祈り
「えっ」
「いかがなさいましたか? お嬢さま」
「いいえ、なんでもないわ」
デュヴァル領の本邸にて、アリアは再び育った孤児院から届いた手紙に視線を落とした。
(マルクが行方不明? しかもお尋ね者?)
アリアは両親から許しを得てすぐに送った手紙にマルクへの手紙も同封していた。
今、アリアの手元には神父とシスターからの手紙と子どもたちからの寄せ書き、それから封を切られることがなかったマルク宛の手紙がある。
シスターからの手紙には、マルクが警備隊で盗みを働いて行方不明になったと書いてあった。
「もうっ、なにをしているのよマルクったら」
「はい?」
「あっ、なんでもないわ。熱いお茶を貰えるかしら? ロラ」
「はい、すぐにお持ちいたします」
アリアは改めて窓辺の椅子に腰をかけて手紙を読み返した。
マルクが行方不明になったのはアリアがリートレ王国に向けて発った直後のことらしい。盗み自体は目撃者がいないのだが、マルクを虐げていた新兵の持ち物がなくなっていたのとマルクが姿を消したことにより、状況証拠でマルクが犯人だとされたという。
そしてその新兵が貴族出身であることを加味されてマルクは懸賞金付きの指名手配犯となったとシスターからの手紙にあった。
(懸賞金付きって大事じゃない。警備隊で受けていた嫌がらせのせいで自暴自棄になったのかしら?)
アリアは自分のことでもないのに胸がどきどきして落ち着かない気分になる。
(でも……マルクらしくないわ)
アリアが知るマルクは寡黙で真面目で、黙々とするべきことをする人だった。自棄になったとしても盗みを働いて行方不明になるなどという思い切ったことをする人ではない。
『おとなしい奴が怒ると怖いってやつか』
「……。私のせい、かな?」
きっかけはアリアがなにも言わずにいなくなったせいもしれない。
「え? めちゃくちゃ怒っているということ?」
小さくため息をついて外を見る。
屋敷は街を見渡せる高台の上にあり、街の向こうには海が見える。そのはるか先にはアリアが育ったランドール王国だ。
(謝りたくても行方不明じゃ手紙も書けないじゃない。なにか手掛かりはないのかしら)
眉間に皺を寄せていると、すっとお菓子とカップが置かれ、お茶が注がれる。
「大丈夫ですか? なにか問題でもございましたか?」
「いえ、大丈夫よ。ありがとう」
ランドールの屋敷でマディから叩き込まれたとはいえ、侍女に見られながらお茶を飲むのはまだ少し緊張する。
アリアはこくりとお茶を飲み、指先でクッキーをつまむ。
さくさくと咀嚼しながら再びランドール王国がある方向へと視線を向けた。
味がわからない。マルクのことが心配で、いつもなら感動するほど美味しいジャムが載ったクッキーの味がわからなくなった。
(なんとかマルクを探すことはできないかしら。そしたら誠心誠意謝って。それから、匿うことはできないかしら。あのマルクが盗みを働いたなんてするはずがないし、きっとマルクを虐めていた人たちが作り話をしてマルクを追い出したんだわ。立場が弱い人間をいじめるような人たちだもの。絶対にそうに違いないわ。マルクが愚痴るはずよ。なんとか疑いを晴らすことはできないかしら。疑いが晴れるまでマルクを助けることができればいいんだけど。……でもお父さまとお母さまに『マルクを探したい』なんて言ったら絶対にいい顔をしないわね)
両親と兄はとてもいい人でアリアを真綿で包むように大切にしてくれる。だからなのか孤児院での生活は『辛かっただろう』と誤解をしている。
いくら説明しても哀しそうな顔をするので、手紙のやり取りを許してくれただけでも良しとしていた。
孤児院で一緒に育った人が盗みの疑いをかけられているなどと言っても、無実だと信じてもらうのは難しいだろう。
*
