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身分違いとなった貴方と私ーー再び出会うことができるまで  作者: ミソラ


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3/12

マルク

 アリアが食堂からいなくなった夜、マルクは一晩中アリアのアパートの前に座り込んでいた。海から流れてくる夏の終わりの空気は重くマルクにまとわりつく。


 昔もこんなことがあったような気がする。

(ああ、そうだ。母親に捨てられた時だ……)


 *

 

 マルクが二才になった頃、道の端に積もった枯葉を踏みながら、母親に手を引かれて教会の前の広場を訪れた。西日が眩しかったから夕方だったのだろう。広場は賑やかで色々な露店が立っており、マルクはきょろきょろしていた。

 家路につく人々や買い物客が行き交う中、立ち止まった母は『ここで待っていてね』と言って雑踏の中に消えていった。

 だんだんと暗くなり、店が閉まり始めた中、空腹で座り込んだ。門を閉めに表に出てきた神父に『中にお入り』と言われたが首を振って断った。


 かあさんがまっててって、いったから。


 困った顔をした神父が言った。

『お母さんが迎えにきたらちゃんと伝えてあげるよ、寒くなるから入って待っていよう』

 神父がマルクを連れていったのは、教会の裏にある建物だった。

 中は暖かくて美味しそうないい匂いがして、子どもがたくさんいた。


 それから毎日、シスターと神父に母親が迎えに来たか聞いたけれど、いつも困ったような顔をして『まだだねぇ』と言った。困ったような顔をさせるのも申し訳なくて、そのうち聞かなくなった。

 冬が来て春が来て、ようやく(もう迎えに来ないんだな)と受け入れた。


 孤児院にはマルクと似たような境遇の子がたくさんいたのも受け入れる理由になったのだと思う。受け入れられるまでの間、部屋の隅っこにぽつんと一人でいるマルクの横にはいつもアリアがいた。

 同じ年のアリアは赤ん坊の頃に捨てられたのだと聞いた。親の存在も知らないアリアが笑っているのを見てマルクも徐々に笑うようになった。


 成長するにつれ身長の差や力の差が出てきて、マルクにとってアリアは守る対象になった。


 *


(なのに、あんな……)

 食堂を飛び出した時のことを思い出して後悔が押し寄せる。


「おら、どきな」

「あ……」

 いつのまにか夜が明け、アパートに一台の荷馬車が横付けしていた。荷馬車から男が二人降りて中に入っていく。覗くと男たちはアリアの部屋へ入っていった。


「な……っ」

 焦りとも怒りとも取れる感情が湧き上がるが、昨夜の『心配するな小僧。お嬢さまは元の場所に戻るだけだ』という言葉を思い出し、通りすがりを装って荷物を持って出てきた男たちに聞いた。


「引越しですか?」

「ああ。なんかよくわからねぇんだが、ここの荷物をお貴族さまの屋敷に運べってさ」

 胸がどくんと嫌な音を立てる。

「ど、どこへ?」

「デュヴァル、だったかな」

「おい、喋ってねぇで行くぞ!」


 荷馬車はわずかな荷物を載せて走り出す。マルクは慌てて追いかけた。


 荷馬車は下町を抜け中産階級の町を抜け貴族街へと向かう。建ち並ぶ建物は目に見えて大きくなり壮麗になっていく。

 やがて荷馬車はとある屋敷の前に止まり、門番が開いた門の中へ入っていった。


『ここにアリアが……。デュヴァルと言ったな。隣国のデュヴァル……。隣国って、どこだろう?』


 屋敷はぐるりと高い柵で囲まれ、柵に沿って適度な間隔で植えられたシマトネリコが風で揺れている。わずかでもアリアの姿が見えないかと両手で柵を握って伺ったが、広い庭の向こうに建物が佇んでいるだけで人の動きは見えなかった。


 マルクはがくりと項垂れた。貴族が住む町に薄汚れた姿でいつまでもいると捕まるかもしれない。

 ――貴族は怖い。マルクに暴力を振るう新米兵士たちも、次男や三男とはいえ貴族だ。逆らえば命を取られることもある。

 マルクは重い足取りで住み慣れた下町へと戻っていった。


 *


 下町に戻ってから、空虚ながらも毎日仕事に行き雑用をこなす。そしてあいもかわらず新米兵士の標的となる。


「おいおい、どうしたぁ? 最近抵抗しねぇなあ!」

 訓練のための道具を納める小屋の陰で蹴られている間、マルクは両手で頭を守りながらも声を出さずじっとしていた。

 抵抗しても「向かってくるのか? お前をクビにするなんざ簡単なことなんだよ」と封じられる。ならばじっとして早く終わってもらえる方がいい。

 思った通り抵抗しないことで相手はつまらなくなったのか、今日は早めに解放された。


 ボロボロの状態で小屋の壁にもたれる。

「……くそっ」

 これまで抵抗していたのはちょっとしたプライドだ。でも今はそのプライドさえもどうでもいい。


 アリアが貴族の屋敷に引き取られて一か月。へとへとになるまで働いて暴力を受けてやっと「生きている」と感じる。


『……会いたい』


 一緒に育ち、いるのが当たり前の存在だった。離れて初めてアリアがマルクにとってどんな存在だったのかを理解した。


 どうしたら会えるんだろう? どうやったら貴族になれるんだろう?

