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食事を終えればすぐに仕事に出なければならない。身支度をする伊織に姫は未だ長々と説教を続ける。彼女があれこれというお蔭か、他の付喪神どころかすゞすら何の文句も口にしてこない。口にはしないが不服があるのはすゞの表情から明らかである。
天井の隙間や柱の陰から覗く付喪神たちも思うところがあるのは視線から感じとれた。
「悪いが今夜も飯の用意は必要ない」
「承知いたしました」
平素のような返しではあるがすゞの声は明らかに沈んでいる。
伊織は、少しでも何か気持ちの軽くなるようなことを言い加えるべきか、とも考えたがすぐに心の中で否定した。
すゞも付喪神たちも伊織が昨夜どこへ行っていたのか知っている。そして今夜どこへ行くから夕げが必要ないのかも理解している。何を言ったところで女遊びの良い訳にしかならない。
何も言わずにいると、足先に何かが当たる感覚があった。
見下ろせば、足袋の上から親指を蹴る姫の姿。小さい体で威力もなく、痛みを感じはしないが地味なくすぐったさが伊織を襲う。
「姫、そこにいられると蹴ってしまいそうなんだが」
「坊はいつからこんなに不良になったの」
「足を蹴るのは良いのか」
「お仕置きだからいいの。どうせ痛くないし」
「もう出るからどいてくれ」
「遊びで身を滅ぼして、家財と一緒に売り飛ばされるなんて御免だから」
「想像力豊かだな。そうはならねぇよ」
「どうだか。溺れたらすぐよ、すぐ」
「はいはい」
説教のような文句は熱弁の甲斐なく右から左へと聞き流される。小さな攻撃を続ける姫を伊織は片手で拾い上げ、すゞの胸へ押し付けた。落とさぬようすゞは慌てて姫を受け止める。
「旦那様」
「気にせず先に休んでくれて構わないから」
「はい。お気をつけて」
後ろから姫の声がし続けるも、伊織が振り向くことはなかった。
日中、見廻りをしながら伊織の頭の中にあるのはきくやふじやのこと。
目的は金目の物か。単にきくへの嫌がらせか。身請けされることへの嫉妬か。
思い巡らせたところで理由は下手人にしか分からない。今はどうやって下手人を捕えるかを考える方が先決だ、と伊織は結論づけた。理由など捕えてから聞けばいい。
ふと、小間物屋が目に入る。
金目の物が狙いなら、きくに簪の一つでも贈って下手人が動いたところを捕えるのも一手ではないか、と考えたのだ。
一瞬、家に簪の付喪神がいないか、と考えてしまい、頭の中から急いで追い出す。妖怪うを頼るのに気が引ける、というのもあるが、家の物ということは、母親か祖母の使っていた物ということになる。見つけるどころか自ら盗人の手元から戻ってきてくれるとしても、撒き餌とはいえ使い古されたものそ女に贈るというのは流石に気が咎めた。
店に入り、それなりに目立ちそうな簪を選ぶ。下手人の目に留まらなければはじまらない。伊織の懐には痛手だったが、これも解決の為には必要な出費だ、と己を納得させた。
夜になり、ふじやへ行くと女将がすぐに出迎えてくれた。上客を出迎えているような振る舞いだがそうではない。昨晩伊織が頼んだ調べ事の報告の為なことはすぐに分かった。
女将曰く、客にも他の女たちにも盗みの被害に遭った者はいなかったらしい。きくだけを狙った犯行だということがこれで分かった。
二階へ上がり、部屋に通されると既にきくが待っていた。裂けも料理も伊織胃の後ろから追って入ってきてすぐに並べられる。上客のようなもてなしだが、膳も酒も大した量もなく、部屋に女は一人だ。
「そうだ。きく、これを」
伊織は、忘れないうちに、と懐から簪を出した。
「花菱様から贈り物なんて久し振りだ。どういう風の吹き回しで」
「それをできるだけ身に着けて過ごせ。俺から貰った、というのも忘れずにな」
「どうしてそんなことを」
「下手人を釣る為の餌だ。金目の物を欲しがっているだけならそれを狙うだろう。良い値したしな」
「餌、ですか」
「その簪を見る目が他と違う奴がいれば教えてくれ。勝手に動いたりはするなよ」
「はぁい」
きくは不服そうなのを隠そうともしない返事をする。拗ねてそっぽを向く彼女に伊織は首を傾げた。
お読みいただきありがとうございます。
今日は本業が休みだったので昼まで寝ていたら、一日が凄く短くてびっくりしました。
睡眠しっかりとったので、今は意識バッチリで、まるで日中過ごしているかのよう。
忙しい時の方がしっかり事前に原稿書いて更新予定日中に更新できるのかもしれません。
なまじ時間に余裕があるから駄目なんでしょうか。
今更アルセウスにハマったのが駄目なんでしょうか。
こんな自分の短編が月間ランキングにずっとランクインしている事実は嬉しさ通り越して驚愕でしかありません。
嬉しくはあります。勿論。
応援いただきありがとうございます




