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身分違いとなった貴方と私ーー再び出会うことができるまで  作者: ミソラ


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十六年前の出来事

 秋から冬に移り変わる頃、アリアは予定より一日遅れでリートレ王国に着いた。ランドールより北に位置しているせいか、少し空気がキリッとしている気がする。


 リートレ王国ダリーズ湾にある港に降り立つと豪華な馬車が待っており、男性が胸に手を当てて頭を下げた。

「お帰りなさいませ、お嬢さま。わたくしはデュヴァル侯爵家ご当主パトリス・デュヴァル侯爵の従者を務めておりますアエルと申します。お迎えにあがりました。」

「あ、はい。いえ、ご苦労さま」


 思わず敬語で返しそうになるのを言い直すアリアにアエルは表情を和らげ、馬車の扉を開けた。

「当主さまも奥方さまも港まで足を運びたいと仰っておりましたが、お立場もあり屋敷にてお待ちでございます」

 アリアは小さく頷いて馬車に乗り込んだ。

 今更ながらドキドキしてくる。両親に会うということが現実になったのだと、胸に熱いものが迫ってきた。


 レナルドが言っていた通り、デュヴァル家の本邸は優美で華やかな屋敷である。クリーム色の外壁に焦茶の屋根は落ち着いていながらも植栽の常緑樹に映える。

 馬車は前庭の真ん中にある大きな噴水を囲むように左右対称に整えられた道を回り込むようにして、建物正面へと進んだ。

 馬車を降りると、階段上には待ちかねたのかデュヴァル侯爵夫妻が立っていた。視線を上げると目が合う。侯爵は涙を堪えるかのように眉間に皺を寄せ、侯爵夫人はすでに涙を流している。


(ああ、この方たちが私の……)

 

 足が止まりじっと見ていると、一人の男性が降りてきて、すっと手を出した。

「……お帰り、アリア。私は君の兄のロイクだよ」

「おにい……さま?」

 ロイクは潤んだ瞳を細めてにこりと微笑み、アリアの手を取って階段を上がっていった。


 父や母、兄に次々と抱きしめられ涙を流してお互いの存在を確かめた後、ようやく一家はアトリウムに移動した。そこにはロイクの妻シェリアが待っていた。

 ようやく家族全員が集まることができたアトリウムで、それぞれが席につき感慨深くお互いの顔を見た。

 

 マディたちが言っていたようにアリアは母親似だ。両親ともに金髪だが、淡い色合いは父親に似ているかもしれない。ロイクは全体的に父親似だが、目元は母親に似ている。

 確かな血のつながりを感じることができて、アリアの胸は震えた。


「疲れていない?」

「だい、じょうぶです。お母さま」

 母が目元をハンカチで抑える。それを見守っていた父パトリスが静かに語り出した。


「アリアの話もたくさん聞きたいが、まずはなぜこんなことになったのか話すとしよう」


 *

 

 デュヴァル侯爵家は、代々王宮の宮内大臣を拝命している。宮内大臣は王宮内の食材から執事や侍女など使用人の管理と指揮権、それから宮中で起きる争いごとの裁判権を持っている重要な役職である。

 そんな宮内大臣には王宮内でのポストを狙い取り入ろうと擦り寄ってくる人間も多ければ、その権力の魅力ゆえに取って代わろうとする人間も多い。

 十六年前、パトリス・デュヴァルが次の宮内大臣に内定したというタイミングで、その事件は起きた。

 アリアが一人のメイドに攫われたのだ。


 デュヴァル家が総力を上げて捜査をした結果、宮内大臣を狙う貴族が手を引いたことだとわかった。その貴族は、アリアの命と引き換えに宮内大臣の座を譲るようパトリスを脅迫する計画を立てていたのだ。

