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「何やっているんだ? こんなところで」
話を聞かれたのかと女将と伊織は緊張したが、兵衛の言葉で聞かれていなかったのか、と安堵する。女将と目だけで互いの意志を伝えあ合い、確かめるように小さく頷きあった。
「決まっているだろう、きくの話だ」
伊織があっさりときくのことを口にしたので、女将は驚いて見開いた目を伊織へ向けた。話が違う、と無言の非難を浴びせてくる。
伊織も無言のやり取りで的外れな意図を受け取った訳ではない。先程までしていた話を兵衛に漏らすつもりは伊織にも勿論ない。
あえて少しの本当を混ぜた方が嘘だと気付かれにくいのだと分かっているのだ。
「ほら、きくが身請けされるって話」
「あぁ、きくに聞いたのか。めでたいよなぁ」
「だろう」
伊織はにやりと口角を上げると、女将へと顔を向けた。兵衛に話してしまわないか、と気を揉んでいた女将は突然向けられた顔に過剰に反応してしまう。
「きくへの祝いは先程話した通りで構わないよな?」
「は、はい。あの子も大変喜びます」
「では、そのように。また来る」
「はい、お待ちしております」
兵衛には何も伝わらない形で最低限話を終わらせ、伊織は部屋を離れる。その際、兵衛の襟を掴んで引っ張って行くことも忘れない。さっさと番頭に支払いを済ませ、店を出た。
出る直前、ふと振り返って店の中を見る。入口から真っ直ぐ廊下の突きあたる奥、昨夜立っていた女の妖怪の姿は無かった。
空は白み、今日もまた仕事があるという現実を突きつけてくる。桟橋には舟に乗り城下町へと戻る男たちが列をなしていた。いくつか舟を見送り、伊織たちも乗り込む。
「きくの祝い、何にしたんだ?」
伊織が朝日に目を細めていると、兵衛が、帰り道の雑談に、と先程の話を振ってきた。勿論真実は言える訳もない。わざわざ先程誤魔化した意味がなくなる。だが適当に嘘をついたところで、後日嘘と知られ問い詰められても面倒だ。
「別に何でもいいだろ」
よって伊織ははぐらかすことに決めた。
「長いこと馴染みだったんだろ? 適当なもので済ませる、なんてことはないよな」
「だから、俺が聞くにどんな祝いを渡そうがお前には関係ないんだから、何でもいいだろ。何をそんなに聞きたがるんだよ」
「別に、ただなんとなく、気になっただけで」
「どうせ俺の真似してとか、一枚噛んで安く済ませようとか、そんなところだろ」
「違っ」
図星を突かれたからか、兵衛が慌てて言葉を詰まらせる。このまま話を祝儀の内容から逸らせるのでは、と伊織はわざとらしいため息で呆れている雰囲気を前面に押し出した。
「あのなぁ、こういうのは己で考えて渡すから意味があるんだぞ。人に適当に乗っかって済ませても見透かされて、余計面倒なことになるぞ。女なんて特にな。お前の方がそのあたり、女のこと分かっているんじゃないのか?」
「まぁ、そうだけど」
「確かにおめでたいことだし何かしらしたいのかもしれないが、その程度ならしない方が不興を買わないと思うぞ。そもそもお前、馴染みでもないだろ」
「そうだけど。聞いた以上何かした方が良い気もするしな」
「分かった。きくに訊いておいてやるよ。兵衛から祝儀貰うなら何がいいか、って」
「やめろ。訊くな」
「なんだよ、ぐちぐちと。物で悩むくらいなら適当な金包んで渡して終いにしちまえよ。面倒くせぇ」
「なんだよ。人が真剣に悩んでいるのに面倒って」
「その真剣に悩む時間はお前の馴染みに使ってやれよ」
「ゆり、誰かと一緒になるのか?」
「俺が知るか。そのうちそうなった時に何をくれてやるのか悩んでやれって話だよ」
そうこう話しているうちに舟は城下町近くの桟橋へと停まった。歩けば一時半かかる道のりも舟なら半時程で到着する。お蔭で伊織たちも勤めに遅刻せずに済む。
桟橋からまだ暖簾の掛からない城下町を通り過ぎ、武家町へと入る。三石家寄りの交差点で二人は別れ、伊織は一人の帰路につく。伊織の家も交差点からそれほど離れている訳ではない。藩内のお役目ごとに住む場所が割り振られるため、余程の更迭や出世などない限り同じような役目につく家は必然的にみな近所となる。
伊織が家に着くと、どこか不貞腐れたようなすゞに出迎えられ、すぐに朝げとなった。
何を遊び歩いて、と母親みたいなことを言う姫に横へ居座られたお蔭か、久し振りに静かではない家での食事だった。
3月になり、花粉で苦しむ今日この頃。皆様は大丈夫でしょうか。
2月は30日が無いので境目的に3月1日にアップしようとして、例にもれず遅れてしまった不肖。
一度思いっきり殴られた方が良いのかもしれないです。
何故更新当日に原稿書いているのか。
我が事ながら、不思議でなりません。
次こそは、次こそは。そう思うばかりで、思うだけ。
本格的に改善方法が知りたい今日この頃。
追記:
新たにブックマークいただきありがとうございます。
多くの方に読まれていると思うと励みになります。
心より感謝申し上げます。