 

 デュヴァル家から教会と孤児院に届いたお礼から、アリアの祖国は海の向こうのリートレ王国だとわかった。

 このままではアリアは手が届かない所へ行ってしまう。


 マルクは抱き寄せた両膝に顔を埋めた。


 *


 その日からマルクは変わった。仕事を早めに終わらせて植え込みの陰から兵士たちの訓練の様子をじっと見ていた。


 そして夜、誰もいない訓練場の端の方でマルクは適当な太さの木の枝を持ち、構えてからひゅんっと音を立てて振り下ろした。相手に見立てた木に向かい木の枝で斬りかかる。

 兵士たちに訓練をつける教官の動きを真似て木に向かう。


 休みの日にはデュヴァル家の屋敷まで行った。

 ただ一目見て、元気な姿を確認したかった。

 マルクは、屋敷の門が見える場所でしばらく佇み、まだ旅立っていないことを確認して下町に戻るという毎日を過ごした。


 *


 その日も黙々と仕事をこなしていた。


 アリアがいないのであれば、アリアを守るために選んだこの職場に用はない。逃げ出してやる。逃げ出してアリアを追いかける。そのために強くなる。

 シスターや神父に迷惑がかかるかもしれない。もう孤児院からここに就職できなくなるだろう。だが、それでいい。定時で帰れるだけが長所のこんなクソみたいな職場、誰も来ない方がいい。


 手に持った木の棒がびしっと音を立てて木に当たった時、木の皮が砕け散った。


 さらに半月が経った頃、マルクは屋敷の中が空っぽになっていることに気づいた。


 *


「あれっ!? 俺の銃と剣がない!」


 港町カーリクスの警備隊に所属する新米の兵士が棚や布団をひっくり返して剣を探している頃、マルクは洋上の人となっていた。


 *


 水夫はいつでも人手不足で、港に行くとマルクはすぐに採用された。

 生まれて初めての船は少し気持ち悪くなったが、ハンモックに体を預けているうちに揺れに順応してきた。


 マルクが乗る船は武装商船である。三隻の帆船で船団を組み、商品を守りながら輸送する。マルクは水夫見習い兼戦闘員として雇われた。


「お前、立派な小銃と剣を持っているな。盗んできたんじゃねえのか?」

「そんなわけあるかよ。正当に手に入れたんだ」

 暴力の代償として、これぐらいいいだろう。罪悪感はない。

「ま、海賊が出る海域もあるからな。肌身離さず持っていろよ」


 目的地のリートレ王国まで何か所か他の港に寄港し、荷下ろしや補給をしながら約十日の船旅となる。海賊が出たり嵐に遭えばもっとかかる。もしかするとアリアの元へ行けなくなるかもしれない。それでも行動を起こさずにはいられなかった。

 あのままでは生きていけなかった。


 帆柱(マスト)にくくりつけられたハンモックに身を横たえ、降るような星空を見上げる。想像よりも船の仕事は過酷で、体中が痛い。


 潮風、波の音。船が軋む音、水夫たちのいびき。

「おい、交代の時間だ」

 浅い眠りを起こされて目を擦り、縄ばしご(ラットライン)を慎重に登ってメインマストの見張り(メイントップ)で前の見張りと交代する。


 今夜の海は穏やかだとはいえ、メイントップは甲板よりも揺れが大きい。

 空は変わらず満天の星が輝いている。マルクは白い息を吐きながら空と海の境目に視線を向けた。一人で過ごす時間、頭に浮かぶのは夜の食堂で見たアリアの怯えたような表情。

 マルクはもう一度、深く長く白い息を吐く。

 

 アリアが乗った船は無事に着いたのだろうか。海賊に遭ったりしていないだろうか。怖い思いをしていないだろうか。


 悲しい思いをしていないだろうか。


 *


 見渡す限りの海原に、たまに陸が見える。二日おきぐらいに港に寄り、小さなボートに荷物を下ろして新たに商品を載せる。

 寄港しているわずかな間だけ休息を取ることができる。そんな時は娯楽として甲板の上で剣を交える。若く俊敏なマルクはめきめきと剣の腕を伸ばした。


「無駄な動きがなくなったな。最初は自己流でどうかと思ったが水夫にはもったいねえ。軍隊に入ったらどうだ?」

 髭面でにかっと笑いかけてきたのは私兵仲間のレノーだ。なにかと年若いマルクの面倒を見てくれる。

 

「入れるのか?」

「水夫と同じで、どこの軍隊も人手不足よ。特に海軍はな。いつでも募集してるさ」

「ふぅん」

「手柄を立てれば貴族にもなれるしな」

 マルクはばっと顔を上げた。

「ほんとか!?」

「ああ。まずは一代限りの勲爵士だな。それから軍功を上げたら本物の貴族になれる。俺は面倒くさいがな」

 わははと笑う男の横で、マルクは希望を見出していた。

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