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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第八幕——〇〇〇(??????)
283/303

68-(3)

 すゞの質問に伊織は虚を突かれた。伊織が目を瞬かせた先ですゞはまっすぐに見つめてきている。


 偽りなく、心からの言葉なのだろう。


「別に、絶対に俺でなくてはならない訳じゃないが」


「でしたら奉行所としてお調べできるようなさるか、どなたか別の方に頼まれてもよろしいのではないですか?」


「さっきも言ったが、お店としては大事にしたくないから内々に片付ける為にも奉行所に訴え出てくることはない。それに俺でなくても良いとは言ったがな、これは俺がやりたくてやっていることだ」


「どうしてそこまで」


「身請けされればこれまで通り会うこともできなくなる。せめて最後に餞としてこれくらいはな。折角のめでたいことなんだから心穏やかに、後腐れなく店を出て欲しいじゃねぇか」



 同じような言葉の繰り返しだとしても、伊織はどうしてと問われれば何度でも同じ理由を返すだろう。伊織にとって嘘偽りのない本心なのだから。


 伊織は心からきくの身請けを祝いたいと思っているのだ。



 穏やかな笑みをたたえる表情から、この場にいないきくへ向けられたまなざしから、伊織の気持ちを感じとったすゞはそれ以上の追及を思い留まった。


 すゞはなんとか胸の内で折り合いをつけ納得したが、信乃は未だ得心には至っていないらしく、訝しむような、不満気な表情を浮かべる。


「ですがやはり、毎夜舟宿に通うのはやり過ぎでは?」


「そうですか?」


「そうです。これではまるで、先程仰っていた兄上様のように、ただ遊びたいだけのようではありませんか」


「確かにそう思われても仕方ない行いをしていたことは認めます。しかし、こういったことは時間と根気を要するものです。以前兵衛と信乃さんの汚名返上に動いた時もそうです。一日二日で全て解決とはならず、何日も方々手を尽くしてようやく事を収めるに至ったのですから」


 矢筈荘助とのことを持ち出されると、信乃には弱いところだ。兵衛や伊織だけでなく、他にも協力を得て救ってもらったことは事実で、己のことに多くを巻き込んで迷惑をかけてしまった自覚はある。



 だが友であるすゞの為にもここで躊躇う訳にはいかない、と自らを奮い立たせた。



「だとしても、もう少し家人に配慮であるとか、何かなかったのですか。説明もなく不安にさせるだけさせて。家の主としての自覚を持つべきではありませんか」


「それはごもっともです」


「信乃様、もうこれ以上は。私も話を聞き納得いたしました」


「本当に良いの? 文句言うなら今よ」


「文句なんてそんな。お伺いしたいことは聞けましたので」


「まぁ、すゞさんが良いなら、良いのですが」


 信乃は渋々矛を収めることにした。すゞが良いと言っている以上、信乃に言えることはない。


「今後はきちんと信乃さんに話すようになさってください。女中とはいえ共に暮らしているのですから」


「心に刻みます」


「これ以上私が口を挿むことではありませんので失礼いたします」


「佐吉に送らせます。それと、このことは兵衛には」


「兄上様には黙っておきます。これ以上遊び歩かれては、嫌ですから」


 信乃は少し口を尖らせ、すぐに伊織の目から逃げるように部屋から出た。見送りの為あとを追えば、正面で佐吉が既に待ち構えていた。帰る素振りを見せた時点で、すゞが呼びに行っていたようだ。






 信乃が帰った後の家は野分後のように静かだった。


 いつもなら帰宅後すぐひと眠りするところを阻止され、長々と話をしたお蔭で目が冴えてしまい、今から寝る気にはなれない。伊織はすゞに声を掛け、遅めの朝げにすることにした。



 賄場に立つすゞを居間からじっと眺める伊織。視線に照れながらも彼女はしっかりと用意を進めていく。


 逆にすることのない伊織の方が手持無沙汰となり、何か話でも、と考えだす。そして、一つ気に掛かっていたことがあったのを思い出した。


「なぁ、聞きたいんだが」


「何でございましょう」


 伊織の問い掛けにすゞはまな板から顔を上げる。調理の手を止めようとするすゞを作業に戻るように促し、話を続けた。


「舟宿で人のような妖怪を見かけたんだ」


「人のようなとは、どのようなものでしょう」


「女なのはなんとなく分かるんだが、髪が長くて、ただ廊下に立っている。人かとも思ったんだが、他に見えている者がいないから妖怪かと思うんだが。分かるか?」


「おそらくですが、毛倡妓(けじょうろう)という妖怪かと」

お読みいただきありがとうございます。


新たにブックマークいただき、ありがとうございます。

数字が増えていくのを見るたびに励みになっております。


なっているのですが……。

もう言い訳の仕様もないほどに遅れました。

原稿が今日の今日まで終わっていなかったのもさることながら、原稿を書いているうちに数時間寝墜ちていました。

睡魔というものは本当に恐ろしいですね。

今丁度読んでいる小説の中にも出てきたのですが、魔とつくだけあって睡魔は容易には避けられぬものですね。

ただ、寝墜ちていたお蔭か、今は頭がはっきりしていて、このまま眠れるのか少し不安ではあります。

明日も仕事だというのに。


さて今回、漸く妖怪の名前が出てきましたが、言い訳を並べ立てたせいかまあまあ長い後書になってしまいましたので、毛倡妓の説明は次回以降させていただきたく存じます。

次こそは、と毎回言っている気がしますが、次こそは頑張っててっぺんを越えないようにしたいと思います。

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