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狭い部屋の中で繰り広げられた喧嘩は男衆がなんとかきくと相手を引きはがしたことで一先ず騒ぎは収まりを見せた。引き離された当人同士は犬猫のよに威嚇し合ったままではいる。
既に伊織が店に来ていたこともあり、きくは伊織と部屋に入れられた。これから客である伊織の相手をする為に説教も折檻も先送りになってはいるだけで伊織が帰った後に待っているのは明らかだ。
しかし、きくの目下の怯えは先の折檻ではなく、目の前の伊織による説教であった。
上座に座り、脇息に体を預け、煙管を咥える姿を前に、きくは正座で身を小さくしている。
「俺は、大人しくしていろ、と言わなかったか? 勝手に動いたりするな、と。言ったつもりだったんだが、伝わっていなかったようだ」
煙管の雁首を落とす音がいつもより良く響いているようにきくには聞こえた。音に過剰に反応し、びくりと身を固くする。反省はさせたかったが、必要以上に怯えさせるつもりの無かった伊織はきくの反応を見て、立っていた気を内に収めた。
「言い訳があるなら聞くぞ。どうして喧嘩なんかしたんだ」
「だって、ふようの奴が」
そう言ってきくは不貞腐れたように唇を尖らせる。ふようというのは先程まできくと取っ組み合いの喧嘩をしていた相手のことだ。
「ふようがどうしたって?」
「花菱様からいただいた簪をつけようとしていたら、横から口出してきて。『そんな不相応なもん持ってたら、また失くして返ってこなくなるんじゃないの』って。その上『あたしの方が似合うんじゃない?』って、簪を取ろうとするもんだから、かっとなっちまって。これまでのも全部ふようじゃないのかって問い詰めようとして、それで」
「取っ組み合いになった、と」
「はい」
経緯を一通り聞き、伊織は煙草の煙を肺腑いっぱいに吸い込む。
聞いてしまえば、実に些細な火種である。これまで持ち物をあれこれ盗まれていたところに嫌味を言われた上、目の前で持ち物に手を出されかけたのだ。いつもなら水に流せるようなことも、今回は流せなかったのだろう。
「それにしても俺の渡した簪は撒き餌だと言っただろう。敢えて盗ませて後からきっちり落とし前を付けさせれば良かったものを」
「それは、そうなんですが」
「撒き餌を奪われるのを惜しんでどうする。餌の意味がないだろう」
「はい」
きくの声がどんどん小さくなり、肩身狭そうに俯いていく。これ以上責めるのも気が咎めるが、安易に許しては叱っている意味がない。
どこを落としどころにするべきか頭を悩ませ、伊織は黙ったまま動かなくなってしまった。煙管の中の葉はとっくに燃え尽きてしまっている。
静まり返った部屋の中、きくが伊織の様子をちらちらと窺っていると、前触れもなく廊下側の襖が開けられた。立っていたのは着物を緩く身に纏わせた女が一人。不意に開けられたことにもだが、想像していなかった人物に伊織は目を丸くした。
「舟宿とは思えないくらい辛気臭いことになっているわよ」
「ゆかり姐さん、ご無沙汰で。どうしてこちらに」
「かわいいきくがいじめられていないか見に来たの」
「いじめてませんよ」
「どうだか」
ゆかりは一瞬視線をきくへと移し、すぐに伊織へと戻す。
未だ客が入り始めていないとはいえ、いつまでも廊下に立っているのは目立つので、ゆかりは部屋の中に入り、後ろ手で襖を閉めた。そのまま伊織に近付くのかと思いきや、きくの傍らに座り、包み込むように彼女の両肩に手を添えた。
「相変わらず女心を分かったふりして分かってないのね」
「何の話ですか」
「贈り物は大切よ。特に男から贈られた物なら。こんな商売だったとしてもね」
「いや、その簪は下手人を見つける為の餌で」
「関係ないの。どんな理由であれ、贈り物は贈り物だもの。ねぇ?」
ゆかりの賛同を求める問いにきくは何度も頷いて同意を示す。それでも何かしら異を唱えようとした伊織だが、ゆかりの一睨みで引っ込めざるを得なかった。
伊織は昔からの付き合いのあるゆかりには頭が上がらないのだ。ある種の師弟関係のようなものである。
伊織は反論を諦め、わざとらしい咳払いの後、ところで、と切り出した。
「ゆかり姐さんはきくの持ち物が盗まれていることについて何か見聞きしたりしてないか? 女将さんや男衆より同じ飯盛の方が知れることもあるんじゃないかと思うんだが」
「残念ながらないね。あざみやなつめにも訊いておこうか? 同じ部屋持ちの私のほうがきくや伊織が訊くより訊きやすいと思うし」
部屋持ちとは、きくのような一つの部屋を他の飯盛女と共有する相部屋ではなく、個室を与えられ、そこで寝起きしている者のことである。今この店にはゆかりを含め三人が部屋持ちである。
お読みいただきありがとうございます。
5月ですね。そう、5月。
ここまでくると一日を更新日に据えようかとすら思えてきます。
しかし、そうすると、1の付く日の夜に更新が延び、また、翌日に延び、を繰り返す気がします。
「いつでもいいよ」を本当にいつでもいいとしてしまうような人間なもので。
更新するする詐欺みたいな状況に同情交じりにでもお付き合いいただければと。
伏してでもお願いしたいくらいです。
どうしたらこの性質を改善できるのか。
根本的解決方法はこの世に存在するのでしょうか。




