も寝ていたんだと思うの。怪しい人とか物音とかも寝ていて聞いていないと思うって言っていたわ」
「よくそれだけ寝ていられるな」
「客の前では甘え上手で物腰の柔らかな女って感じだけどね。客前では気を張る分、部屋でくらいだらけていたいみたい」
「つまり客のない時のことは知らない、と」
「そうみたい。なつめは、知る訳ないでしょ、って怒鳴られたわ」
「怒鳴られたって。それもそれで飯盛として大丈夫なのか?」
「なつめ姐さんは気の強い人だから。姐さんだけでなく、私たちや男衆にも当たることもしょっちゅうで」
「本当に大丈夫なのか、それは。客から文句の一つや二つ出るんじゃないか?」
やや諦めたように言う二人に伊織は訝し気な表情を見せる。聞けば聞くほど客商売に向いているとは思えない。
「客の前だと凛として芯のある女って感じだから。それに、少しくらい気の強い方がいいって男もいるから」
「三人で客の住み分けができている訳だ」
「そうなるのかしら」
伊織の心証として、ゆかりは姉さん気質で男が甘えることもできれば、対等に話もできる学のある女性だ。部屋持ちの三人はそれぞれの色を出して、客層を分け商売をしているのだろう。
日頃の様子と客前での行儀良い姿の差は、いよいよ役者の域とも言えるものである。
それが悪い訳ではない。客がついており、客が満足しているのだから、客に見せる姿の真偽など関係なく正しい事ですらある。
ところで、とゆかりの話を頭の中で一巡りさせた伊織が切り出した。
「部屋の中はどうでした? 見せて貰えました?」
お読みいただきありがとうございます。
現在本職の方が正月並みの繁忙期を迎えています。
正直しんどいです。
そして、そういう時ほど捗るのは何故なんでしょうか。
自分にとって創作がガス抜きや精神安定の役割を果たしているということなのでしょうか。
逆説的に考えれば、常に仕事が忙しけれ創作が滞りなく紡げるということなのか。
とも考えましたが、寝ないと生きていけない体なので、繁忙が過ぎれば筆が止まるのだろうと思います。
何事もバランスが大事ということなのかもしれません。




