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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第七幕――〇(???)
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第七幕-〈余談〉

 雲居藩奉行所同心赤鳥(あかとり)転(うたた)は気になっていた。



 それは数日前、奉行所の門前で一騒ぎがあったことに起因する。





 後輩の花菱伊織の家の下男が彼に対し、産まれます、と叫んでいたのだ。


 花菱が妻帯者なら然程気にすることでもない、めでたい話だ。妻帯者なら。


 しかし花菱伊織は独り身である。長く勤めているのは下男ばかりで、女中は入れ替わりが激しいと風の噂に聞く。今の女中は長いそうだが、それでも一年と経ってはいない筈。手をつけたとしても月数がはたして合うのだろうか。女を囲っているという話も耳にしない。


 要は特定の女がいないということ。そんな男の家の下男が産まれるだ何だと騒いでいたのだ。気にならない訳がない。


 赤鳥は花菱と下男の話に耳をそばだてたが大したことは分からなかった。



 気になる。気になって仕方がない。



 そう思っているのは何も赤鳥だけではない。その場にいた奉行所の人間全員が思った。どういうことなのか、と。


 噂くらいは聞いてもおかしくない筈なのに。奉行所の誰も、花菱伊織の相手を知らなかった。何があって出会って、子を儲けるに至ったのか。どんな女なのか、出はどこなのか。


 気になって仕方が無いが、分かる人が誰もいない現状。花菱は慌てた様子で走って帰ってしまったので訊くこともできない。今から家に押しかけるなど非常識が過ぎるだろう。





 門前で、ああでもない、こうでもない、と同心たちで予想を次々と口にする。どれが正解か、正解など分からないまま、好き勝手なことを言う。


 そんな人だまりの横を、すっと人影が通っていく。


 三石兵衛だ。


 あいつは気にならないのだろうか、と目端でその背中を見送りながら考え、赤鳥ははたと気付いた。


 気になるも何もない。三石と花菱は親しい友人なのだから、今まさに産気づいているという女について知っていて、なんなら会ったことすらあるのではないか、と。


 赤鳥は慌てて兵衛の後を追い、肩を掴んだ。突然見えない所から掴まれ、わぁ、と兵衛が声を上げた。


「転さん、驚かせないでくださいよ。どうしたんですか?」


「兵衛、お前、さっきの門前でのこと、聞いたか?」


「門前でのこと、ですか? えっと、何のことですか?」


 きょとんとし顔の兵衛に、彼は何も知らないのだと気付く。赤鳥は、実は、と先程門前であった伊織と下男のやりとりの始終を話した。


「あぁ、もう産まれるんですね。信乃から腹が大きくなっているとか、もうすぐじゃないか、みたいな話は聞いていましたが、今日とは知りませんでした」


「信乃というのは、妹御だったな。その、噂になっていた」


「でたらめな話によってではありますが、ね。その噂だった妹です」


 兵衛の顔には笑みが浮かんではいるが、眼が笑っていない。結局は許嫁による嘘だったらしい妹の不用意な話には触れてほしくないらしい。赤鳥は咳払いをして、話を強引に戻す。


「それで、お前のところは伊織の奴と家族ぐるみで交流があるんだよな」


「伊織の家とだけで、花菱本家とはまるで分かりませんが、一応は」


「その、産まれるって、誰のだ?」


「伊織の面倒見ている村娘です。信乃とも話し相手になってもらってますし、俺も何度か見かけていますが悪い子ではないと思います」


「村娘、か。どこの村だ」


「そこまでは聞いていません。訳ありらしいので」


 赤鳥が疑問を思うままにぶつけていると、突然兵衛が、あっ、と声を漏らした。思わず次にと考えていた問いが頭から抜け落ちる。


「えんが産気づいたなら、信乃に暫くは行かないよう伝えておかないと迷惑になりますよね。急ぎ知らせねばなりませんので、これにて失礼致します」


 兵衛は一息で言い切ると、そそくさと帰ってしまった。


 分かったことは、伊織の家にいる女の名はえんと言い、どこぞの村娘だということ。


 それ以外何も分からなかった。馴れ初めのような話も聞けぬまま、好奇心が更に刺激されただけだった。


 この場にいつまでもたむろしていては与力に叱られかねない。その場は自然と解散となった。



 明日訊けばいい。



 赤鳥は思っていたが、翌日の申し送りで見た伊織は酷く疲れた様子だった。とてもではないが、女の話など気軽に訊けそうな雰囲気ではない。


 また次の日に見送るも前日以上に疲れているようだった。やつれている彼に誰も何も訊けず、またしても日を跨ぐ。


 夜番の伊織たちとは交代し、赤鳥は帰り支度をする。遠目に彼の様子を見ると、疲れてやつれているというよりも気落ちしているように見えた。


 何かあったのだろうか。訊きたい。でも訊けない。何も訊いてくれるな、と全身で語っている。


 もう少し彼が落ち着いてから訊けばいいだろう、と一人心の中で納得し、その日は帰ることにした。


 好奇心と、好奇心を満たせないことへのもやもやを抱えながら、数日を過ごした赤鳥。夜番明け早々に帰宅してしまった花菱にまたしても訊くことができなかったが、同じ夜番だった同僚の弦巻が聞き出したらしく、彼の周りに人が集まる。


 当然のように赤鳥もその輪に入った。


「えっと、確か、村で酷い扱いを受けていたところを連れて帰ってきたんだと。例の都からのお客人がいなくなった頃から一緒に暮らしていたらしい。いたっていうのは、その娘、昨日、日を跨いでいるから一昨日亡くなったんだと。産後の肥立ちが悪くて。子は無事に産まれたらしいんだがな」


 子が無事元気に生まれてよかったと喜ぶべきか。母親が亡くなって残念と悲しむべきか判断に困るところではあり、誰も弦巻の話に口を挿まない。


「子は他所にやることになるんだと。面倒見れる気がしないってさ」


 随分と薄情な話だ。命懸けで産んでもらった子供をあっさりと手放すとは。父親としてどうかと思う。

 赤鳥だけがそう思ったわけでなく、その場にいた者たちは口々に、血も涙もない、やら、正気とは思えない、と花菱に対し悪態をつく。





 村娘の産んだ子は花菱の子ではなく、また娘と花菱の間に交わりは一度も無かった、と奉行所の同心たちが知ったのは、年の瀬が近づく頃の事だった。








 * * *



 第七幕――件  了

お読みいただきありがとうございます。


新たにブックマークいただきありがとうございます。

心より感謝申し上げます。


日を跨ぐことは多々あれど……あるべきではないのですがね。げふんっ。多々あれど、午前2時まで押したのは初めてです。

よりにもよって文量の多い余談を書き上げたのが前日未明。打ち込み作業ができないまま残業突入。

帰宅し、足掻くもあっけなく時計の針はてっぺんを越えていきました。


漸く第七幕が閉幕致しました。

引き続き第八幕をお楽しみくださいましたら幸いです。


睡眠不足が続くとHPが著しく削られ、本業にも支障をきたしそうなので、できるだけ早く寝ようと思います。

中山七里先生のような超人的肉体が欲しいと思う今日この頃です。

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