 だが、その男のもとにもアリアは来なかった。

 アリアを誘拐したメイドが恐怖心でそのまま船に乗り逃亡したのだ。


 事件を起こした貴族は廃された。しかしアリアは行方不明になり戻ってこない。

 家族は何年も何年もアリアを探し続けた。

 急転直下したのは三年前。そのメイドがリートレ王国に戻ってきて憲兵に自首してきたのだ。彼女は余命幾許もなく、良心の呵責に耐えかねて全てを告白したのだった。

 だが、当時混乱していたメイドは行き先もわからない船に乗り、着いた国についても記憶が曖昧だった。ただ『孤児院の前に置いた』という言葉は、家族にわずかながらの希望をもたらした。


 それまでは国内を中心に捜索をしていた。まさか海を渡った国に、とは思っていなかった。デュヴァル家は急ぎ『教会に併設された孤児院』という情報を頼りに、リートレ王国の教会に在中している大司教を通じて各国の教会に問い合わせた。


 そして、ようやく見つけたのがランドール王国にある孤児院だった。


『淡い金髪に青い瞳。十六才のアリアという孤児がいます。捨てられた時に入れられていた籠の中に『アリア』と彫られたペンダントが入っていました』


 その知らせにデュヴァル家の皆は喜び涙し、神に感謝した。全員がランドール王国に渡ろうとしていたのをレナルドが「自分がまず確認をして、お連れいたします」と止めた。

 宮内大臣の一家が総出で他国に渡るなど、なにかと問題になるからだ。


 *

 

「そう、だったのですね」

 アリアは目を伏せた。そしてゆっくりと自分を見つめている家族に向けて微笑んだ。

「私は、孤児院で優しい方たちに囲まれて、ここまで大きくなりました。これからは、お父さまやお母さま。お兄さまとお義姉さまと家族になりたいと思います」

 

 *


 感動の再会からアリアと家族は少しずつ今までのことを話し合い、馴染んでいった。アリアがいなくなってからの屋敷の様子を知るマディとマディの姉である家政婦長のセリナは、やっと本来の明るさを取り戻した様子に涙した。


 アリアがデュヴァル家に戻って一週間。お客さま期間が終わり本格的に侯爵家の令嬢としての教育が始まった。孤児院で習ったとはいえ、まだまだ拙い旧帝国語の読み書きやリートレ王国の歴史や文化。ダンスに音楽に美術について。

 本来なら子供のうちから習う内容を詰め込まなければならない。

 元から学ぶことが好きなアリアではあったが、量の多さに頭がパンクしそうになる。

 その中で、刺繍だけは「文句のつけようがありません」と褒められた。仕事にしていたので当然であるが、一つ免除になって大いに安堵した。


 *


 勉強も休みの安息日、両親に「ランドール王国で世話になった教会と孤児院に手紙を描きたい」と申し出た。

 もちろん、頭の中にはあの夜から会えていないマルクのこともある。

 

「遠いリートレ王国に渡った私を心配してくれていると思うのです。両親と兄に会えて幸せに暮らしていることを報告したいと思います」

「わたくしたちはあなたにはもう孤児院での生活を忘れてほしいと思っているわ。けれど……アリアをここまで素直で優しい子に育ててくれたことにも感謝しているの」

 母は複雑そうな表情でそう言った。貴族の令嬢として生きていくために『孤児院育ち』というのは禁忌としたいということだ。

 リートレ王国内でアリアが誘拐されたというのは公然の事実である。ただ違うところは『アリアはすぐに発見され、領地のタウンハウスで育てられている』とされたことだ。


「私、勉強を頑張ります。お父さまやお母さまが恥ずかしくないような娘になります。だから、どうか私が育った場所との繋がりを許してください」


 せめて国内の孤児院であれば奉仕活動の一環として関わりを持ち続けることはできるだろうが、外国の孤児院となると難しい。両親は顔を見合わせたが、やっと手元に帰ってきたアリアの望みは叶えたいと許可を出した。


 喜んで早速手紙を出したアリアのもとに、待ちかねた返事が届いたのは一週間後だった。

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