最期へと続く道
久々に書いた番外編。
サブタイトルから分かると思いますが、話が結構重いです。
苦手な方は、ブラウザバック推奨します。
生きていた。
ただ、ベッドに横たわらされた状態で。
生きていた。
自分で何もできず、生活のほとんどを他人に頼る状態で。
生きていた。
それでも。それでも私は。―――生きていた。
半年以上寝込んでいた影響で満足に体も動かせず、病気の影響で、無理も禁止で。
結果、私は生活のほとんどをシーラやノイ、クロッカに頼っていた。じゃないと、何もできないから。
基本的にベッドの上で本を読むか、部屋に訪れるシャーリット様やギル様、シルフィ様のお話相手をするくらいで、基本は退屈だった。
でも。それでも。シャーリット様やシルフィ様、ギル様やジーン様、大公爵様がいらした場合は、無理にでも笑っていた。心配をかけたのは私だから、それ以上に心配をかけないために、笑っていた。
「ウィルフィリア」
その笑顔を見せた時のみなさんの表情は、どこか悲しげだったから、私が無理に笑っていたこともばれていたんだと思う。だけど、何も仰らなかった。だから、いいんだと思う。なぜか、私の名を呼びながら悲しそうにしていたけれど、いいよね。
最近は、少しずつ無理にでも動かしていたからか、腕や指は、少しずつではあるが動かせるようになった。ただし、疲れやすくはあるが。
だから今は、ベッドの上でずっと本を読んでばかりいた。シーラたちに頼んで新たな本を持ってきてもらい、休憩しながら何度も読み、たまに部屋へいらっしゃるシャーリット様方とお話をし、そしてまた休む。それが、私の日常。
「調子はどうですか? お姉様」
「シルフィ。今日は、調子はいい方だと思いますよ」
「敬語はやめてください。でも、調子がいいようで何よりです」
そして今日は、シルフィ様がいらした。それと同時にシーラたちがベッド側のテーブルにお茶を置いてくれる。
「お姉様、どうぞ」
「ありがとうございます」
それと同時にシルフィ様が私の分のカップをとり、手渡してくださったので素直にお礼を言い、そのお茶を飲む。
そうやって飲んで少しすると、人間としての生理現象に襲われたので、シーラたちに頼んでトイレへと連れて行ってもらう。その間、シルフィ様には少々お待ちいただいた。
………まあ、最初はシルフィ様がお手伝いしますと仰られていたのだが、丁重にお断りさせていただいた。
「お姉様、大丈夫ですか? お怪我が痛んだりは……?」
「大丈夫ですよ。それに、怪我もほとんどは治ってるんですよ?」
そう。私があの爆発で負った怪我や、ファーミンゲイルに遣られた怪我は、もうほとんど治っているのだ。ただ、火傷のひどいところがまだ完治していないというだけで。
だから、心配しないでくださいね? 今の私は、病気のせいで無理をするなと言われているだけですよ?
「だって、心配なんです!」
「………シルフィ様。私はもう、永く持ちません。もうすぐ、死ぬんです」
「分かって、ます。でもっ………でも………」
ねえ、シルフィ様? 私はもうすぐ、死にます。自分の体だから、それがよく分かるんです。最近は発作を起こす頻度も高くなってるし、その発作の辛さも、前とは段違いに辛くなっている。
………そこまでくると、分かるでしょう? 永くない、と。
ボロボロの、この、体を。傷だらけの、この身を。ケロイドだらけで醜い、この、体を。
私はもう少しで、それを捨て去ることができる。お父さんとお母さんのところへ行くことができる。
「お姉様、私………、今日はこれでお暇します」
「ああ、はい。分かりました」
そうしていると、居たたまれなくなったのかシルフィ様が退室する。さて、しばらく寝よう。少し疲れた。
「お休みになられますか?」
「ええ。ちょっと、疲れました。何かあったら起こしてください」
「分かりました。お休みなさいませ」
「……何だ、寝てたのか。…………よく寝ているな」
「そのようですね。さっきまでシルフィが来てたそうですし、疲れたんでしょう」
「……シルフィ。相変わらず加減を覚えないな。ギル、もっと教えこめ」
「え? 僕の仕事ですか? シルフィは疲れるんですよ」
寝ていてしばらくすると、突如ギル様とジーン様の会話が耳に届く。………今度は、このお二方か。このお二方を相手にするのも疲れるし、そのまま寝ちゃってていいかな?
「………ウィルフィリア、起きてるな? 起きてるなら、少し話をしないか?」
そうしていると、ジーン様が私の額に触れながら、そう告げた。……………なぜ、分かるんでしょう。
「さすがはいとこだな。兄様が寝たふりをしている状況とよく似てる。起きてるんだろう?」
「……王太子殿下も、寝たふりをなさるんですか」
「兄様と呼んで差し上げなさい。で、やはり起きていたんだね。調子はどうだ?」
「まだ少し………疲れてるかな、と」
「そんなにたくさん本を読んだのか? それともシルフィが何かしたのか? もしそうなら、遠慮なく言いなさい。叱るから」
「いえ………」
そんな、シルフィ様が原因というわけではないと思うので、叱る必要はありません。……ギル様? 叱る必要はないんですよ? ――――――怖いです。
「ギル」
「へ? ………あ! ゴメンよ、ウィルフィリア。怯えさせたね」
「あ………その…………」
「………ウィルフィリア様、お食事の支度が整いました。食べて、お薬を飲みましょう」
そうやってギル様に怯えていると、ジーン様がギル様をお諫めしてくれる。そこでギル様の怒りは散る。
それからすぐに、ノイが食事の支度が整ったということで、食事の乗った盆をベッド側のテーブルに置く。
さて、私が食事の時間ということは、ギルさま方ももうすぐ食事ですよね? さあ、とっとと食堂へ行ってください。ここから離れてください。お願いします。
「ギル、僕たちもそろそろ食事だろう。行こうか」
「そうですね。じゃあ、ウィルフィリア。無理はしすぎないように。いいね?」
「はい」
その願いが通じたのか、ジーン様がギル様を促し、部屋を出て行った。さて、ゆっくりと食べますか。
そんな生活を数か月続け。
そして、とうとう私の最期の時が来たようだった。
たくさん咳き込んで。
たくさん、血を吐いて。
握りしめるシーツは血に染まり。
苦しみながらも、それでもそばで辛そうにしている大公爵家のみなさんを少しでも安心させられるよう、微笑み。
でも、もう生きられないことはよく分かってた。
侍医が私を診て、辛そうな表情をするたびに。
大公爵家の方々も同様に辛そうな表情をするたびに。
―――そのたびに、残された時間がもうないことを、私は悟っていた。
お父さん、お母さん。今からそっちに行くね?
ウィルフィリア・デル・アルガディアとしてではなく、ウィン・ファリエルとして、私はそっちに行くよ。
だから。だから。受け入れて。私のこの手を、拒まないで。
苦しい。でも、それでも。
お父さん、お母さん。あなたたちに会えるということが、とても嬉しい。
ねえ、二人とも。私ね、こうやって寝込んでる間に成人したんだよ? 十六歳になったんだよ?
お母さんたちの知ってる私と、今の私は随分と変わったと思う。前と比べて、痩せたりしてると思う。だけど、気づいて。お願い。
そして、私の命は。
命の灯火は。
―――あっさりと、その光を消した。