68-(1)
「見損ないました、伊織様!」
伊織がふじやへ通いはじめて数日が経った頃の朝方。奉行所の夜番明けの彼を家で出迎えたのは仁王立ちの信乃だった。
これから寝るつもりで気を抜いていた伊織は、予想していなかった出迎えに驚き、あったはずの眠気はどこかへ吹き飛んだ。ちらりと信乃の後方にいるすゞへ目を向けると、申し訳なさそうに委縮していた。
信乃の此の行いにはすゞが何かしら関わっているらしい。
「これは信乃さん、朝早くからお越しいただいて。うちのすゞと仲良くしていただいて恐縮です。兵衛の奴なら夜番ではありませんでしたので、今頃は奉行所にいるかと存じますが、今日はどのようご用向きで」
抜けきっていない眠気と、仕事明けの睡眠を遠ざけられたことへの若干の苛立ちを滲ませ、慇懃な口調で取り繕ってみせる。しかし伊織の厭味は信乃に通じなかった。
仁王立ちのまま信乃は見下すように鼻を鳴らす。
「すゞさんに聞きました。近頃毎晩のように遊び歩いているようですね」
「昨夜は勤めだったのですが」
「昨夜の話だけをしているのではございません。毎夜女を買いに行くなど何を考えているのですか」
「兵衛はいいのですか?」
「兄上様の話をしているのではありません。伊織様、あなたの話をしているのです。これまでは兄上様であったり、他の方との付き合いでそういったところへ行かれることもあったのでしょう。しかし、兄上様に聞けばこのところ一緒に行っていないとのこと。まさか誰かに入れ揚げているのですか。遊びも過ぎれば身を滅ぼすと言います。伊織様はもう少し家を顧みるべきではありませんか。一人帰りを待つすゞさんのことも考えてあげてください」
言いたいことを言い切って満足したのか鼻息を吐く。
数日前に聞いたような話を捲し立てられた伊織はため息を吐きそうになるが、慌てて飲み込んだ。今ここでため息などつこうものなら言葉攻めが続いてしまう。
奥にいるすゞは信乃を宥めようとするも何も言葉が出ないままあわあわとしている。
伊織にしてみれば随分と的外れなことを言われている気分だ。遊んでいるつもりは一つも彼には無いのだから。
しかし信乃に本当のことを言えば兵衛にも知られかねない。それは伊織としても、ふじやにしても避けたい話。
ただ、そんなことはどうでもよくなるくらい、信乃の小言という名の勝手な言い分は煩わしく感じさせた。
そもそも帰宅一番する話でもなければ、長さでもない。
「信乃さんの仰りたいことは分かりましたので、いい加減家にあげていただけませんか」
そう。伊織はまだ草履を脱がせてすらもらえないのだ。敷台の上から一方的に詰められる状況に、眠気も相まって伊織はそろそろ限界を感じていた。
「言い訳されるおつもりですか」
「言い訳、と言われてしまうと確かにそうなんだが。こちらにも事情があるんです」
「女遊びを正当とする事情とはなんですか」
「それを説明するから。いい加減上げてくれないか」
信乃は不服と言わんばかりに口を尖らせるが、説明することを良しとは言いはしない。
すゞも己の愚痴のような相談がまさかここまで拗れるとは思っておらず、どうしたら良いのか分からないまま何もできずにいた。信乃がすゞの為と色々言ってくれている手前、伊織に助け船も出せない。
「そもそもここは俺の家であって、あなたの、三石の家ではないんですが」
「そ、それは、そうですが」
語気の強い正論に気圧され、信乃の声が尻すぼみに小さくなっていく。仁王立ちして胸を張っていた最初とは違い、肩をすぼめて縮こまっている。
「舟宿にいく事情についてはお話ししましょう。長くなりますので中で話すでよろしいですね」
「はい」
正面に陣取っていた信乃が一歩下がり、伊織は漸く草履を脱いで自宅に上がることができた。
お読みいただきありがとうございます。
あと一歩ながら間に合いませんでした。申し訳ありません。
前回に比べれば少しは進歩したのでしょうか。
自分には甘々評価で少しずつ元の調子に戻していこうと思います。
ここ数日花粉が凄いです。
花粉症である自分は毎日毎夜鼻詰まりと目の痒みに苛まれています。
体のだるさもあり、辛い日々です。
今年は一段と花粉が多い気がします。
今シーズンでティッシュ箱が何箱消費されるのか。