マルクのことを気にしつつ、淑女教育を忙しくしていたある日、とうとうアリアが社交界デビューする日がやってきた。
今回出席するお茶会はマナー講師のナタン伯爵夫人が主催しており、シーズンの始めに若い令嬢を招待して行われる。この恒例行事となっているお茶会は割と大規模なものだ。
アリアも今、ナタン伯爵夫人から手ほどきを受けているため招待を受けた。
戦々恐々である。
「大丈夫ですわよ、私がついておりますわ」
往路の馬車の中、兄嫁のシェリアがおっとりと笑う。なんだかふわふわした人で大丈夫かなあという気はするが、今回シェリアは付き添いとしてアリアの横にいる。
「よろしいですか、アリアさん。あなたはリートレ王国有数の名門であるデュヴァル侯爵家の令嬢です。しかもお義父さまは宮内大臣という要職についておられる。社交界に出れば有象無象がアリアさんに近づいてくるでしょう。中には試そうとする者もいるかもしれません。ですが恐れることはありませんわ。堂々としていればよいのです。幸い今日は黙らせることができる者しか来ない集まりですからね」
「は、はい……」
シェリアの怖さを垣間見た。
*
春めいてきた日差しの中で、咲き始めた花が美しい庭園でのお茶会には、花に負けない色とりどりのドレスが広がる。
庭園が自慢の伯爵家でのお茶会は、庭に面した広間を開放しての大規模なものだ。
まずは夫人に挨拶をしてから庭に向かった。
「ごきげんよう、デュヴァル小侯爵夫人、侯爵令嬢」
「…………」
とある令嬢から声をかけられたのだが、アリアの横に立っているシェリアは扇で口元を隠している。仕方なくアリアが声を出そうとしたところでシェリアがぱちりと扇を畳んだ。
「あなた、どなた?」
周囲の温度が下がる。
「不躾ですこと。ナタン伯爵夫人が嘆かれますわよ。行きましょう、アリアさん」
シェリアはすいっと体を翻し、アリアを別の場所へ誘導する。
「お義姉さま、いいのですか?」
「いいのです。アレは序列が五位の伯爵家の娘です。わたくしたちに気安く声をかけるなど失礼極まりない」
「な、なるほど」
その後、アリアたちに近づいてくる令嬢たちは多かったが、最初のシェリアの対応を見たためか失礼な態度をとる者はいなかった。
しかし、予想していた質問は受けた。
「アリアさまはあの……事件の後、領地で過ごされたとお聞きしましたが……」
アリアは微笑んで応えた。
「デュヴァル領はとてもいいところなんですのよ」
アリアはまだ領地には行ったことがない。
「婚約者がいらっしゃらないとお聞きしましたわ」
これにはシェリアが応える。
「義父とわたくしの夫が過保護でしてね、精査に精査を重ねても納得しないんですの」
シェリアがおほほとおっとり笑う。
後でシェリアから『あそこの親戚筋の子爵家の嫡男が独身なのよ。だから探りを入れられたの。放っておけばいいわ』と教えられた。最後に『生意気よね』とぽつりと言ったシェリアの声は、ほわほわとした笑顔からは想像できないほど冷たかった。
*
夜、アリアはベッドに寝転んでぐったりしていた。
(貴族って……)
起き上がり、窓辺に行って日課となった祈りを捧げる。
マルクが無事でいますように
また、会えますように
ランドールにいた頃、工房からの帰り道や食堂でその日あったことを話していた。主にマルクは聞き役でアリアが一人で喋っていたような気がする。
窓から夜空を見上げると、一際輝く星がある。なんとなく黄色がかっていて、誰かの瞳を思い出させた。
(聞いてほしいことがいっぱいあるの。今日ね、すごかったの……)
はっ。
(星に向かって話しかけちゃダメ。マルクは元気でどこかにいるんだから、お祈りだけにしておかないと)
会いたいなあ
いっぱい聞いてほしいことがあるの
また、会えるよね
おやすみ、マルク




