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「お前は同心辞めたのか? 飯盛女の伝言預かっているなんざ、舟宿の手代か丁稚か?」
やはり夜の遊びの誘いだった。
えんが家にいた頃は、いつ家に牛鬼が来るのか分からない為、下手に遊びには行けなかった。不在の時に襲撃に遭ったとなれば笑い話にもならない。呑みに行くことすらできていなかったのだから、当然舟宿で夜を明かすなどできる訳もなかった。
そう考えるとすっかりご無沙汰ではある。
「な、行くだろ?」
兵衛は伊織の質問には答えず誘うことを止めない。誘ってはいるが、伊織が行かないと言ったとしても彼は行くのだろう。
「お前、きくからの言伝、いつ預かったんだ?」
「昨日? いや、今朝?」
「どっちでもいいわ」
「ほら、こういうことは早めに伝えないとだろう?」
「そういうことじゃねぇ。お前昨日の今日でまた行く気なのかよ」
「いいだろ、別に。金は払っているんだから誰にも文句言われる筋合い無いと思うけど」
「にしても通い過ぎだ。この色狂い。よく親に咎められないな」
「他所の女囲っている訳でもないんだ。商売女だから目溢ししてくれているんだと思うぞ」
飯盛女も商売で身を売っている。金で買われている間だけの関係で、それ以上はまずない。あっさり切れる関係で、あくまでも遊びなのだと兵衛の両親も分かっている。だからこそ、そこまで強くは言われないのだろう。兵衛も親の考えを分かった上で商売女を買いはしても、素人には一切手をつけないのだ。
理屈で納得させられるところは良いが、感情はそうもいかない。
「許嫁は? 何も言ってこないのか?」
兵衛は乾いた笑い声を漏らすだけで何も答えない。伊織は呆れたようにため息を吐くと、持っていた調書を棚へ戻した。
「俺を言い訳に使うなよ」
渋々承諾の意を示したことに兵衛は嬉しそうに、おっ、と声を漏らす。
「よし行こう。すぐ行こう」
「許嫁が泣いても俺は知らねぇぞ」
「大丈夫、大丈夫」
「何を根拠に」
「今だけだから。祝言上げたら遊びはきっぱりやめるさ」
「そういう奴ほどやめられねぇんだよ」
そう苦言を呈しながらも伊織は、兵衛ならやめるだろう、とは思っていた。古くからの親友はそのあたりしっかり割り切る男だ、と。
「今日でなかったとしても、きくの所に近いうちに行っておけとは言うつもりだったんだ」
奉行所の門を出た所で兵衛がなんてことない雑談のようにそう零した。伊織は言葉の意図を理解できず首を傾げる。
「あ、別に、会いたがっていたって話が嘘って訳じゃない。このところ会いに来ないって寂しがっていたのは本当だ」
「でも、そういう意味じゃないんだろう?」
「まぁな」
「じゃあなんだよ」
「それは、あれだ。俺の口からは言えねぇな」
「なんだよ、もったいつけやがて」
「きくに訊け。きくも己の口から言いたいだろうし。だからこそ会いたいってことなんだろうよ」
兵衛は何やら含みのあるにやついた顔を浮かべている。その表情がいつもより何割か増しで癪に障る顔で、伊織は何も言わずに勢いをつけて兵衛の頭を平手で引っ叩いた。
「いきなり何だよ」
「もうちっとふつうの顔をしてろ。腹立つ」
「短気は損気だぞ」
「お前のせいだよ」
そうこう言い合い、じゃれあっているうちに二人はふじやの前へと到着した。日が落ちるのが日毎に早くなっており、辺りは夜闇の中に宿屋の提灯の灯りがよく目立つ。火に誘われる虫のように、二人は店の中へと入っていった。
お読みいただきありがとうございます。
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
年明けから忙しさの皺寄せがここ数日襲い、絶え間ない頭痛に苛まれておりました。
お蔭で本日アップするものを今日書く始末。そして当然のように遅れてしまう更新。
あれでしょうか。年明けから漸く得られた休みに映画館で朝イチからぶっ通しで5本観たからでしょうか。




