第2話 記憶喪失の少女
「あ……れ、ここは……?」
目が覚めると視界いっぱいに広がったのは真っ白いタイルの天井。そして鼻腔をほのかにかすめたのはツンと消毒液の匂い。
直感的に自分が病室のような所にいるのだろうと感じた。
辺りを見渡すと杏色の髪の少女がまんまるとした優しい目に涙を浮かべながら、私の手を優しく握っていた。
その奥に腰まで伸びた茶髪に白衣を着た女性がカルテを左手に持ちながら立っていて、その隣に少し小太りで、ボサボサの黒髪をした男性が丸い椅子に座っていた。
「よかった! 目覚めたんだね!」
「はぁ……ようやくお目覚めか」
茶髪の女性は気だるげな表情と声でこちらに向かって歩いてくる。
「初めまして、アタシは次元管理局医局長リクエル・カレンだ」
カレンは鋭い目でこちらを見つめる。それはまるで睨み殺すような恐ろしい目だった。
恐怖で体が震え、この人だけは絶対に怒らせてはいけない! と本能的に感じる。
「後ろにいるパソコンカタカタ小太り野郎はドルモレート・ドンファ。アタシの助手だ」
カレンは右手の親指で後ろを差しながら、嫌な顔で「アーヤダヤダ」なんてわざとらしい棒読みで無数の罵倒を繰り出す。そんな言葉を聞いた杏色の髪をした少女は苦笑いしながら自己紹介をする。
「あはは……私は次元管理局局長ベルダード・ニーナ。よろしくね」
「早速だが、質問だ。お前はどこの誰だ?」
カレンはニーナの隣に座り、腕と脚を組みながらカルテを眺め、質問を始める。
「わたしは神代藍です」
「父は? 母は? どこ出身だ?」
――お父さん……? お母さん……? 誰だっけ? …………思い出せない。なんで?
父の存在、母の存在、その意味は理解できる。でも誰か? と聞かれたら思い出すことができない。まるでパズルのピースが抜け落ちたかのよう。
「ごめんなさい……分からないです……自分の名前以外思い出せません」
「ふーん……一応、全ての怪我や異常は治したはずだ。となれば、異獣による後遺症か精神的なものかもな? ドンファ! こいつについて 調べろ!」
「はぁ……はいはい、分かってますよ」
ため息をつき、少し嫌そうに返事をするが、声だけは少し弾んでいた。何気ない会話でもドンファにとっては特別なのかもしれない。
静かな病室にカタカタとパソコンのキーボードの音が響く。
カレンはカルテと私を交互に見比べ、険しい表情をしている。一方ニーナはそんなカレンの様子にポカンとした表情で見つめていた。
やがてキーボードの音は止む。ドンファは怪訝な顔をしてこちらを振り向く。
「データベースに藍さんの登録情報がありません。」
「ならスラム街出身かもな。とりあえずニーナ、今日だけ保護しとけ。その間コイツの家族を探す」
カレンは藍が瞬きをしたその瞬間、目にも止まらぬ速さで、腕に消毒液を塗りたくり、注射器を勢いよく刺す
「あぎゃっ!」
注射器は体から徐々に血を抜いていく。そんな感覚に体の力が抜け、吐き気がしてくる。
「うぅ〜……」
「ほら、もう終わりだ。絶っ対に吐くなよ」
「ひっど! 本当に性格終わってるね!」
ニーナは藍の背中をさすりながら顔を引きつ
らせ、悪態をつく。
カレンはニーナの言葉に何も返さず振り返りドンファの元に行く。
「はぁ……じゃあ、もう行こっか? 案内してあげる!」
扉を開け、廊下へと歩き出すニーナについて行こうと、慌ててベッドから体を起こす。
病人とは思えないほどに体には何の不調もなく、むしろ体は羽根のように軽く、絶好調だった。
「ま、待ってください!」
――――――――――――
そんな2人の後ろ姿をカレンは微笑ましく見ていた。
「よかったですね、あの2人仲良くなれそうですよ」
「アタシ達以外でも素を出せる相手になってくれたらいいが……」
「なれますよきっと」なんて 無責任なドンファの言葉を無視してカレンは話を変える。
「ところでドンファ。彼女をどう見てる?」
その瞬間微笑ましい空気が張り詰めた空気へと一気に変わった。ドンファの顔は険しくなり、カレンは眉をひそめる。
「記憶喪失は魔術によるものです。それぐらい僕にだってわかります。スラム街の話だって適当に流しましたよね。なぜ……あのような嘘を?」
いつものような気だるげな声とは裏腹にいつになく真面目な声で、3本の指を突き出す。
「アタシの推測は3つ。1つ、スラム街出身で遊ばれた挙句記憶を消された。2つ、どこかのお偉いさんの隠し子で今は記憶が消されている。3つ、事件に巻き込まれた。」
「どちらにしろ、次元管理局としてはアイツには深く関わらない方がいい」
ニヤリと笑いながら鋭い目でドンファを見つめるカレン。その言葉の意図を汲み取ったのか、ため息を吐きながらドンファは返事を返す。
「はぁ……わかりました。調べときますって」
――――――――――――
汚れひとつない真っ白で長い渡り廊下を歩く。そこには人ひとりおらず、不気味なほどに静かだった。
「さ、まずはどこから知りたい?」
ニーナは歩きながら後ろを振り向き、軽く指を1本立てる。
――聞きたいこと……何から聞けばいいんだろう?
正直なところ聞きたいこと、聞かなければいけないことは山ほどある。少し考えた末に出した質問は
「次元管理局について教えてくれますか?」




